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#14 キメラの洞窟と覚悟

 暗がりでは見落としがちになるが、明るいとよくわかる。

 そこは決して目立つ場所ではないが、かと言って村に住む狩りを生業としている人たちにとってはあまりにも見過ごせるような場所でもなかった。

 いつからそれがあったのか、数日ならば気づかぬかもしれぬが、あのようなまがい物を作る時間は数日ですむようなものではない。数年、数十年単位の時間が必要になるだろう。

 そのような長い間、村の人々に見つからないという事は無理だろう。

 村より歩いて四半刻ほど距離、遠くは無い。むしろ村に近いと言えよう。

 昨夜は長い道のりと思ったが、二度目となると短く感じられる。どこにあるか分からないものを探すよりそこにあるものにただり着くのは精神的にも容易いからもしれない。

 その間にも夜も行っていた足跡の追跡をしていたが、新たな発見などなく昨夜の洞窟までたどり着いた。

 洞窟が不気味に思えるのは、そこに何かが潜んでいると思うからか、それともそこから何か感じているからか。

「では、洞窟の前までは私が後についてきてください。」

「分かった」

「了解した」

 ラウムの指示に二人して返事し頷きあう。

 ラウムは連れてきた兵に向くと。

「ここで待機。身に危険があれば村へ退避。日が中天かかっても戻ってこない場合は隊長へ報告し、以後隊長の指示に従ってください。」

「了解しました」

 敬礼する様はさすが兵隊と思わずにはいられないが、そうでなければ統率など出来ぬだろう。

「では、行きます」

 そう言って、身をかがめると足元に注意しながら洞窟の前まで進んでゆく。

「どうやら、相手さんはこちらに気づいてもおかしくはない状況になったな。」

「そのようで、よくわかりましたね」

「こっちは狩人だからな。風を読むことぐらいは出来るぜ」

「狩人であれば、獣の足跡から追跡せねばならないはずです。ならば足跡を読むことは出来るのでは」

「俺らとしては狩人として追跡できる程度でな、それ以上は知識がない」

「狩りだけでなく、そのほとんどが独学だからな、訓練された兵隊たちには敵わんさ」

「なるほど…」

 そう、頷くと不敵な笑みを浮かべてくる。それは全く違うはずなのに、フェンシオが悪戯を思いついた時に浮かべるそれとまったく一緒であった。

「貴方たちの見解をお聞きしてもよろしいか」

「さて、どう見るべきか…、」

 腰に手をやり洞窟の入り口を睨むフェンシオの横で、ネムロスも思案する。

 地面は土がむき出し、踏み固められているようではあるが足跡一つとてなし。洞窟の入り口は大人一人楽に通れるぐらい大きく、そして僅かにだが吹き込む風があり、各々の頬を撫でている。

 獣の足跡を追うのは狩人としてやってきた。追跡するならば自信はあったが、これは狩りではない。

 狩りであるならば危険と思えば引き返すことが出来る。しかしこれは引き返すことは出来ない。敵が残した痕跡を読み違えれば…、わずかな過ちと言えどフェンシオやラウムだけではなく、村にも被害が及ぶかもしれない。

 失敗を恐れ、考えなくても良い事ばかり考えてしまう。集中しようとしたとき。

「気負う必要はありませんよ。逆に考え過ぎは視野を狭めます。それは本来見えるているものも見えなくなってしまいます。」

「だな。が、いまいちわからん。」

 ラウムは笑いながらネムロスの方に視線を向ける。先ほどの緊張もどこえやら。息をゆっくりはきつつ。

「さて、俺とてフェンシオと同じく分からぬよ。」

 首を横に振りながら、不甲斐なく答える。

 そのような二人を見ながら、ラウムは笑いつつ。

「まずは足元ですが、葉っぱが落ちています。枯れた葉っぱなく全て今、木から落ちたかのようなものばかりです。それが洞窟の奥まで続いている。これは足跡を消すために枝で掃いたからかと思います。この辺り一帯だけ他とは違い綺麗になっているのも頷けますね」

 言われれば至極簡単に思えるが、やはり狩りとは全く違うという事だろう。知識だけでなく経験すら乏しい俺たちでは少々難しい事柄だと認識させられる。

「貴方たちが感じている気持ちは察しします、逆の立場だと同じでしょうからね」

 追跡と言っても狩りの獣と犯罪者では勝手が違う。立場が変わればやり方も違ってくる。ラウムも獣を狩るならば、その道を知っている者に教えを乞うしかないと言うところだろう。

「枝で掃いて足跡を消すなどと小賢しい手を使うようでしたが、詰めの甘さでしょうか、獣だからでしょうか洞窟を掃くときに外から内へと掃いたと思われます。葉っぱが中の方まで落ちているのはそのためでしょう。後は掃くのに使った枝が見当たりませんが、外にはそういった枝の残骸が見受けられませんので、中に持ち込んだままにしているのか。いずれも入ってみれば分かることです」

 人にしては迂遠で獣にしては小賢しい。ここはキメラに関係する場所である故、何がいてもおかしくはない。ただ少々頭の回る何かがいるという事。

「そしてこの奥に潜む何かにはこちらの事は気づかれていると」

「それは分かる。空気の流れだな。中に向かって風が吹いている。こちらの声も臭いも筒抜けと言うところだろ」

「もう一つありますよ。風の流れがあるという事は空気が循環しているという事。つまり中に居る何かは…、もう魔獣にしましょうか。魔獣は息が詰まることなく潜み、臭いや音で敵の侵入に気づき撃退するために待ち構えているという事ですね。あとは洞窟内は暗いでしょうが火を焚いても我々が息を詰まらせることは無いという事です」

 そう告げるとラウムはカンテラを取り出しネムロスの方へと渡してくる。

「まずはネムロス殿が前衛をお願いします。このカンテラは一刻程は灯っています。予備燃料は持っていますので消えそうになれば言ってください、補充いたしますので。カンテラをこの枝の先へ付けてください。暗闇のなか明かりは絶好の的です。出来るだけ体から離して照らしてください。その際に周り壁などにぶつけない様、周囲に気を付けてくださいね」

「う、うぬ、了解した」

 懇切丁寧に指示してくるラウムに少々押されながらも返事は返しておく。今回も前衛はラウムが務めるかと思っていたため、突然の指示に。

「なぜ俺が前衛なのか聞いても良いか」

「盾です。飛来物に対して盾は有効ですからね」

「盾とカンテラで両方の手がふさがるのはまずいのでは」

「敵と遭遇したならばカンテラは投げてくださってもかまいません。燃料がこぼれ火が付いたならばあたりを照らすことが出来ます。その時にカンテラのことは気にする必要はないです。生きることを、そして敵を倒すことを考えてください。ですから攻撃は考えないでまずは敵の攻撃から身を守ることを。その間に私とフェンシオ殿が攻撃に移ります。あとこれもお渡ししておきます。この蓋を外し擦れば火が付きますので暗がりへ投げてください。カンテラのより強い光であたりを照らします。広い場所だとカンテラの火だけでは弱いですからね。その後にネムロス殿は我々の支援をお願いします。まずは戦える場を作ることをお願いします。道程に罠は無いと思いますが足元や壁に注意を。違和感を感じたらそれが罠の可能性が高いです」

 これが等しく命を懸けた戦いと言うことかと固唾をのむが、ラウムはこの様な事をずっとしてきたのだろう。そこに気負いはなく、そして頼もしく思えた。

 もはや出来ないでは済まされない。全ての指示は今まで狩りや見廻りでやってきた経験が生きるだろう。

 やって出来ないことは無い。この探索の前衛を引き受けることを了承すべく力強く頷いた。


「それとフェンシオは殿をお願いします。今回は後ろからの襲撃は低いと思いますが念のためです」

「他に指示は何かあるか」

「私も周囲へは注意をしますが、難しい場面があるでしょう。後ろの注意もお願いしますが壁や天井への注意もお願いします。奇襲を受けた際の支援をお願いします」

「あとは撤退する際の先導あたりか」

「そうですね。撤退の指示は出しますのが、私が指示できなくなった場合もなるべく撤退するようお願いします。私との連携の方は気にしないでください。貴方がたの動きを見て私が合わせます。下手な連携はお互いの足を引っ張りますからね。お二人だけならば問題なく連携が取れると思っていますよ」

「了解した。で、俺にはなしか、それ」

 ネムロスの持つラウムから渡された発光筒を指さしながら催促するフェンシオにラウムは苦笑しながら。

「全部で三本ありますので、一人一本ずつ渡しておきます。適時使用をお願いします」

 受け取ったフェンシオは嬉しそうだった。面白いおもちゃは持っておきたい子供の様であったと。

「支給品ですが使用した場合にはどこでどのように使用したのか報告しなければならないので、使わなかった場合は返却を求めます。不正は許されませんので」

 使わなかった場合、横領しようとしていたのか先に釘を刺され、肩を竦めるフェンシオであった。

「では準備は整いましたね。行きましょうか。」

 そう言って、火打石でカンテラに火を灯すと棒の先にカンテラを吊るす。

 右手に持ったカンテラと左手に持った盾、腰に帯びた剣。向かう先は未知なる敵が潜む暗闇。

 一つ間違えば自分の命はおろか、信用し後ろからついてきている二人の命も危うくなる。全てをうまくこなせる自信などない。されど心地よい高揚感。狩りでは決して得ることのないこれはどういったものか。

 何がいるか分からない、すぐそこにある害意ある意思。殺されるかもしれないと言う、死に対する恐怖。

 足がすくむのを、一つの意思で抑え込む。生きたいと思う、そして生きるためにはどうすれば良いのか考えるため、洞窟へ一歩、歩み出す。

「では、行きます」

 その一言に覚悟を乗せて。二人とも頷き続いてくる。


 入り口から進むにつれ緩やかに曲がっているのに気が付く。奥に行くほど入り口の光が小さくなるのは当然だが縦に細長くなりやがて消えた。

 カンテラの火がなければ完全な闇に包まれていたであろう。先はまだ同じ闇で覆われている。

 入る時は人一人入れた広さであったが、進むにつれ二人横に並んで歩く程度には支障のない広さになっている。

 最奥に何があるか分からないが、このまま行けばそれなりと大きな場所へとなるのだろうか。

 今のところ分岐路は無い。地面や壁に注意を払いながら進んでいるため時間はかかっているが、今のところ罠の類もなかった。

「ここで少し留まりましょう」

 不意にラウムから指示が飛ぶ。

 フェンシオと共にラウムへ、何故と問いただそうと視線を向ける。

「敵はまだ先の様ですからね。ここで暗闇に目を慣らしておくのですよ。それと二人とも一息ついてください。緊張のし過ぎも良くありませんから。いざと言うときに余計な力が入っていれば強張って動けませんからね」

 フェンシオの方を見ると、目が合う。どうやらお互い図星なのだろう、肩を竦めるしかなくフェンシオに限っては苦笑いを浮かべるだけであった。

「フェンシオ殿は発光筒の用意をお願いします。敵はこの先で待ち構えているようです」

「みたいだな。ここまで来れば俺でも分かる、獣の臭いだ。相手さんも歓迎の準備は万端みたいだな」

「ならばここから先は狩るか狩られるか…、ご招待を受けるだけだ」

「良い感じですね。そろそろ目も慣れたころでしょう。では鬼が出るか蛇が出るか」

「どちらにせよ倒すの一択だろ。あまり待たせるのは失礼にあたるからな、いこうや」

 誰ともなく頷き、カンテラの弱い火の光だけでもあたり見渡せるほど慣れた暗闇を進み始めた。


 そこは今までになく広い場所へと出た。もはやカンテラだけでは照らしきれず、このまま暗闇の中を進むか発光筒を使用してあたり照らすしかないのだが、どちらも隠しようのない獣の気配に足を止めることとなった。

 襲ってこないのは様子を見ているからか、別の罠が仕掛けてあるからか。どちらにせよ与えられた時間は貴重であり、好機である。

 フェンシオは剣に手を掛け、ネムロスはゆっくりとカンテラを床に置き、発光筒を取り出し蓋を外す。

 同じようにラウムも暗闇に視線をそらさず、ゆっくりと蓋を外した。

 闇に動く気配はなく、じっとそこにいる。一時も視線をそらさずいたラウムが。

「見つけました。正面です。三で投げます」

 ネムロスは了解とばかりに暗闇を睨む。ラウムの合図とともに投げ入れられ、辺りを照らす。

 投げた先、発光筒の光に照らされ浮かび上がったのは猿であった。ただ人よりも大きく、腕などは大人の腰ほどの太さがあり、肌は浅黒かった。そこにいたのは巨猿であった。

 だが三人の視線その全てが巨猿のある一点を睨む。

「こいつ…笑ってやがる」

「これは、これは…、どうやら一筋縄では行かなさそうですね」 


 巨猿はゆっくりと、暗闇に紛れるが如く、その姿は闇に溶けてゆくように移動する。

 二人の声は聞こえていた。どうすべきなのか指示を待つべきだったろう。ただ気が付いたら体が動いていた。

 ネムロスは地面に置いたカンテラを手に取り、巨猿に向かって走り出していた。



いつも読んでくださり、ありがとうございます。

洞窟探索なのですが、特に何かあるわけでなくあっさりとした展開になってしまいました。

ブックマークしていただけたら幸甚です。よろしくお願いします。



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