#13 ファキオの装備と二人との手合わせ
暗闇が取り払われかの様に空が白み始めるころ、吹き抜けた風が体温を奪ってゆく中で目を覚ました。
そばに焚火をしていたのだが、見ると今は燻っているだけで、これでは暖をとるには無理だろう。
まだ暖かいとはいえ朝は冷え込こみは体から温度を奪ってゆく。火が消えていることも冷え込む要因だろうが、そもそもよほど大きな巻木であったとしても長い時間、火を焚きつけておくことは出来ない。
天幕で眠ることが出来なかった時点で、覚悟を決めていたが思っていた以上に気温が下がった。
昨夜は確かに夜の役目があると言って出かけてしまい、すぐに戻って来るとは言わなかったのが過ちだった。夜遅くになるにもかかわらず寝床など用意されてるわけなく、寒空の下で眠る羽目になってしまった。
寒さで硬くなった体を伸ばしほぐしてゆく。
フェンシオはこちらに寝る場所がないと分かると、ふらりとどこかへ姿を消した。薄情とは思わぬが一体どこに行ったのか。フェンシオのことだからどこぞに潜り込むのだろうが、一度後をつけてみたいと思うぐらいに好奇心を駆られるところではある。
そろそろラウムとの約束の時間になるが、フェンシオがどこにいる変わらぬのに、こちらから移動して行き違いになってしまえば余計に時間をとられてしまうだろう。
「さて、どうするか…」
一人ごちるもどうにかなるわけでもなく。
炊き出しの場を見るに残り飯はなし。朝飯については諦めたほうがよさそうである。
ここで、いつ来るかもわからぬフェンシオを待っているより待ち合わせ場所へと行くのも悪くはない。ついでに川で顔を洗うぐらいの時間は取れるだろ。
『昨夜の洞窟、気を付けてくだい。私も調べようとしましたが断念しました。まぁ、私は人の姿だと何もできないので諦めざる得なかったのですが。』
鳥の囀りさえまだ聞こえぬ朝靄のなか、静かに響き渡るように聞こえた。
「…久しぶりに声を聞いた気がするが」
最後に声を聞いたのはいつだったか。義援支援隊との議談がはじまる前であり、戻ってきてからも声を聞いた覚えはなく静かであったが。
『彼らに知られると厄介になりそうでしたらね。どこに目や耳があるかわかりませんから、話しかけないようにしていたのです』
「今なら大丈夫だと?」
『周囲には誰もいないことは確認していますし、義援隊の方々は見張りでこちらに手をさく余力はないですからね。』
それにしても話しかけて来るなら昨日の夜でも良かったのではないかと思うのだが、その時はまだ監視の目があったのだろうか。話しかけて来るならゆっくりと時間が取れる時を選んでほしいと思うが、昨日の夜に話しかけなかった自分もだったと思いながらも、昨夜見た洞窟のことが気になった。
「今は洞窟のことだけ聞いておくとしよう。」
『私もあなた方の見た事ぐらいしか分かっていませんよ。一昨日の夜、あなたが火消しに走っているときに探し見つけただけでしたので。その時は探索をせず戻りましたから、獣人の兵隊さんから聞いた通り、あの中には何かいるのは間違えないでしょう。私たちにとっても良くないものであり、衝突は避けられぬかと思いますが、なかなか賢いのか一筋縄では行かなそうです』
フォスレスからもたらされたのは、これからの行動を決める上で安易に無視できるものではないが、今以上の戦力はここにはない。街からの戦力は期待しない方が良いだろうし、仮に出してもらえることとなっても時間がかかるだろう。
「忠告はありがたく聞き入れたく思うが、さりとて今の状況でやめるわけには行かぬだろうし、対策をとろうにも、そうそうとることは出来ぬ。出来るとしたら心構えだけだが」
『あの時みたいに私の力を期待しないでくださいね』
もし人の姿であったら、魅入る笑顔だったに違いないだろう。そのような楽し気な口調であった。
さりとて、その内容はネムロス自身、抱いていた淡い期待を拒否するものであった。寡聞に期待してはいなかったが、突きつけられると厳しいものがある。
色々とあるのだろうが、いずれ聞いてみたいと思う。色々と聞きたいことが増えどれだけ覚えているか…まぁ、それはそれでかまわぬか。
「了解した。」
『誰か来たみたいですね』
周囲の見渡すと、村の外れへと繋がる道から一人の男が歩いてくる。
体格は大きいが太ってはいない。ドシドシと重く歩く姿は、体系からか彼から発せられる雰囲気からか。
頭には布を巻いており、腰には長物を帯びて片方の手には布にまかれた荷物を抱えていた。
「まだいて良かった」
「ファキオか。無事と聞いていたが、姿が見当たらなかったので心配はしていた。そっちは大丈夫だったようだな」
ファキオはアロの家、俺やアグリコ、アミクスと同室の一人であり、主にこの四人とカリダ姉でアロの家を各方面から面倒を見ている。ファキオは壊れた物を修理したり、農業に使用する農具等を作ったりしている。
炊き出に使用している机や長椅子を作ったのは彼であろう。ネムロスに至っては狩りに使う矢、それに剣に狩り用装備を作ってくれていた。
「これ」
そう言って手にしていた円形に包まれている布を差し出してきた。
「俺にか? 開けても」
ファキオは頷くだけで、差し出された物を受け取り布をとってゆく。
中から出てきたのは円形の盾、ラウンドシールドと何かを包んでいる布であった。
盾は手の先から肘の先まで覆う少し中型であった。
「両方とも使えるだろうから、必要になるかなと思って、持ってきた」
もう一つの包みを開けてみると、手のほど長さの幾重もの棒であった。少し平たく長く、半場より研磨され刃が付けられていた。
「投げナイフか」
「棒手裏剣と言う。盾の裏に差しておけるから、使いやすいと思うしネムロスなら投擲、上手だから」
盾の裏を見るに、握り部分と並び棒手裏剣を装着できる箇所が上下に四つ、計八カ所あった。布に包んであった棒手裏剣も八本と丁度であった。
八本すべて盾に装着すると感触を確かめつつ、手を交差させるように盾から二本、棒手裏剣を抜くと落ちている木の柱に向かって投擲する。
投げられた棒手裏剣は二本とも乾いた音と共に柱に突き刺さる。
「わずかに先端が重くしてあるから投げやすいと思う」
「キメラ相手には不足ではあるが十分に使える。ありがたく使わせてもらうよ」
「それと、これ」
そう言って差し出してきたのはファキオの腰に差していた長竿であった。
受け取り、柄に手を掛け抜刀する。現れた刀身は直刀片刃。剣に比べ幅は無く、その分軽く作られており、片手で扱うに良い重さであった。
「でも、あまり必要はなかったみたいだな」
ファキオはネムロスの腰に帯びている剣を見て呟くも。
「これとは別にあればほしいと思っていたところだ。ありがたく使わせていただくよ」
「そっか、昨日の夜、天幕の中で見た時にフェンシオの剣を持っていたから、どうかと思って持ってきたけど、受け取ってもらって良かった」
昨日、天幕で仮眠をとっていた時に様子を見に来てくれたのだろう。確かにその時に持っていたのがフェンシオのカトラスであった。だからネムロス自身の剣は失ったと思ったと思い、代わりの剣を用意してくれたようだ。
木に差した棒手裏剣を引き抜き盾へ戻すと、少々困ったこととなった。
手にした盾をそのまま手に装備したままでは、少々走りにくい。背負うにしても腕通しと握り部分だけでは背負うこともできない。
「布を通して、背負えばいい」
困った顔をしていると助言してくれたが、何に困っていたのか言葉にしていないのに察してくれるのは、長い付き合いからだろうか。
されど、なるほどと布を腕通しと握り部分に通して前で結ぶ。少々不格好ではあるものの動きやすくなったのは助かる。
朝の日はもう昇ろうとしている。今から走って向かったところで遅れてしまう事にはなるが、それでも走らなければ、さらに遅れて文句を言われるだけでは済まないだろう。いや、もう文句だけでは済まされぬだろうが…。
「さて、そろそろ行かねばフェンシオに文句どころか何されるかわからぬからな」
「あぁ、そうだな、腹に拳が飛んできそうだ」
ファキオと二人、笑いつつ。
フェンシオはこちらに顔を出さないのであれば先に向かっているのだろう。ここから村長の家の跡地までは遠くないとはいえ、走っても少々時間を有す。山の裾から日が昇るのはまだ時間はあるだろうが、山間にあるこの村は日が覗くのは遅い。日が見え始めた時にはもう朝と言うには遅い時間帯である。
気を利かして装備を用意してくれたファキオには感謝しつつも。
「すまぬがまた色々と頼むかもしれぬ」
「かまわない。俺はこれぐらいしかできないから」
そう言って笑って了承してくれる。これから復興に向けて忙しいなか頼むのは心苦しいところではあるが、他に頼るところもない。
「では、またあとで」
そう言い残して、フェンシオとラウムが待っているであろう村長の家の跡地へと走っていった。
村長の家の跡地にはフェンシオが腕を組み、ラウムは腰に手を当てて待っていた。
案の定、二人とも待ちぼうけて怒っているようであったが、言い訳を考えながら行くしかないと、覚悟を決め二人に近づいて行く。
「どこぞの重役がようやく来たようだな」
「ですね。ならばいっそ彼に選んでもらうのは如何でしょうか。我々だけで話していたところでまとまりませんでしたし」
「あぁ、それはいい案だな。」
不穏な雰囲気を纏いながら二人がふらりと緩慢な動きで近づいてくる。表情の虚ろさも相まって、まるで幽鬼の如くこちらから近寄るのをためらわれた。
その場で足を止めるも、二人はこちらに向かってやってくる。
幽鬼と化した二人に距離を詰められてゆく。
一瞬、逃げ出そうかと思うたがこの二人相手では分が悪い。
フェンシオの暴走はままあることだが、いつもはアミクスやファキオが止めに入る。しかし今ここには止めれるものはいない。
フェンシオだけでは何とかなっただろうが、ここにラウムも加わると手に負えなくなる。
逡巡している間にも二人はネムロスの方へと静かに歩み寄ってきた。
思わずネムロスの足が半歩分、後ろへ引く。意識して行ったわけでなく、行動した後に気が付いた。二人はいまだゆっくりとこちらに行かってくるだけであるが、その一歩に殺る気を込めていた。
間合いの一瞬、剣を抜こうかと考えたが遅いことを悟る。この距離はラウムの間合いに入っている。抜いている間に先制され終わるだろう。
一歩差の距離、ラウムがこちらの距離に入ったと同時に二人が動く。
ネムロスが左足を前へ踏み込み、左の拳による牽制の一打。ラウムは読んでいたとばかりに体勢を低くし拳をかいくぐって腹へ掌底。
まともに受け動きを止めてしまうネムロスに対し、勢いを殺さずにそのまま後ろへ周り首を絞めてくる。
背後へ向かって肘打ちをするも、ひるむことなく締めてくるラウムに、そのまま腕を掴み足を絡め後ろへと飛ぶ。
ラウムは背中を打ち付けられないと手を放し離脱。ネムロスは受け身をとり立ち上がろうとしたときにフェンシオからの蹴りが一閃。
辛うじて両手で防御するも後方へと飛ばされる。
倒れることなく耐えるが次の瞬間、左脇腹に衝撃が走る。ラウムからの掌底が突き刺さっていた。
振り払うべく手を振るうが難なく回避され、気が付いた時には目の前にフェンシオが拳を突き出している。
回避することは無理と衝撃に備え身構えるも、フェンシオの拳が当たる寸前で止まる。
フェンシオは相も変わらず口元だけ笑いながら。
「ま、これぐらいで許しておこうか」
「そうしてもらえると助かる」
ネムロスは大きく息を吐き、降参とばかりにそう答えるしかできなかった。
「まずは、こちらから向かっているのに半歩後ろに下がっただけで立っていたのが間違いですね。二人相手をしなければならないのですから、待ち構えるのではなく動かなければなりません。ならばこそ、初めの一手から悪手をとってしまうのです。後ろをとられたときの反応はまずまずでしょう。ですが私へ意識が行きすぎて、フェンシオのことを忘れています。常に周囲に目を向けなければ、不意の出来事に対応できませんよ。そして今の場合は止まらず動いて一対一の状況へと持ち込むのが一番良いでしょう。」
ラウムから評価は辛口であった。何か言おうと口を開きかけたが。
「あぁ、それと突然のことで動けなかったなど言い訳にしかすぎません。戦場はおろか、ただ道を歩いていただけで盗賊などに襲われてもあるのです。その時に動けなかったなどと言っているなら死ぬだけです」
打ちのめさせられるとはこのことである。このままではキメラの調査もままならぬだろう。もはやため息すら出ることは無かった。
「では、行くとするか。遅くなったしな、調査するにどれだけ時間がかかるかわからん今、急ぎ行こうや。ネムロスも突っ立ってないで行くぞ」
「思い違いをせぬように言っておきますが、これは遅れた罰であって、これから調査を行うにあたってお互いの実力を把握するための手合いです」
どうやら外されることは無かったが、これでは外された方が良かったのか悪いのか…。
だが気落ちしてしていても仕方ない。二人について行く。足掻きながらもついて行くしかない。
「ラウム殿よ。もう一人来ると言っていたが、見当たらないんだがどうした」
「えぇ、ちゃんといますよ。その柱の陰に」
崩れかけている柱に隠れ見えなかったが、こちらの声が聞こえたのだろう。姿を現す。
気配はなかった。よく訓練されていると言えよう。
「彼は何かあったときの為の連絡員です。調査員ではないので申し訳ないですが、あの洞窟に入るのは我々だけになります。よろしいでしょうか」
「まぁ、特に問題ないだろ。ネムロスもしっかり装備を固めてきてるしな」
「盾ですね。良いと思いますよ。それに剣も一振り、聞いてもよろしいですか」
「色々な物を作っている家族がいてな、名をファキオと言う。盾と剣とこれを譲ってもらえた」
盾を下ろし、後ろについていた棒手裏剣を取り出す。
「八本と数は無いが、牽制程度には使えるだろうと思うてな」
「そうですね、少々弱い気がしますが、無いよりましと言ったところですか」
「…忌憚なき意見、痛み入る」
確かにキメラ相手には弱いだろうが、はっきり言われると落ち込む。
だが今はこれから向かわねばならない場所を思うと、落ち込んでいる暇はない。何があるかわからぬから気を引き締めてゆかねば、思いも及ばぬことが起こるだろう。
「では、行きましょうか。予定していた時間を過ぎてしまいましたからね」
「だな、待たせてしまって暇しているだろうから、たっぷりと遊んでやらないとな」
淡々と仕事をこなすようなラウムと、皮肉交じりの言葉通りにどこか楽しそうなフェンシオ。
二人ともこの先に待っているであろう分からないものに対し、実に楽しそうにしている姿を見ると、一人苦悩しているのが馬鹿らしくなってくる。
気は引き締めるが気負い過ぎるのは良くない。理解しているが実行できるかは難しい。二人のこのような所は見習わないと思うところではある。
「ネムロス、いつも遅いぞ。本当に置いていくぞ」
「あぁ、今行く」
二人の後ろについて行くと、控えていたラウムの部下も後ろへ続きついてくる。
フェンシオはおろかラウムに対しても、後ろを歩く距離以上にあるのだと思うと、追いつくのはいつになるか気が遠くなるような気がして嘆息をつくしかなかった。
最近更新が遅くなってばかりで、申し訳ない。
そしていつも読んでくださり、ありがとうございます。
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次話はやっと洞窟探検です。




