#117 領主邸、再び
いつもと違って門の前には二人程鎧を着こんだ兵士が居り、此方を睨んでいる。
「召喚に応じ馳せ参じたネムロスだ。取次ぎを願いたい」
「話は聞いている。しばし待たれよ」
程なく通されたのは、別邸でなく本邸の方。少し大きな扉を通ると広い玄関間。
本邸はすごく豪華に作られており広い。庭も広かったけれど、中に入ると趣が全く異なり、驚くばかりだった。
「あの別邸は使用人や取引相手に使う場所なのだろうよ。此方は同じ貴族を饗す為に見栄も入った造りだ。俺達には過ぎた場所にはなる」
「色々と事情がありましてね、此方で対応する事といたしました。領主不在でありますが、私で問題は無いでしょう」
其処に居たのはソキウスさん。違って見えたのは服装のせいだろ。薄汚れた外套を纏い、靴を汚しながらも一緒に歩いた姿から別人に見えるのは、装飾は無くとも決して安くないと分かる白を基調とした服。下町では決して歩けないであろう汚れ一つも無い黒のズボン着ているから。寒くないように厚手の上着を着こんでいるけれど、そもそもこの屋敷の中は暖かい。さして着込まなくとも風邪などひく事は無いだろう。
「このような場所では落ち着いて話も出来ません、此方にどうぞ」
奥へと歩くのかと思ったけれど玄関よりほど近い場所、廊下へ入った直ぐの部屋へと案内された。
応接間と言ったけれど、此処は玄関と違って質素であった。置いてある者は何もなく、中央に机と椅子が数脚あるだけ。
でも机の縁に彫刻が施されており、数人掛かりでようやく運べるのではないかと思えるぐらい重厚な造りになっていた。椅子も机に合わせる様に背凭れに彫刻が施されている。
ソキウスさんに促され座るも、お尻が沈み込む程に緩衝材が詰まった座面。
今まで味わったことの無く、座るのにもすごく緊張した。
お姉ちゃんも座り心地が悪いらしく、何度もお尻を動かしている。なのにネムロスさんとフォスレスさんは平気で座っていた。
「さて、まずは此度の事、助力頂いたこと感謝を致します」
其の言葉に少し戸惑いを覚える。私達は彼らを助けた訳では無いはず。
どちらかと言うと私達が助けられた方だと思うのだけれども。
言葉の意味を理解する間もなく、話しは続いて行く。
「手柄については如何様にしてくれて結構。貴族ではない俺達に回りくどい言葉はいらぬ。知りたい事は大きく分けて二つ。一つはステル及びクラスの此れから。もう一つは俺たちが大陸へ出る為の助力を頂けるのかと言う事」
ネムロスさんの言葉を聞いたソキウスさんが少し思案し、懐から織り込まれた紙を取り出し机の上へと置いた。
「ラウム殿と領主、ジョラクトル様の間には私的な繋がりがありましてね。少し聞いたと思いますが、奴隷制度反対派を私たちは掲げております。他国の協力者の一人がラウム殿です。故に貴方がたを此の場所をお招き致しました」
此処まで言えば分かるだろと、暗に言っているのだろうけど私にはまったく分からない。
「俺達の事は其方に良いように扱ってくれて構わぬ。ただ犯罪者として捕まえると謂うのであれば抵抗させて貰うつもりではいたが、そうで無いようで安心した」
ソキウスさんが大きな息を吐き。
「安心しました。私としては穏便に事を進めたいと思っていた所です」
「俺たちは他領で騒ぎを起こしたからな、領地侵犯は法に触れるという事。可能性として低いがクラスの両親、つまり領主殺害を補助したとして犯罪者扱いにする事も出来たわけだ。俺とフォスレスは其れを恐れていた。ソキウス達もまた俺たちの扱いに苦慮していたと言う事だ。一歩間違えたのであればフォスレスの剣が領主へと向きかねんからな」
話が分かっていない私達に話してくれたけれど、どうしてそうなるのかは分からなかった。詳しくは長くなると言って後ほどとなり、頷くしかなかった。
「さて、この手紙を読んで良いのか」
「ラウム殿より受け取った手紙です。貴方がたの事情が記載されているだけですから、読んで頂ければどうしてこうなったのか、此方の対応方針が分かります」
手にして目にするネムロスさんは、フォスレスさんへと手渡す。そしてフォスレスさんは苦笑し、私たちに『読む』と聞いて来たので一応目を通すも、内容は理解出来なかった。
首を横に振り、さっぱり理解出来なかった事を示すと。
「ラウムは俺たちを一応は信用しているみたいだな。そして、其の上で利用できるのであれば利用しても問題ないと、其の上で俺たちの報酬を、欲しいものを差し出せば良いと書いてある。本当に巫山戯た話だ。間が悪かったとも言えるがな」
憤る訳でもなく、呆れたように声にするネムロスさんにフォスレスさんは笑うだけ。
「今回の事情は理解しました。此れはラウムが悪いと言えるでしょう。私たちでは返せませんので貴方がたにお願いします」
「そう言う事でしたならばお任せ頂きたい。必ずやお返ししておきましょう。まずは誤解も解けた所で、クラス様の今後の事を少し伝えておきます。まずは領地に関しては私たちが代理を立てます。領主代行として王に今回の事を含め報告済みです。内々にて了承も得ており問題は無いでしょう。クラスが成人し、そして正式に領主の座へ着けられるよう支援するつもりです。十八、其れが領主の資格を得られる年齢です」
厳密には資格というものはなく、小さな子どもであっても領主となることは出来る。
其処に責任という言葉がなければの話。十八は此の国が定める成人の年齢。全ての行動に責任は自身に在る事となる。故に領主としての席は成人後に座する事が慣例となっているとの事。
無論、全てを任させるつもりはなく、領地運営について学ばせるし、補佐もしてゆくとは言っていた。
「そうか、であれば近く寄った時は祝福の声を掛けに訪れよう」
「是非、お願いします」
「さて、クォットヘース傭兵団に対する報酬ですね。此れについてはお支払う事は出来ません」
「そうか、了承した」
「では次に……」
今回の件で死にそうになったのに何も無し。どうしてと驚くも、ネムロスさんは何一つ文句も無く、私たちに説明してする事も無く話しを進めて行く。
フォスレスさんも予想していたのか、口を挟まず静かに聞いていた。
お姉ちゃんと顔を合わせるも、私と同じ不満そうにしている。
けれど口を挟む前に次の話題へと移っていった。
「ラウム殿の手紙に在った様に、大陸を出る手助けですね。此方に関しては私たちでは無理と言わざるを得ませんね。私たちの領地は内地です。海を、航路を持っていませんし、そもそも海外と交易はしていません」
「其処は期待していない」
ソキウスさんは一つ頷き。
「ですが航路を持っている方とは付き合いがあります。其の方へ紹介状を書きましょう。其れと此方で不要となった服を差し上げます。此方としては以上になりますが、何かありますか」
「此方に求めるものは」
「ありません。強いて言うのであればラウムへ恩が売れた事が一番の収穫とも言えますので、ラウムへと要求するつもりです」
「服を頂けるのであればありがたいです。流石に替えの服が無いのが困りものでしたからね」
「僅かと言え顔見知りになった女性が哀れもない姿をしていて何も思わない訳ではありません。此れぐらいの施しをするぐらいは人の心を持ち合わせています」
「ありがたく頂きます。ちなみに確認ですが私一人だけですか」
「皆の分と、言いたいところですが、ネムロスさんについてはあるかどうか。男性の服はと言うより、旅装束は擦り切れるまで使われますから雑巾にしかならないのです」
「貰えると言うのであればありがたく頂くが、なければ無くとも構わぬさ」
「では、他になければ此の後、別の者に案内させましょう。私は仕事が在るので失礼する」
呼ばれて入ってきたのはステルさんだった。
「では、後はよろしくお願いします」
「承りました」
特に何か話しをする事なく退出してゆくソキウスさんに、ステルさんも頭を下げるだけ。
どうやら私達の返事はあらかじめ予想していたようで、ソキウスさんにしてみれば予定通りだったのだろう。
「お久しぶりです、皆さん。お話は伺っていますので、まずは向かいながらお話いたしましょう」
開けられた扉、服を選ぶために部屋を移動する。
本邸を出て別邸へ。
やはり古いものは使用人が使う方へと移される。本邸はソキウスさんとの話し合いの場でしか無いようだった。
「旦那様と奥様を自領にて葬儀する必要があります、其の準備や領主代理人殿との調整等手を取られ、お会いする事叶わず申し訳ありません」
「大変なのは俺達ではない、貴方がただ。傭兵団との諍いについても責はあるまい。首を突っ込んだのは俺達であり、避けられ得ぬ事であった。感謝は受け取った、後は俺達の事より此れから先の事を考えよ」
「ありがとうございます。今は何も返せませんが、いずれ御恩に報いたいと思います」
短い言葉を交わし、クラスちゃんは無事に過ごしているそうだ。
数年は此方で過ごし、領主としての教育を施してゆくとのこと。
いずれ領地を継ぐ其の時まで、此処の領主が責任を持ってくれると、聞いたとおりだった。
陛下……国王様も今回の事は気に留めており、今後は銀山の事も含め陛下の御意志も必要になったとの事。
逆に言えば、銀山がある領地は王をも巻き込み他領の手が勝手に出せないようにしたと。
私には難しい話しではあった。
そうして別館で服を譲ってもらった。
フォスレスさんは駄目になった服の代わりを補填し、私とお姉ちゃんは肌着や下着など足りないと思っていたものを得られたのは良かった。
ネムロスさんは色々と見たみたいだけど、唸って終わったようだった。
「早速着用しているのですね」
「えぇ、中々良さそうなのがありましたから」
旅装束とは言わず、街の外を歩くとなると茶系統の服が多い。汚れが目立たない色と言えば茶系統でもあるけれど、皮を鞣すと茶色になるからだ。
他の色へと染めるけれど、染め代が掛かり割高になる。
そしてフォスレスさんが選んだのは、ズボンと裾が長めの厚手の上着。しかし紺へと染められていた。
黒髪と合っておりよく似合っている。
「似合ってはいるが、良く在ったな」
「まぁいいじゃない」
「恰好良いです。もう一着ありませんか、私も欲しいです」
ネムロスさん、お姉ちゃん、私の感想。
ネムロスさんとお姉ちゃんは少し呆れが入っている感じがしたけれど、私はちょっと欲しくなった。
色違いでも良いから無いかな。
探したけれど、フォスレスさんが見つけた一着だけだった。一点ものと言えば聞こえがいいけれど、やはりお古故に限られているのだろう。
服選びには滞りなく選び終わると、いよいよ此の場所に用はなくなる。
そろそろお暇しようとしたときに持って来られたのが、領主の家紋付き封書であった。紐で固く閉ざされた木箱を受け取ると、いよいよ此処とも出て行く時。
「世話になった」
「いえ、何も出来ずこのような形で見送る事に心苦しくありますが、皆さまの旅立つ先に神の導きが在らんことを」
預けた馬を返してもらい、其の背に荷を積んでゆく。
此れで全ての用は終わる。後は北へと向かうだけと、最後の挨拶をしてゆく。
「神様ですか……そう、ですね。道祖神の導きがあらば今一度お会いすることもあるでしょう。其の時を楽しみにしています」
「そうだな、旅人ならば拝む神は道祖神になるか。クラス嬢と共に元気でな」
「大きくなったクラスと再会する事を楽しみにしているわ」
「私も大きくなったクラスちゃんとお会いしたいですから」
深く頭を下げるステルさんに別れ、別邸を後にした。
「いよ、久しぶりだな」
屋敷の門にいたのはジョワンさんだった。
「お勤めご苦労さん」
挨拶をして通り抜けようとしたけれど、「まぁ、まぁ……」と引き留められてしまう。
「此方に用は無いが」
「いやいや、在るだろ」
そう言って差し出されたのは、金属が擦れ合う音を立て重そうな袋であった。
「椅子代だ。此れを受け取って貰えんと行き場を失って困るところだからな」
「忘れていると思っていたが、中々律儀であったな」
「酷い言い様だな。此れでも約束は守る方だと自負しているのだが」
「ただの破落戸相手に口約束など無いに等しいだろうよ」
袋を受け取り、荷物の中へと仕舞うと。
「中は見なくて良いのか」
「後で確認するさ。今は信用……いや、信頼の重みとして受け取っておく」
「そうかい、なら此処で言う事は無い。次に会う時は味方である事を祈るわ」
其れだけ告げると仕事の邪魔と言わんばかりに追い出した。
「ではまたです。ジョラクトル」
「おう!」
フォスレスさんの不意の一言にも強い返事で応えてきた。
皆気にする事も振り返ることも無く立ち去るけれど、私はジョワンさんの楽しそうに笑う顔を魔眼で確認しながら皆の後を付いていった。
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