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「知ってるよ」うずうずとした様子を全身に滲ませ、「どうしたの、そんなの持ってきて」
そんなカオリがおかしいやら、かわいいやら。満は工具箱をベッドのかわらに置き、「中、見る?」
「もちろん」
*
季節は慌ただしく過ぎて行った。中間試験が終り、校内は目前に控えた文化祭一色になる。
そんな最中に満とトイチは、美術部顧問の榊教諭に生徒指導室へ呼び出された。今まで知らぬ存ぜぬ忘れましたでやり過ごしてきた懸念がいよいよ現実になるかと、二人は半ば観念した。今年のウェルカム・モニュメント、展示中止の通達。
ところが話は全く予期しない所から降って来た。
「これが届いた」
榊先生は一枚の紙を机に出して二人に見せた。罫線だらけの用紙は、婚姻届と読めた。その片方が埋まっている。妻の欄。初めて、ミューズの本名が「竹尾美神」だと知った。ふりがな欄には「みゅーず」とあった。届出の左上に、黄色の四角い付箋が貼り付けられている。
「責任取りやがれ、バーカ」
真っ赤なサインペンで書かれていた。それからつけ足したように「文化祭に行く」
ひどい悪筆は紛れもなくミューズのものだ。
「元気そうですね」トイチが云った。
ミューズはあれから姿を消した。榊先生が問い合わせたところ、彼女は大学院を休学していた。「退学したわけでないからして安心していいだろう」と先生は云ったが、何をもって安心となるのか。
それでもきっと、彼女なら、と二人は思った。
どこへ行っても白衣を羽織って、ぺたぺたとスリッパを鳴らしているだろう。
まったく、と榊先生は肩をすくめる。「昔とちっとも変わってない。いっつも振り廻すばかりで」
「先生とミューズさんって、」
「そりゃ色々とあったけど、楽しかったよ」苦笑して、懐かしむように、「ホント、相変わらずだよ、ミカミちゃんは」
「文化祭、楽しみですね」
満の言葉に、榊先生はぐっと身を乗り出し、「見つけたら俺を呼べ。全部話してもらうまで彼女は放免できない」
それこそ、ミューズの云うところの「責任をとる」になるのでは。
だが、それを指摘するほど無粋でないと、満は思う。
「話は以上だ。お前たち、自分たちの作品のほうは大丈夫か?」
「大丈夫です」席を立ちながら、二人は同時に答えた。
指導室を辞する二人の背中に、顧問が云った。「ウェルカム・モニュメントだけどな、あれ、当日、動き出したりしないよな?」
トイチはたっぷり五秒は数えて、「さぁ。どうでしょう」
その言葉を合図に二人は駆け出したので、顧問がどんな顔をしたのか知ることはない。




