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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第八章 「さぁ。どうでしょう」
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8-1

   ●第八章


「付いてきてるね?」ちらっとバックミラーに視線を投げてミューズが云った。

「大丈夫です」振り返りながらトイチが応える。むしろ、車についてこれるドロドロの移動速度が恐ろしい。「余り距離を開けすぎると、ショートカットされるかもしれないです」

「そうだな」

 ミューズは、中学校まで幹線道路を避けて、旧道を通って車を走らせていた。あぜ道と呼ぶには小奇麗に舗装されている。道路幅は優に二車線分あり、真っ直ぐだ。旧家の有権者と市長あたりの都合だろう。今は公共事業に素直に感謝だ。このままぐるっと廻って田畑を進めば、中学校の裏に出る。

 ヌブゥ──!

 怪獣ヘドロが吼えた。湿った、不気味な音だった。

「あんな声、出せるんですね」とトイチ。

「そうねぇ」とミューズ。

「あれは進化なんでしょうか」 

「さあねぇ」

「ミューズさん?」

「私に分かるわけなかろうもん!」ガン、とハンドルを拳で叩く。

「作ったのはミューズさんですよね?」

「だから! 分かってたら!」ハンドルから両手を放し、キーッと頭をかきむしる。「こうなる前にどうにかしてたわい!」

「見越しておくって発想はなかったんですか? 対処法とかバックアッププランとか」

「ひどい! ひどいよ、少年! わたしも被害者なんだってば!」

「違いますよね? ミューズさんの責任ですよね?」

「やっぱそうなるかー」一転してミューズは、すとんと冷静になり、首を傾け、心底うんざり、「あーやだなー」他人事のように、「めんどいなー」

 ヌブゥ──! ヌブゥ──!

 べちゃ。ずるずる。べちゃ、ぴちゃ、べっちゃ。ずるずる。

 絞っていない雑巾のような、水っぽく、そして嫌らしい音を立てながらドロドロが迫る。それを先導するように車は進む。

「……どうやら魅かれているみたいですね」トイチが云った。

「たぶん、アレだろうね」

 ミラー越しに後部座席に積んだ黒い直方体をちらりと見遣る。

「取り込んで、もっとでっかくなるつもりかもだ」ミューズは口の端を曲げた。「モノリス、役に立ってわたしは嬉しいよ」

 トイチの肩から後ろを見ていたジャックがブルッと身震いした。「ワイも食われたらドロドロになるん?」

 大丈夫だよ、とトイチはジャックを膝の上に降ろし、撫でてやった。「大丈夫」サイドミラーを見て、ドロドロが真っ直ぐついてくるのを確認する。

「なんで目標地を中学校にしたんですか」

「理由なら三つあるかな」ミューズはちらりとトイチを見て、「ひとつ、地理的条件。町外れだから。裏は田んぼで場所が良い。つぎに、地形的条件。大立ち廻りするにはグラウンドの広さが良い。最後に戦略的条件。校庭は砂だ。水はけに大きな期待はできないが、動きに少しは影響でるだろう。それにあすこは、ヤツが欲しがる拡張紙がたっぷりある」

「なんかそれっぽく云ってますけど、他でも条件当てはまりそうですね」

「まぁ、いっとう近くてそれなりに分かってて、思い出の場所だし、理解あるだろうし、だからいっかな、って」

「榊先生、胃に穴、開けてますよ」

「ハハハッ!」ミューズはとてもいい声で哄笑した。「入院したら毎日見舞いに行ってやるさ! リンゴをウサギさんに切ってやるさ!」

 シルバーの軽ワゴンは、ドロドロと絶妙の距離を保ちながら、あぜ道を走り抜ける。稲刈りを間近に控えた田んぼは、金色に輝いていた。

「ミューズさん」

「なんだい?」

「なんで拡張紙を作ろうと思ったんですか」

「今、訊くことかい?」

「今、訊いておかないと訊く機会なくなりそうで」

「ふうん」ミューズは視線をバックミラーから戻して前に向けた。「キミ、絵を描くんだってね。その絵の上に拡張紙を貼ったらどうなると思う?」

「何も起こらないと思います」

「そうね」同意する。「キミの絵、見せてもらったよ、素晴らしい。うん、お世辞じゃないよ。額面通りに受け取ってくれたまえ」

「でも?」

 くふっと、笑う。「でも、それでお終い。だけど、もしかしたら具現化するかも知れない」

「無理です」

「つまらないね、キミは。彼の方がよっぽど面白い」

 助手席の少年は口をつぐんで、サイドミラーに視線を向けていた。

「分かってる、そこが彼のいっとう良いところだ。それをキミは知っている。だからキミらは友達でいられる」羨ましいね、とミューズは続けた。「彼もキミのことをものすごく信頼している。そうじゃなきゃ、背中を預けたりしない。先日の工具箱が最たるモノだろ。わたしなら躊躇うね」

 やはり助手席の少年は黙ったままだった。

「トイチくん。わたしはね、作りたくて作ったんじゃない。出来ちゃったんだ。あ、そこのペットボトル取ってくれる? うん、ありがとう」ぐびぐびと咽喉を鳴らしてコーラを飲み、手を出すトイチに、「ん、ありがとう」それを戻した。「思いを具現化する。なるほど、拡張紙は確かにそんな特性を持っている」

 ミューズはぐえっとおくびを漏らした。

「でも拡張紙、その存在こそが『わたしの望みが具現化したそのもの』だったとしたら?」

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