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ひやりするものを感じた。操縦席からキング・ライムが満の制服の裾を引っ張った。耳に手を宛て、指で口を示す。一拍の後、気が付いた。小声で、「クラフトの振りをするんだぞ」
勿論、とキングは力強く頷いた。
「先生、ちょっといいですか?」
満は腰に手を宛て、胸を張り、いかにも王様らしいポーズのペーパークラフト作品を教卓の上に置いた。
「新作か。なかなかいいじゃないか」腰をかがめ、目を作品と同じ高さにして顧問は云った。「完成してるように見えるが、どうした、行き詰まったか?」
「えっと、」
「やぁ榊くん」クラフトからいきなり女の声した。「キミの生徒は優秀だね。ペーパークラフトのロボット。トランシーバー機能付き。いかにもそれっぽい、いい作品だ」
顧問はギョッとしながらも、「……何をしているんです?」
「実験中でね。こっちも一体、借りている。相互通信キットなんて通販で簡単に買える時代だよ」うんうん、と満足気のミューズの声には、風を切るような音が混じっている。
「外にいるのか、」云って、ハッとしたように「車の中?」
「安心したまえ。十勝くんならわたしと一緒だ」
「いや、問題はそこじゃない。学内活動中、校外への外出は許可が必要です」
「非常勤とは云え、臨時講師と一緒なら問題なかろう」
「ぼくには顧問として、教師として、生徒に責任ある立場で──、」
「ならわたしは? 榊くん、わたしを招き入れたのは他ならぬキミだ」
「招聘した憶えは──、」
「許可したのはキミだ、問題が在ると云うなら責任取って結婚しろ。イエスと云え」
顧問は信じられないとばかりに天井を仰ぎ見て、「そんな話がまかり通ると思うんですか」
「ならば黙って職員室に戻りたまえ」ミューズの言葉が滔々とクラフトから流れる。「今なら我々はキミと接触しなかったと口裏を合わせられる」
顧問は顔を上げ、作業の手を止めて自分を見ている生徒たちの顔をゆっくり見廻し、小さく溜め息をついた。「……脅迫には屈しない」
「そうか。なら仕方ない。これは貸しだ、榊くん。いま、面倒が学校に向かっている。理由は聞くな。わたしも分からん。だが確かだ。気になるなら学園線と南大通りの交差点付近までさっさと来い。東側に見える筈だ。無理ならスマフォかPCでキミのアカウント教えてくれ、ライブ中継してやる」
「何の話を──、」
「グズグズするな、時間がない。今すぐ校内の生徒を避難させろ。校庭はダメだ、近くに公園があったろう、そっちにしろ。或いは、隣の小学校のグラウンドでもいい。中学校から離れるんだ」
「事情も分からずそんなこと出来るわけが──」
「バカ、こっちも事情なんざ分かりはしないんだ。だが、間違いなく中学校で面倒が起きる。これは既定事項だ。直ぐに取り掛かれ。ああ、それから第二美術室は除く。作業を続けさせたまえ。返答は? ……ほんっとにグズだな、キミは。分かった、第二美術室でシンナーの瓶がひっくり返ったとでも云えばいい、引火の恐れがあるので退避しろと。アセトンでもいい。とにかく有害だから校内に充満するより拡散するまで大事をとって避難だ」
「そんなデタラメが通ると思ってかッ」顧問は教卓を叩き、クラフトに顔を近づけた。「消防に何と説明すればいい!?」
「むぅ。確かに消防が出てきたら、ガセってワケにはいかんな。なら嘘をホントにする為に、学校中にアセトンを振りまきたまえ」
「バカですかッ」顧問は、その場にいた全員の気持ちを代弁した。
「バカとはなんだ、このごじゃっぺがッ。ああ、もうっ、分かった分かった、アセトンはやめとこう、確かにシャレにならん。なにしろ臭いし。とにかく……臭いし」
「いったい全体何をどうしたい──、」
「キミの云い分は理解した」
見て分かるほど、顧問はホッとした顔をしたが、一瞬でそれは粉々に砕かれた。「面倒だから火災警報鳴らせ、生徒のイタズラでしたてへっ、を貫き通せ」
「アホかッ!!」顧問がキレた。
「黙れ三下!」ミューズもキレた。「もういい、こっちから遠隔操作で鳴らしてやる、それなら文句ないだろう!?」
「遠隔ってなんだ!? やめろ、問題起こしてくれるな!」
「うるさい! サッキーのバカ──ッ!」
「バカとか云うな! よっぽどミカミちゃんのほうが土星バカだ!!」
「うるせ──ッ、こっちが土星ならそっちはメビウスバカだ! 六文字満! そこにいるな、よしいるな! 廊下に出て火災報知器鳴らしてこい!」
「なに云ってるンだァ!」
満と顧問が同時に叫んだ。
「遠隔操作じゃないよね、それ!」
だが、満の言葉は耳をつんざくような警報の音でかき消された。
「……本当に遠隔操作したのか、」
呆然とする顧問。満はエースがそろそろ教室に戻ってくるのを目の端で捉えた。
……遠隔ロボット操作かい。
「榊くん、もう後には引けない。気休め程度だろうけど、ひとつ、約束しよう。これから中学校で面倒が起きようとしている。まぁ警報が鳴った以上、確定だな。それを最小限に留めようとわたしは動いている。そして、何かあったとしても、それは我々のあずかり知らぬレベルでなかったことにされる。今は胃の痛みに堪えてくれ」
「……後で、あなたの責任とやら、きちんと精算させて貰うからな!」
咽喉を絞るようにして告げた顧問に、「ハイ喜んで!」屈託なくミューズはクラフトを介して云った。「婚姻届、出しときます!」
顧問は頭を抱え、「バカだ……」ジャンジャンと鳴り響く火災報知器の後始末をすべく、第二美術室を後にした。
部外者が消えたので、キング・ライムはポーズを解いて、満の肩に飛び乗った。
「いいんですか」満はキングを通してミューズに訊ねた。
「いいんでないの?」至極軽い返答があった。「んっとにグズだねぇ。取る責任そのものが消えるというのに」
「何か知ってるみたいじゃないですか?」訝しげなトイチの声が聞こえた。
「さあね。わたしだって全容を把握してるわけでない。過去の経緯からの推測だよ」
「それってハッタリとか云いません?」とカオリ。
「行き当たりばったりのハッタリってことでいいじゃないか、ハハハッ!」呵々と笑って、「さぁ、キミタチも作業を続けたまえ、もう直ぐ面倒が到着するぞ!」




