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「通信できるんですよね?」トイチが訊ねる。「視覚情報の共有はできないんですか?」
「そんな準備できなかったもん」ミューズは満にちらりと視線を向け、「貸してくれるわけでもないし」とにやりと笑い、「でもね」と語を継いだ。「こっちの方が簡単で確実だよ。だって瞬きするじゃん?」
クイーンが目をぱちくりとした。
なるほど。満は理解した。ペーパーロボットたちは何かと人間くさい。そもそも機械として制作していたわけでなく、キャラクターなのだ。ミューズの言を借りるなら、彼らの存在はロボット生命体のそれ近い。
「ほんとにいいの?」トイチが囁く。「やっぱり感心できないよ」
満は唇を頬の内を小さく噛んで、「正直、なにがいいのかよく分からない」
「自分のしていることが分からないときは流れに任せるものだよ」ミューズが云った。「さて、トイチくんは目立ちすぎるからライムと一緒にここで待機ね。レモン経由でこっちから連絡入れるから」
主導権を握られっぱなしで、何とも情けなく、満は溜め息を吐きかけた次の瞬間、それを飲み込んだ。窓ガラス向こうにカオリの姿を認めた。眩しい陽射しの中をすっと背筋を伸ばし、きびきびとした足取りで歩いてくる。柔らかなオリーブ色の、ワンピースの裾がふわりと揺れる。ブラウンのポーチを斜め掛けにして、きょろきょろ辺りを見廻した。メガネの青年を見つけると軽く手を振り、真っ直ぐそのテーブルに向かって歩を進め、言葉を交わして対面に座った。
「待った?」いきなりミューズがきゃぴ声を出した。カップルを見ながら声を低くし、「いいや、今来たところさ」アフレコを始めた。「ちょっと支度に手間取っちゃて。ごめんね、えへっ」再び声を低くし、「大丈夫さ。今日は一段とかわいいね」一転、声を高くして、「あら、お上手。ねぇこれからどうする? ご飯にする? お餅にする? それとも、お・は・ぎ?」
繰り広げられる茶番に一切の興味も示さず、満の視線はカオリに釘付けだった。
「モンジ?」
心配そうに声をかけてきたトイチに向き直り、「リっちゃんがスカート履いてる!」ひどく狼狽した。
「いつも制服で見てるだろうに」不思議そうなトイチに、「それとこれは違うッ」なんで分かってくれないのだ。
そこにミューズが割り込む。「待て、少年。下にレギンスを合わせているからノーカンだ」
なるほど、カオリは水泳で鍛えたキュッと締まった足を黒いレギンスで包んでいる。「確かに」満はごくっとつばを飲み込んだ。「でもミューズさんに云われたくないかな……」
「なんだそれは、その物云いはっ」
満の代わりにトイチが答えた。「今日こそ普通っぽいですけど、いつもは白衣ですし、なんだか色々と適当ですから」
ふん、とミューズは鼻から息を吐き、腕を組んで背もたれに身体を預けた。「TPOくらいわきまえます。普段着でお越しくださいなんて云われてもジャージで行くようなマネはしませんよーだ」
「ジャージは普段着じゃないでしょうに」呆れながらトイチは云った。「あ、移動するようです」
「よしきた」ミューズは立ち上がると、タブレットをジャケットのポケットに滑り込ませ、「行くよ《レッツ・ロール》!」ごつくて大きな道具バックを肩にかけた。
「ショコラ、頼んだよ」そのストラップにクイーンがひょいっと掴まり、「まかしといて」小さなペーパーロボットはニコッと笑い、二人はさっさと店の外に出た。満も慌てて立ち上がると、段ボールの蔭にいるキングを見遣り、「頼んだ」
工具箱とは別の、カーキ色のメンズブランドのショルダーバックをひっつかみ、ミューズを追った。その肩ひもに、エースとジャックが「おおっと」小さな手を広げて掴まる。遠目にはマスコット人形のぶら下がった鞄のよう。肩ひものあるバックを持って来るようとミューズが云ったその理由はこれにあった。
*
カオリと大学生は、モール内、女の子向けのアクセサリショップへ向かった。学生が手当たり次第、カオリの意見を訊いているようだった。カオリはどれにも首を縦に振らず、しかし始終、ショッピングを愉しんでいるように見えた。
「あかんなー」ミューズが情けないとばかりに云った。「女子のプレゼントにアクセはないだろうに」ぶつぶつ云いながら、タブレットを指先で操る。「ショコラさんや、ちょっと近くまで行ってくんない? レモンはわたしンとこに来て」
ショコラ・クイーンはぴょんと近くの和小物を扱うショップの什器に飛び乗った。ジャック・レモンが満の肩ひもからひょいとミューズの道具バックのストラップに飛び移る。
満は、クイーンが華やかな商材の中、存外目立たないものだと感じ、ほっとするのも、直ぐに自分のセンスが地味なのかもしれないと云う事実に思い当たり、落ち込んだ。が、それは精神衛生上、たいへんよろしくない気がしたので、頭を振って追い払う。
「なにしてんの」タブレットを指先で軽快にタップしならがらミューズが云う。
クイーンは什器を越え、商品の合間を縫い、床の上を軽快に小走り。たまたまその姿を視界に捉えた者も、一瞬足を止めるが、クイーンはすでにそこにいない。見間違いとばかりに首を少し捻って歩き去る。
小さなペーパークラフトがネット什器を登り、カオリたちに近づいた。
「よしきた」ミューズの得意げな声。「バッチリ見える見える」




