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なんだか一日中イライラしてた。掃除が終わるや否や、二人してそそくさと教室を出て行く姿を見たせいで、カオリは余計にそれを強く感じた。
隠し事されてるみたいで面白くない?
まさか。自分に何の関係が?
なのに気持ちはずっとくさくさとして、どうにもなんだか落ち着かない。
「ヨモちゃん、どうしたよー」
通学鞄を肩にかけた菜摘が云った。「眉間、眉間」
「え?」
「すっごい皺、寄っちゃってる」あはっと笑った。
慌てて揉みほぐしていると、
「今朝のこと?」
ギョッとした。指で顔が隠れてて良かった。「うん、まぁ」なんとなく濁した。
「驚いたよー。てっきりあのちっちゃいのが動いたって勘違いしちゃって」菜摘はてへっと笑う。「みっともない所、見られちゃった」と朗らかに云いながら、でも、と語を継いだ。「ホントはどっかの研究所から逃げてきたんだったりしてね」
確かにこの町ならそんなことがあっても「ありえない」と無下に否定されるものでない。
町の中心部は「ロボット実験特区」の幟がはためいており、さらには「この道は、左側2Mをロボットが通ることがあります。ご注意下さい」と云った文言の看板が幾つも建っている。実際、ノートパソコンやタブレット、様々な機器を抱えた研究所か大学か、研究者か学生だかを従え、人型以外にも昆虫みたいな多脚、タイヤやローラーと、多種多様のロボットが動き廻るのを下校途中に幾度か目撃した。たまにテレビの取材もある。年に一度、ロボットレースもある。編み物じゃない。ロボットコンテストの走行競技だ。
そんな中心地区の平日は、「近未来的」と云う景観も相まって特撮変身ヒーローの撮影をやっていたりする。
それにしたって「ご注意下さい」とは何事か。人間が歩いてる横をロボットが通って、いったい何に注意しろと云うのだ。暴走でもするのか。未来から来たり、巨大企業の陰謀だったりするのか。そんなモノを歩道で人に注意しろとは如何なものか。大学ベンチャーなんかは洒落にしてもどうかなぁと云う名前で起業してたりするから余計だ。
父も母も、モーターとかシリンダー、基盤にアルミ部材だとか、たくさんのケーブルが繋がれたモノに幾分取り憑かれている嫌いがある。そんな家庭環境だから、カオリとてそう云ったモノは嫌いでなく、むしろ興味対象だ。実験現場に遭遇すれば足を止めて見入る。もしかしたらお父さんかな、と姿を探してみたり、お仕事でこういうことしているのかな、と想像したり。しかし、時々、両親の興味が自分より研究対象にあるんじゃないかと、ちょっぴり思って少し胸が痛むことがないわけでなくて。父も母も嫌いじゃない。父も母も尊敬している。だけど、やっぱりちょっぴり、ひとりの娘として思うことがある。それってワガママなのかな。そんなこと考えるのは子供っぽいかな。
でも、とカオリは思う。お隣さんはもっとひどいんだよなぁ。
隣家の兄妹のことを考えると、なんだか笑えた。
通学鞄と部活用具一式の入った鮮かなセルリアンブルーのドラム型スポーツバックを抱え、カオリは更衣室へ行く前に校舎の離れに向かった。第二美術室。今朝同様に、そこにいると確信していた。ノックして扉を開ける。はたして、予想が確定する。
「お邪魔していい?」
幾つものピンク色の塊の向こう、机を挟んで立つ二人に云った。
机の真ん中に、赤っぽいオブジェが置かれている。なんて名前だっけ? トランプからとった、エース? 色にちなんで……プラムだ、プラム・エース。やっぱり完成してたんだ。
「どうぞ」トイチが大きい身体で前に出た。「今年は隠し事ナシなんで」
「うん、」みっしり分解されたピンク色の部品で埋め尽くされた教室内を見遣って、「なんかすごいね」
だいぶ前に満の作ったウェルカム・モニュメントの完成予定縮尺模型を見たことがある。しかし、ここからそれが組み上がるのはちょっと想像つかなかった。どれくらいの大きさになるのだろう。あれは顔だ、目があるから間違いないけど、これは……ロケット? なんでこんなのが、と一瞬思ったが、満の作品にはよく使われるモチーフだと思い当たった。
「ちょっといい?」
「お手伝い希望? 大歓迎です」
「ううん」カオリは頭を振った。「今朝のこと」
「委員長の件だね」
さすがにトイチは察しがいい。「そう。あれ、るー……六文字くんの作品だよね?」
「新作も新作です、お披露目は文化祭で」如才なくトイチが答える。それがカオリには、満がトイチの大きな姿に隠れるようにしているように感じた。
「今朝のはちょっとした先行公開みたいなものです。いわゆる、プレビュー」
「そう?」
「些か手違いがありまして、予期せずになりましたが」
「そうなの? ねぇ、六文字くん?」
「さッ、左様でゴザイマスッ」
「……動いてたように見えるだけど?」
「まるで動いているような作品ですな」同意、とばかりにフムフム頷くトイチ。
「ははは」満が笑う。「なぁ、トイチ。すっごく褒められたぜ?」
「喋ってたようにも」カオリは追撃した。
「そうなると楽しいだろうなぁって思いながら、ね? 作ってるから、な?」
そう応える満はチラチラと落ち着きなく視線をトイチに向けている。
「ふうん」カオリは腕を組み、「そう?」壁に背を預けると、軽く足を交叉させ、「分かった、って云うと思う?」
二人の口がキュッとすぼんだ。
「菜摘は納得してたけどね」
「委員長たるもの」トイチが云った。「常識的でなければ」
「ならわたしは非常識?」
するとトイチは、しまったと云う表情を一瞬、浮かべた。へぇ。カオリはちょっと驚いた。いつもどっしり構えている彼の違った一面を垣間見たと思った。




