4-4
「あぶなっ!」
満は身を投げ出して両腕を伸ばし、床の上に落下する直前ギリギリでそれを受け止めた。手の中のエースは「うはぁー……」、マンガのように目をぐるぐる廻していた。
「学校に! そんなの! 持ってくるの! 禁止!」菜摘はスカートを絞るように握りしめ、涙目で「先生に云う!」無慈悲な委員長権限を発動させた。
「なっ……、」
言葉に詰まる。云い訳ひとつ浮かばない。満の脳内会議は審議不能に陥り、口をぱくぱくとさせるのがやっとだった。
「それ、六文字くんの作品でしょ」助けは意外なところから来た。「美術部の」
カオリだった。助け船だ渡りに船だ。満は幼なじみに感謝した。ところが、彼女の視線は硬く冷たく、友好的とは云いがたい鋭さがった。あれ? 船は船でも違う船? どんな船なの泥の舟?
「菜摘、ただの作品だよ。ペーパークラフト」
慰めるカオリの言葉に、「そ、そう?」菜摘は目尻を指先で拭った。
「うん、去年も文化祭で展示してたよ」すうっと細めた目を満に向け、「そうだよね?」
満とトイチは同じタイミング、同じ速度で首を二回、縦に振った。「勿論ですっ」追従するかのように予鈴が鳴った。
「わたしたち、先に教室に戻ってるね」
さ、行こう、とカオリは菜摘の肩を抱くようにして促した。
「二人も早く教室に」去り際に首を巡らし、カオリは云った。言葉は硬く冷たかった。
「……やっぱ秘密がいいんでないか」満の言葉に、そうだね、とトイチも同意した。
「おれっち、何かした?」
プラム・エースは、その大きな目をぱちくりとさせた。
「他の作品がどうなるかも含めて、ちょっと慎重になったがいいかもしれないかなぁ」
トイチは顎に手を添え考え込むが、すぐに「そうか」顔を上げた。「或る程度の制御ができればいいんだ」
「つまり?」
「機能の追加、出来ないかな。不思議紙の余りってある?」
満はエースを入れてきたダークグレーの樹脂製工具箱を開け、端材と道具と取り出した。
トイチの提案は本鈴が鳴るまでの僅かの時間で解決し、二人は担任と一緒に教室へ転がり込んだ。
*
盛大におくびを漏らし、竹尾美神は口の中に甘ったるい空気が充満するのを感じた。
三号館、陽の当たらない教室。別名、魔女の巣。散らかったデスクの僅かな隙間に肘をつき、物憂げにパソコンの液晶モニタを見つめた。ベゼル(外枠)には、思いつくままに書きなぐった色とりどりのノリ付き付箋が、ライオンのたてがみのようにべたべたと貼り付けられている。
あれから教授は何も云ってこないし、竹尾もまた、何も云っていない。たとい「処分した」と云っても、手放しで信じるとは思えない。そもそも関わりたくないオーラがものっそい出ているから、腹の内はなんであれ、「あ、そう」で終わりにするだろう。
だから、互いにわざわざ不愉快な思いをすることはない。
それにしても、と竹尾は思う。どこからも新たな動きがないのが気になる。時期尚早か、こちらの出方をうかがっているのか。それとも体勢を整え、一気呵成に攻め込んでくるのか。
中身が半分ほどになった赤いアルミ缶の腹を、短く切り揃えた爪の先でリズミカルに弾いた。ペヨンペヨンとスティールパンのような気の抜けた音がした。
薮を突いてみるか。
コーラの缶を掴むと、ぐびぐび音を立てて飲み干した。空になった缶の上下を両手で押さえ込み、捻りながら潰す。立ち上がって、「いよっと」アルミの固まりを空き缶専用のゴミ箱に投げ入れる。カコンッと軽い音がする。竹尾はいわゆる地球市民的グローバル型信念など持ち合わせてはいないが、資源ゴミの分別は厭わなかった。なのでこのひとり部屋には幾つもの異るゴミ箱がある。ペットボトル用、アルミ缶用、可燃、不燃、エトセトラ。
白衣を脱いでライムグリーンのTシャツ姿になると、とっちらかった部屋の中でスカイブルーの麻のブラウスを手にし、匂いをかいで問題なしと判断したのち、袖を通す。
こっちが動けば、あっちも動くだろうさ。
健康サンダルをダークグリーンのキャンバススニーカーに履き替え、デスクの足下にしゃがみ込むと、ポケットのたくさんついた黒いナイロンの、ごつい道具バックを引っ張り出した。チャックを開けると鮮かなレッドの内張りがこぼれ出る。
デスクの引き出しやラックから機材を取り出し、鞄の中に放り込む。シガーソケット電源アダプタはケーブルをぐるぐるに巻いて鞄のポケットに入れた。忘れ物の指さし確認をしてチャックを閉め、持ち手をベルクロの握りで留めると、よっと掛け声ひとつ、ストラップを肩にかける。いつものネイビーのトートバックを手にし、ちょっと考え、今し方が脱いだ白衣を丸めて突っ込んだ。
さぁて、お出かけするとしますか。
その前に、おトイレ。




