22 トライの頼みごと
「碧の竪琴を奪い返すのを手伝ってほしいのです」
突然、俺たちが泊まる宿屋に訪ねてきたトライさん。
ボロボロの姿でそんなことを言いだした。
「どういうことですか?」
「黄昏の洞窟に碧の竪琴が封印されているのを確認しました。しかし、モンスターが多すぎてオレが近付くことはできなかったんです。そこで君たちにぜひとも力を貸して欲しいと思いまして」
「なるほど、あの洞窟内に碧の竪琴があるのですね。それでトライさんは昨日、一人で黄昏の洞窟へ行っていたと」
「なぜそれを……? もしや、昨日一時的に洞窟内のモンスターが消えたのは君たちが?」
トライさんが驚いたような顔で俺たちの顔を交互に見渡す。
「残念ですが、違います。それに、あたしたちはトライさんに協力することはできません。これから、迷いの森へ行く予定なのですよ」
ルティが冷たく言い放つ。
なぜ否定をしたのだろう。
洞窟内のモンスターはアキが削除したはずだ。
ああ、そうか。
不用意にアキが不正をしたことを伝えれば、ロボットが襲ってくるかもしれないからか。
NPCがどういう立場なのかはわからないが、あまり口外する内容でもないしな。
「ちょっとルティ、そんな言い方しなくても……ッ!」
「だって、そうでしょう? あたしたちはNPCであるトライさんを信用することができないのですから。仮にトライさんを信じたところで、黄昏の洞窟は危険な場所。また前日のような悲劇が起こらないとも限らない」
口数の少ないルティが淡々と語り続ける。
またあの洞窟へ行けば、全滅する可能性もある。
けど――。
「それに、あたしたちが危険を冒してまでNPCを助ける義理はない、そうでしょう?」
「無茶を言っているのは分かっています。でも他に頼れる人がいないんです。お願いです、姉を助けたいんです!」
トライさんが、土下座をして頼み込んでくる。
「姉を助けたいかー、美しい姉弟愛ですねえ。でも、あなた、『人魚』じゃないですよね?」
「そ、それは――」
「あれ、そういえばそうっすね。ミーナさんは可愛らしい人魚だったけど、トライさんは……」
トライさんは、人間と同じように二本足で立っている。
ゲームの世界だし、あまり気にしてなかったが……。
「オレは、本当はこの町の出身じゃないんです。数年前に、湖の畔で倒れているところを姉ちゃ……ミーナが助けてくれたんですよ。町の住民の多くが反対する中、俺を引き取ってくれて実の弟のように接してくれたんです。だから、オレは姉ちゃんに恩返しがしたいんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。数年前ってどういうこと? このゲームはまだ開始から1か月も経ってないはずよ?」
「……それはオレにもわかりません。そもそもこの世界がゲームだなんていうのも信じられません。突然、プレイヤーだとかNPCだとか言われても、もう何が何やら……」
え?
このゲームのNPCはこの世界がゲームだという認識をしていない?
どういうことだ?
いやでも、レスティアにいたキャシーは確か……。
「師匠! トライさんを助けましょう!」
「んぁ? いきなりどうしたニック」
「僕はトライさんも信じるっす! 女性を助けたいその気持ちがあれば他には何もいらないっすよ。行きましょう、碧の竪琴を取り返しに!」
なんでニックが泣いてるんだよ。
ああ、さっきの話で感動したのか、単純な奴だなおい。
「ニック様。アキさんはどうするつもりなのですか?」
「アキさんはトライさんが見ててくれるっすよ。大丈夫、ささっと碧の竪琴を取り返してくればいいんですよ! 四人で行けばすぐ終わりますって」
ニックは相変わらず能天気というかなんというか。
「おい、ニック。それだとこの町がまたリザードマンに襲われたらどうする気なんだよ」
「そのことなら心配いりません。碧の竪琴が封印された今、モンスターは呼び込めないでしょう」
「うん? 碧の竪琴って、モンスターを呼びよせないためのアイテムじゃなかったのか?」
「正しくはモンスターを呼び寄せたり、跳ね除けたりするアイテムですね。奏でる音色によって、変わるみたいです」
「なるほど、つまり今は、町がモンスターに襲われることもないということか」
そういえば夜はせっかくニックと交代で見張りをしていたのにモンスターが襲ってくることはなかったな。
ふむ、どうしたものか。
トライさんが嘘をついてるようには思えない。
仮に俺たちを騙そうとしていたとしても、別々に行動するより四人で行動したほうが危険は少ないはずだ。
このまま疑心暗鬼になって何もしないよりは、何か目的を持って動いたほうが良いだろう。
「分かった。俺たちが黄昏の洞窟へ行って碧の竪琴を取り返してくるよ」
「ありがとうございます。オレも一緒に行きたいところなのですが……」
「アキさんをよろしくお願いしますね、トライさん?」
ルティがトライさんに向かって言う。
顔は笑っているが、なんだか怖い。
「ルティは、NPCのことが嫌いなのか?」
「どうしてですか?」
「いや、NPCに対して冷たいというかなんというか」
「当然ですよ。あたしのニック様をたぶらかすようなNPCを好きになれるわけないじゃないですかッ!」
え……。
ルティの機嫌が悪い理由ってソレなのかよ。
はぁ、ニックのやつ、可愛いNPCに目がないからなあ。
とにもかくにも、俺たち四人は碧の竪琴を求めて、再び黄昏の洞窟へ向かうことにしたのだった。




