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プロローグ

小さい頃、友達がいた。


不安で一人だった時に「あそぼう」って言ってくれた同い年くらいの子。


同じ絵本も二人で読めば全然違って見えた。半分こにしたお菓子が、一人で食べるよりずっとおいしいことも、あの子が教えてくれた。二人でならずっと遠く、行ったことのない場所のそのまた先まで行ける気がした。


一緒に過ごした時間は特別で、だからあれは、最初で最後の恋だった。


あの日から、あの子とは会えなくなった。

ほんの一時期。一瞬だけ居た唯一の友達。逢いたいと思うだけじゃきっともう会えない。


だから女神さまにお願いした。 “また逢わせてください”って。



――光が腐っていた。空間を舞う無数のホコリがいやに煌めいている。ただ息をするためだけに積み上げられたカップ麺の容器は、ある種芸術的な均衡で、その高さだけを誇らしげにしている。テレビから流れるジーっという砂嵐の音は、その均衡を崩そうと必死になっているようだった。


そんな終わった空間の中に人の形をした何かが転がっている。俺だ。


無職男性二十一歳。しばらくは充電期間ということにして早三年。細身の身体には蓄積した無の時間が隙間なく詰まっていた。過充電もいいところだ。

そして今、この瞬間もテレビの砂嵐を見つめながら虚無を詰め込んでいる。


このテレビも、いつ点けたか思い出せない。暗い無限のような時間をせめて有意義なものにすべく、映画を見るためにテレビをつけたところで記憶は途切れている。あるいは途切れていないのかもしれない。虚無の中にいる事実を一秒一秒刻みつけられていたような気もする。


しかし、そんなことはどうでも良かった。そんなことよりも喫緊の課題がある。現代社会に生きる宿命――金だ。長期にわたるニートライフは、あんなにあった貯金残高を確実に食いつぶしている。


――最初は、すぐにでも働き始めるはずだった。過去は時間が解決するはずだった。ただ想定外だったのは無為の時間にはそんな力がなかったことだ。だから、俺は今もこうして過酷なニートライフに身を投じる羽目になっている。

悪事を働いてお金を得る勇気も、死ぬ勇気も俺にはない。


なら過去も何もかも置いといてとりあえず働いてみれば? 簡単に言うんじゃない。


求人サイトだって何度も開いた。そのたびに応募ボタンの前で固まる。


――面接官の目、職場の雑談、誰かのため息。


まだ起きてもいないことを想像するだけで身体が布団に縫いつけられた。特によろしくないのは“雑談”だ。いつどの瞬間俺の地雷が炸裂するかしれない。そもそも俺は人と話すことが苦手・・・今風に言えばコミュ障なのだ。生まれついたディスコミュニケーションが俺を未来の職場から遠ざけている。


すなわち労働から金を得ることはできないと結論付けてじっと砂嵐を見つめることにする。黒い点々が灰色の画面の中で蠢いていた。点がはじけるたびに鳴るジーっという音が思考を曖昧にする。・・・良い感じだ。何か金を稼ぐ手段が見える気がする。


驚くべきことに点々はまるで意思を持ったかのように移動を始めた。黒い点が線になってやがて文字のようになっていく。


 ――“働け”


「うるさいよ」


テレビを消した。瞬間、人の顔のようなものが映った気がした。

大昔――まだコミュ障なんて言葉を知らないくらい小さい頃にいた唯一の友達・・・に見えた。


今まで思い出すことすらなかったのになぜ今更?


と思いつつ画面を凝視する。しかし、そこには死人みたいな顔をした俺がいるだけだった。何もしてないのに相当疲れているらしい。自覚した疲れを癒すため布団に倒れ込んだ。


「あー女神さまでも現れて俺のこと助けてくれねぇか・・・」


叶わないはずの妄言を口にしたその時だった。


「なあぁぁぁぁぁあ!?」


まさにその刹那。


――白。


部屋一面に影を作ることさえ許さない、閃光のようなものが広がった。真白の闇に包まれて、理解不能の事態に心臓が跳ね上がる。実際に二センチくらい動いた。

本能的に立ち上がってみるも力が入らずそのままへたり込んでしまう。


ドンッ!!


肺ごと揺らすような音が部屋に響く。今度は肺と心臓が二センチくらい動いた。


「・・・ッ!」


音がした方に向かってギュッと目を凝らしてみるけど、閃光に焼かれた視界では何も見えない。


このまま失明なんて御免だなんて思っていると、まず初めに崩れ去ったカップ麺の容器がその輪郭を見せた。

しばらくそこを見ているとこぼれ出た汁も見えてくる。・・・汚い。


「!?」


ゴミの山に、女の子が突き刺さっていた。


透き通るような金髪をツインテールに結い、白いフリルの服を着た、どう見ても俺の部屋にいていい存在ではない女の子が、尻を突き出す格好で倒れている。


幽霊? 人間? 女神さま・・・何これ怖い。


「あっ・・・あの」


生存確認を兼ねて呼びかけてみる。

すると少女はムクリと起き上がり、顔をこちらに向けた。


――幼げな顔つきに反して長いまつげ、鼻はそんなに高くない。薄い緑の瞳が迷いなく俺を射抜く。


不可解の権化みたいな少女は、元気いっぱい口を開いた。


「社会復帰の時間よ! 鷹無ナオトくん!」


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