表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪無視して世界を揺らす -悪役令嬢は歌いたいだけー  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/139

Ⅳ.最初の失敗

アリアは胸に手を当てたまま、しばらく動かなかった。


鼓動はまだ続いている。


ドクン。


ドクン。


その奥で、さっき生まれた小さな波の余韻が、かすかに残っていた。


「……もう一回」


彼女は小さく呟く。


さっきの感覚を確かめたい。


偶然なのか。


それとも、本当に起きた現象なのか。


アリアはゆっくり息を吸う。


胸が膨らむ。


鼓動がわずかに早くなる。


そして鼻から、同じように振動を作る。


「……ん」


弱い鼻歌。


さっきと同じ。


呼吸。


鼓動。


振動。


三つがまた近づいていく。


胸の奥で、小さな重なりが生まれかける。


その瞬間――


アリアは少しだけ強く鼻歌を出した。


「ん――」


次の瞬間。


崩れた。


胸の奥で重なりかけていた波が、ばらばらにほどける。


鼓動は鼓動のまま。


呼吸は呼吸のまま。


振動だけが、空回りする。


共鳴は起きない。


アリアは思わず目を細めた。


「……あ」


鼓動だけが残る。


ドクン。


ドクン。


さっきの感覚は、完全に消えていた。


彼女はもう一度試す。


今度はさらに強く。


「ん――」


振動ははっきりする。


音としても、かすかに聞こえる。


だが――


胸の奥は沈黙したままだ。


鼓動とは重ならない。


むしろ遠ざかる。


アリアはゆっくり息を吐いた。


「違う……」


彼女は椅子に深く座り直す。


そしてもう一度、最初の小ささまで音を落とす。


ほとんど音にならない鼻歌。


「……ん」


かすかな揺れ。


空気よりも弱い。


だがその振動は、再び胸に触れ始める。


ドクン。


ドクン。


鼓動と近づく。


完全ではない。


それでも、少しだけ重なる。


小さな内部の波。


アリアの目がゆっくり見開かれる。


「……そうか」


彼女は机の上の紙を引き寄せる。


震える手で、短い言葉を書き込む。


強い振動 → 同期崩壊


弱振動 → 同期安定


ペン先が止まる。


そして、もう一行。


極小振幅


彼女はしばらくその言葉を見つめていた。


これまでの音楽理論。


革命の基盤。


すべては――


大きな振幅。


広い共鳴。


遠くまで届く揺れ。


それが世界を動かすと、彼女は信じていた。


実際、それは正しかった。


四拍も。


融合演奏も。


すべてその原理で成立していた。


だが今。


胸の奥で起きている現象は違う。


強い振動では壊れる。


広い共鳴では崩れる。


必要なのは――


限界まで小さな揺れ。


外に出ないほど弱い振動。


アリアはもう一度鼻歌を出す。


「……ん」


音にもならない。


けれど体の中では、確かに波が回る。


ドクン。


ドクン。


その間に、小さく滑り込む振動。


内部でだけ成立する共鳴。


彼女は静かに呟いた。


「……小さい方が、強い」


それは、これまでの音楽理論と完全に逆だった。


大きな声では届かない。


広い共鳴では成立しない。


必要なのは――


極小振幅。


世界を揺らす歌ではない。


自分の中だけで成立する、最小の音。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ