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断罪無視して世界を揺らす -悪役令嬢は歌いたいだけー  作者: 南蛇井


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3.ノクタの本音

港の夜風が、静かに水面を撫でる。


遠くの都市から流れてくる音楽は、相変わらず整っていた。

砂のリズムは正確で、雪の弦は均整を保ち、海の低音は深く安定している。


どこにも乱れはない。


どこにも危うさはない。


それは、完成された音楽だった。


ノクタは手すりにもたれたまま、その音を聞き続けていた。


やがて、ぽつりと呟く。


「安全だ」


海の闇を見つめながら。


「壊れない」


少し間を置いて。


「間違いも起きない」


言葉は短く、淡々としている。


アリアは隣で黙って聞いていた。


それは、革命が目指していた世界だったからだ。


暴走しない構造。


臨界を越えない設計。


誰か一人の感情が世界を壊さない仕組み。


レクイエムが恐れていたものを、すべて回避した音楽。


その理想形が、今、都市で鳴っている。


ノクタはゆっくり息を吐いた。


白い息が、夜の空気に溶ける。


「……でもさ」


彼は少しだけ首を傾ける。


遠くの演奏に耳を澄ませながら、ぽつりと言った。


「揺れが足りない」


その言葉は、小さかった。


だが、確かに響いた。


アリアの胸の奥で、何かが動く。


彼女は視線を落とした。


港の水面に、都市の灯りが揺れている。


ノクタは続けた。


「全部、正しいんだよ」


「設計も」


「運用も」


「監視も」


「分散も」


「どこも間違ってない」


彼は苦笑する。


「だから文句も言えない」


手すりを軽く叩く。


コツン、と乾いた音。


「でも演奏してるとさ」


彼は少し考えるように言葉を探した。


「……呼吸が浅い感じがする」


アリアはゆっくり顔を上げる。


ノクタは海を見たまま続けた。


「崩れないように」


「外れないように」


「危なくならないように」


「全部、少しずつ抑えてる」


「無意識に」


彼は手のひらを開く。


空気を掴むように。


「振幅はある」


「でも」


「広がらない」


夜の風が吹く。


遠くの演奏は続いている。


完璧に。


安全に。


ノクタはぽつりと言う。


「怖くない音楽ってさ」


少し笑う。


「ちょっとだけ、寂しいんだよな」


アリアは答えない。


答えられない。


その違和感を、彼女はもう知っていたからだ。


カイルが言っていた。


“揺れが浅い”。


安全だが、変化率が低い。


革新性が減衰している。


そして今。


現場の演奏者が、同じことを言った。


理論家でもなく、


観測者でもなく、


演奏している当人が。


ノクタは海の方を見ながら呟く。


「革命は成功した」


少しだけ間があく。


「……でも」


小さく続けた。


「まだ終わってない気がする」


港の波が、静かに揺れた。

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