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―チカバ森付近の上空―
「ったく、カマンティス様も悪魔使いが荒いぜ……なぁヤブキリよ」
「ケケッ、いいじゃねぇか。楽しみだってある」
上空を羽ばたく、全身が虫のような緑の甲殻に覆われた二体の悪魔が、何やら思い浮かべ無数にある小さな鋭い牙をカチカチと鳴らした。
「クケケケッ、そうだったな……しかし、ゲーゲスの支配地なんて手に入れた物好きの悪魔が、いったいどんな奴かと思えば、デビルヒューマン族だったとはな……」
「ケケッ、ほんとだぜ。この辺り一帯は、空間使用料が高いってカマンティス様が散々愚痴っていたからな……バカだぜ、バカ……どうせ知らずに手に入れたんだろうよ」
「クケケケッ、違いねぇ。その支配地持ち悪魔らしいデビルヒューマン族はにやにやとマヌケ面でぶっ飛んでいったもんな……なぁヤブキリ? 俺たち……追わなくてもよかったんだよな? カマンティス様から怒られないよな?」
「ササキリ。奴はたかだかデビルヒューマン族だぜ。気にする悪魔族ではないだろ?」
「クケケケッ、それはそうだが……」
「ケケッ、カマンティス様には支配地を放ったらかして好き勝手にやってるマヌケなデビルヒューマン族だったとでも報告しようぜ……ゲーゲスを殺せたのも単に運が良かっただけさ……なんていったって奴は……」
「「デビルヒューマン族」だろ?」
ササキリと呼ばれた虫のような悪魔は得意げに六本ある腕を組んで、隣を飛ぶヤブキリと呼んだ虫のような悪魔を横目に見た。といっても複眼なのでその視線は捉えにくい。
「ケケッ、よく分かってるじゃねぇか」
「クケケケッ、当たり前よ」
「ケケッ、恐らくマヌケは、デビルヒューマン族お得意の卑怯な手口でも使ったんだろう……?
まあ、その程度で終わるゲーゲスもゲーゲスだがな……」
「クケケケッ、俺でも殺れたな」
「違いねぇ。ケケッ! ただ、殺した後に付いてくる支配地が悪いぜ。カマンティス様が高いと諦めていたあの支配地なんだぞ。そのまま手に入れたところでカマンティス様の怒りに触れ殺されるぞ?」
「そ、そうだったな……クケケケッ」
「ゲーゲスはこそこそちまちまやっていたが、あのデビルヒューマン族は生意気にも配下が四人もいやがった、すぐに感情値が尽きて消滅するだろうが……仮に、支配地運営を上手くやれたのならば……その時は殺ればいい、ケケケッ」
「そうだな。支配地がバカみたいに感情値を消費するだろうから、悪魔格を上げるのは無理だろうからな。クケケケッ」
「ケケッ、おっと見えてきたぜ」
悪魔は小さな森の中に少し開けている場所を見つけるとカチカチと嬉しそうに口を鳴らした。
その開けた場所には小さな青い渦が渦巻いている。
「クケケケ、さて今日は何人いるかあ? ダンジョン内だと別空間だからな……悪気を放ってもマヌケな奴らにも都市にいる聖騎士たちにもバレやしねぇ。クケケケッいい狩り場を見つけたぜ」
「おいヤブキリ! 言っとくが、今回は俺が喰う番だからな」
「分かってる。クケケケッ、分かってるが……なぁ、破片だけでもくれよ……俺は早く強くなりてぇんだ」
「ああ? お前、これを受け取ってから少し焦ってないか? それによく血肉を欲しがるようになった」
ササキリが魔水晶によく似た小さな水晶を取り出すと、ヤブキリも同じように小さな水晶を取り出した。
「クケケケ、だってしょうがねぇだろ。これを持って喰らえば強くなれるうえに美味いんだ。人族がここまで美味いものだとは思いもしなかった」
空を飛びながらもヤブキリは、取り出した小さな水晶を手に眺めた。
「クケケケッ、じゅるるっ……あれはほんと美味ぇ」
ヤブキリは血、肉の味を思い出したのか、口元からだらしなくヨダレが溢れだしている。
「ケケッ、そんなことお前に言われなくとも分かっている。
たしかにこれを手にしてから、奴に聞いた通りにしたおかげで俺たちの保有感情値はぐんぐん増えている。この調子なら格が上がる日も近い……」
通常ならば配下契約した悪魔の集めた感情値は、主の支配地にある魔水晶へと吸収されていく。配下は必ずその登録をする。
だが、それを吸収されることなく己の保有感情値にする手段が、この手にした小さな水晶を身につけ、契約者の血肉を喰らうことで可能になった。
「クケケケッ、そうだ、もうすぐだ。だから俺にも少し分けてくれよ」
「ダメだ。お前だって前回ここにきた時に、一人で喰っただろうが?」
「クケケケッ、わ、悪かったな。喰い始めると美味すぎて我を忘れるんだよ……」
「それは俺もだ。ケケッ、共食いになりたくねぇだろ?」
「クケケケッ……」
二人はチカバの森ダンジョンの前に一気に下降し降り立つと、いつものようにその渦に手を触れた。
「クケケケッ、さあて……一人……二人……二人か。まあまあだが……別々にいるから狩りやすいな。じゅるるっ……おっと」
ヤブキリは滴れるヨダレを右手で乱暴に拭った。
「ケケッ、ヤブキリ。手はずは分かってるよな?」
「クケケケッ、わかってる。俺が人族を襲い助けを求めて、泣き叫ぶまでいたぶる。お前がそこに現れてその言葉を拾い上げ契約する。そして俺を追い払って契約履行って寸法だろ? クケケケッ、もう二度もやれば慣れたもんさ」
「ならいい。ケケッ、助かったと思った後に、あの絶望する顔がたまんねぇんだよな。感情値も跳ね上がるぜ。ヒィッヒィッヒィッ!」
「ああ、あれはたまんねぇ。美味みも跳ね上がる……じゅるるっ……思い出したらまたヨダレが出てきたぜ……」
ヤブキリは先ほどよりも多く滴れたヨダレを右腕で拭った。
「クケケケッ、なあ……肉の破片だけでも……」
「ケケッ、ダメだ。今回はすべて俺の感情値になってもらう」
「クケケケッ、はぁ……分かったよ。ああ、早く次回が待ち遠しいぜ」
「ケケッ、ほら。早くしろ」
二体の悪魔は人族の気配を探ると、太く発達した足から繰り出される脚力を使い一気に距離を詰めていく。
この二体の悪魔にとってチカバ森のダンジョンは手慣れたもので、その地理も頭に入っていた。
悪魔たちは人族に向かって最短距離を進んでいく。
「クケケケッ、いた」
「ヤブキリ。ケケッ、やり過ぎて殺すなよ」
「分かってるよ」
ササキリを残し、ヤブキリは前を向いて歩いている一人のハンターの背後から蹴りつけた。
「キェェェェェェェッ!!!!」
グシュッ!!
奇声を上げたヤブキリは、わざと足にある鋭い爪で肉をえぐりそのハンターを吹っ飛ばした。
「きゃっ……!」
背肉をえぐり蹴られた女ハンターは数メートル吹き飛んだあともその勢いで転げ回った。
「あ……ああ……ゔっゔぅっ……ぐっ……」
ヤブキリは足の爪に付着した血肉を取りペロリと喰べた。
「クケケケッ、ああ、ウメェぇ」
女ハンターは、突然己が吹き飛ばされ何があったのか理解できなかったが、遅れて意識が飛びそうなほどの激痛が全身に走ったり、特に背中が熱まで帯び感覚がないことから、背後から攻撃を受けたのだと理解した。
「ぐぅっ、まもの……か!?」
女ハンターは背後の魔物に備えようと、力の入らない腕を動かし剣の柄へと伸ばす。
「クケケケッ、もっと喰いテェ…」
だが、女ハンターが動けたのはそこまでだった。恐怖を煽るその声を耳にしたとたん女ハンターは顔色を悪くした。
「あ……悪魔……!!」
目を真っ赤にした悪魔が、口からカチカチと牙のすれる不愉快な音を鳴らし迫ってくる。
「な、なぜ……こ、こんなところで……」
女ハンターは自分の意思とは関係なく、ガタガタと震えだした身体を必死に抑えようとするも、その行為は意味をなさず次第に全身に力が入らなくなっていった。
「クケケケッ、ウマそう…….ダナ」
「い、いや……くるな…….」
ヤブキリは倒れたまま身動ができなくなった女ハンターに満足すると、右手首を掴み女ハンターの身体を引っ張り上げた。
「うぐっ……い……いや……、……誰か……たすけ……て……」
掴まれた女ハンターの足が力なく宙を泳ぐ。
――――
――
「む! 悪魔は二体か……入り口に近いハンターの方に向かったな」
「セリスさん、急いで助けないと!」
「セリスさん、行きましょう!」
「うむ……おっと、忘れるところだった。ハンターがいるからな、念のためにこれを……」
少し駆け出したセリスは、急に立ち止まると三つの猫のお面を取り出した。
「あら、これはあの時のお面ですか? でも色が……」
「うむ、そうだ。あの時のお面に二つだけ色をつけた……エリザ殿は白。マリー殿は黄色、私は赤色だ」
「これって……」
「あはは……」
三人は腰を低く前傾姿勢になり、とても人族とは思えないほどの速さで駆けた。
「いたわ! あそこだわ!」
「ああ……大変です、あのハンター悪魔に手首を掴まれてるよ!」
「うむ。私が斬り込むから、二人はあのハンターの方を頼む」
「分かったわ」
「うん」
エリザとマリーの二人が頷くのを確認したセリスはさらにスピードを上げつつ、右手に握った魔法剣に魔力を注いでいく。
「うぐっ……い……いや……、……誰か……たすけ……」
掴まれた女ハンターの足が力なく宙を泳ぐ。
「ケケッ、いいだろう、この俺が助けて……「はぁぁぁぁっ!!!!」
もう一体の悪魔が飛び出すよりも一歩早く、トップスピードに乗ったセリスが女ハンターと女ハンターを掴んでいた悪魔の間を駆け抜けた。
「たぁぁぁぁ!!!!」
トップスピードに乗ったセリスは、悪魔の甲殻に覆われ硬そうな腕をいとも簡単に切断していた。
「グァァァァァッ!!」
ヤブキリが切られた腕を押さえ転がった。そこへ、追いついたエリザが女ハンターを抱き抱え、マリーがエリザを背に、新たに現れたもう一体の悪魔ササキリに向き二本の短剣を構えた。
「はぁ、はぁ、何とか間に合いました。セリスさん速すぎですね……」
「う、うん。はぁ、はぁ、エリザ、今のうちにそのハンターにポーションを使ってあげて」
「ええ、分かったわ、マリー」
一方、セリスは腕を切った悪魔ヤブキリの方へと向き直ると魔法剣を構えて悔しそうに呟いた。
「ブレイブスラッシュは、こんなものじゃない。くっ、脇が甘かったか……」
「グゲッ、クケケケッ、き、貴様……何者だ……気配を誤魔化しやがって……あん? なぜだ!? なぜ、腕が再生しない?」
「……ふん」
よろよろと立ち上がったヤブキリは鼻をすんすんとさせ何やら嗅ぎだした。
「それは魔法剣!? ……すんすん……クケケケッ、メスの匂い……貴様は聖騎士ではない……人族の抗う者か!?」
少し腰の引けたように一歩下がった片腕になった悪魔ヤブキリとは反対に――
「ケケッ、よくも、よくも俺の邪魔を……ヤブキリ予定変更だ。こいつらを皆殺しにして喰ってやるぞ」
「クケケケッ……」
うっすらと全身を赤色に染め、怒りを露わにした、もう一体の悪魔ササキリの複眼がエリザ、マリー、セリスたちの姿を捉えていた。
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