第6話 仕方がないでしょうに…
「うまく焼けましたか?」
僕はカリカリに焼いたベーコンと目玉焼きを盛り付けながら、トースターとにらめっこをしている桐谷さんに声をかける。
「んー。もうちょっとー」
桐谷さんが昼食の準備を手伝いたいと言ってきたので、パンを焼いてもらうことにしたのだ。
少し目を離しただけであっという間に焦げてしまうからと教えたところ、トースターの前から一歩も動かずにパンを凝視する桐谷さん。
「藤堂くん藤堂くん!焼けたかも」
「じゃあお皿に移しましょうか」
用意してあった皿を桐谷さんに渡し、僕はスプーンとフォークを用意してテーブルへと向かう。
「藤堂くーん…」
「どうしました?」
桐谷さんのほうを見ると、何やら皿を持ったまま固まっているので、僕は皿の上のパンに目を移してみた。
なるほど…なかなかのウェルダンじゃないか…。
「うー。さっきまではちょうどいい色に焼けてたもん」
「全然大丈夫ですよ。美味しそうじゃないですか」
僕がそう言ったのだが、桐谷さんは納得がいかないらしく、だってパンが熱かったからなかなか触れなかったんだもんとかなんとかブツブツ言っている。
よっぽど悔しかったのだろう。
そのあと、泣きそうになっている桐谷さんをなだめるのが大変だった。
席に着いた僕達はようやく朝食を食べ始める。
今日のメニューはパンとカリカリベーコンと目玉焼き、サラダにコーンスープだ。
「わー。このコーンスープ美味しい。私好きかも」
「それはよかったです。今度また作っておきましょう」
昨日の夜に時間があったので作っておいたのだ。
玉ねぎ、人参、セロリを炒めてブイヨンを加えたら牛乳と生クリームとコーンを加えて、あとはミキサーにかけて濾してから塩コショウで味を整えれば完成だ。簡単に出来る割には、市販の粉末のものより確実に旨い。
「ねーぇ、藤堂くんは何で料理出来るの?」
「両親が共働きだったので、子供の頃からよく作ってたんですよ」
子供の頃から料理に興味があったので、よく母親から教わったりしたのだ。まあ、殆どが独学なのでプロの料理人からしてみれば適当な調理法かもしれないが。
朝食を終えた僕達はそれぞれ着替えを済ませて家を出る準備をする。
「藤堂くん、一緒にいこー」
「いや、桐谷さんは先に出ていてください」
こんな美少女と一緒に通学している所を他の生徒には見られたくない。しかも彼女は校内でも話題の転校生だ。そんな渦中の人と一緒に通学なんて自殺行為だろう。
「えー。どうして?」
「昨日の夜も言ったはずでしょう。校内ではあまり親しくするのは不味いです」
昨日の夜、僕は桐谷さんに校内では親しくしないように伝えておいたのだ。転校生である彼女と僕が転校翌日から親しくしているのは明らかにおかしい。
ましてや一緒に住んでいることが周りに知られたらお互いの高校生活が無事に送れるとは思えない。
「どうしてもだめ?」
「だめです」
さすがにこればかりは譲れない。僕はなるべく彼女の目を見ないようにして答えた。
「藤堂くんのケチ。もういいもん」
桐谷さんはそう言うと、頬を膨らませながら玄関から出ていった。
「仕方がないでしょうに…」
僕は彼女が出て行ってから5分ほど経過してから家を出た。
教室に入ると、いつも席にいるはずの嘉孝の姿が無い。電車に乗り遅れたのだろうか?
しかしよく見ると鞄が机の横に掛けられている。
どうやら席をはずしているようだ。
僕はとりあえず鞄から荷物を取り出して机に仕舞うことにした。
「あれ?総司、来てたのか」
しばらくすると嘉孝が教室に戻ってきた。
「どこか行ってたのか?」
僕がそう訊ねると嘉孝は残念そうな顔で答える。
「いやーそれがよ、例の転校生と話でもしようと思って隣のクラスに行ってたんだけどよ、相変わらずの人気で何も喋れずに戻ってきちまった」
朝から何をしてるんだ君は…。
「そいつは残念だったな」
「いや、俺は諦めないぜ。なんとかして仲良くなってやる」
いやいや勘弁してくれ。仲良くされてうっかり僕の話題が出る可能性もある。こいつは危険すぎる。
1時限目が終わり、休み時間。
「よし、総司。行くぞ」
「なんだ?連れションなら1人で行ってこい。俺は別にしたくないから」
あいにく僕は今のところ尿意を催していない。
「ばーか、違うよ!転校生の所だ」
ええ。そうでしょうね…。
でも残念。僕はそんな危険な所には絶対に行きたくない。
「悪い。俺ちょっとトイレに…」
「お前さっきトイレ行かないって言ったよな」
「……」
ちっ…
逃げ場を失った僕は渋々隣のクラスに向かう。
どうせまた人だかりが出来ていて話も出来ないだろうと思っていたのだが、こんなときに限って桐谷さんの周りに人だかりが出来ていない。
あんなにいた人だかりは何処へ行ったのやら…。
「おお!チャーンス!」
嘉孝が獲物を見つけた肉食獣のように彼女に近づいていく。
僕はそんな嘉孝になるべく近づかないように距離を取った。
「こんにちは!俺隣のクラスの水野って言うんだけど、良かったら友達にならない?名前はなんていうの?」
「えっと…」
いきなり凄い勢いで現れた嘉孝に驚いて言葉が出ない桐谷さん。
そりゃああんなに目が血走っているやつが来たら誰でもびっくりするだろうに…。
「桐谷燈です…」
「燈ちゃんかー。可愛いねー」
「いや…その…」
完全に暴走する嘉孝と固まる桐谷さん。
クラス中の視線が痛い…。もう帰りたいんですが。
「あ!それとあそこにいるのが友達の藤堂総司。おーい総司お前もこいよ」
「……」
嘉孝め、余計なことを。
おかげでクラス中の視線が僕に向けられる。
仕方がないので僕も桐谷さんのほうに近づく。
「藤堂です」
「藤堂くんよろしくねっ」
「……」
思わず溜め息が出そうになった。
初対面でそんなフレンドリィに話しかけるやつがいるか。
「なんか俺の時と違うな…」
嘉孝が不思議そうな顔をしながら僕と桐谷さんを交互に見ている。
「あ…ごめんなさい。前の学校で同じ名字の男の子がいたから…」
と、苦しい言い訳をする桐谷さん。
「あ…そういうことね。そうだよな、そりゃそうだよな。びっくりしたわー」
びっくりしたのは僕のほうだ。
家に帰ったら桐谷さんにはきつく言っておかなければ。
そこまで話をしたところで休み時間を終えるチャイムが鳴った為、僕達は教室に戻ることにした。
戻る途中、嘉孝が僕の肩に手を置きながら言う。
「おい総司。お前桐谷さんと知り合いなのか?」
「ばか言うなよ。そんなわけないだろ」
やはり嘉孝には怪しまれていたか。
その後、休み時間の度に、本当に知り合いじゃないだろうな?などとしつこく聞かれたのは言うまでもない。
放課後、授業を終えた僕はバイトが入っていたため、桐谷さんにメールで連絡をしておいた。
「なんだ総司、考え事か?」
洗い物をしている僕の横で、珈琲を淹れながら店長が言う。
「そんなんじゃないですよ。昨日遅くまで勉強してたので少し疲れてるのかもしれません」
「そうか?何だかぼーっとしてるぞ?」
勉強なんてしていないのに僕もよく言う。
それにしてもそんなにぼーっとしていたのだろうか。自分ではあまり自覚が無いのだが。
そんな話をしていると店のドアが開いたので、僕は洗い物をしている手を止めて入口へと向かう。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいました」
「……」
そこには私服に着替えた桐谷さんが笑顔で立っている。なんだその「来ちゃった」みたいな顔は…。
ただでさえ今日は疲れているというのにどうして彼女は頭の痛くなるようなことばかりしてくれるか。
「お一人様ですか?こちらへどうぞ」
追い返したい気持ちを抑えつつ、僕はとりあえず桐谷さんを奥のソファー席へと案内した。
「何をしているんですか」
「だって家にいても暇だったから」
「だからといって此処に来ることはないでしょう」
「ここのカフェオレが飲みたかったんだもん」
この我が儘娘め。学校での出来事といい、今の状況といい、説教でもしてやりたかったが、仕事中なので我慢するしかなさそうだ。
僕はカウンターに戻り、オーダーを店長へ伝える。
「カフェオレ1つです」
「あれこの前来た子じゃないか?総司…やっぱりお前あの子と…」
「何もありませんよっ」
ニヤニヤしながら変なことを言い出しそうな店長を睨めつける。
「ムキになってるところがまた怪しいがな」
「別にムキになってません」
「なってるじゃねえか、くくっ」
くそ。学校でもバイト先でも彼女の話ばかりで逃げ場無しだ。僕の平穏な日々を返してくれ。
僕は店長が作り終えたカフェオレを乱暴に受け取って彼女のテーブルへと運ぶ。
「お待たせしました。カフェオレです」
「ありがと。なんか働いてる藤堂くんっていいな」
「それは嬉しいのですが、飲み終わったら早く帰ってもらえると助かります」
「むー。つまんないのー。お客様にそんなこと言っちゃだめなんだからね」
桐谷さんは頬をふくらませながらカフェオレに口をつける。なかなか器用な飲み方だ。
「あ、そうそう、何か買い物していくものある?」
「そうですね。冷蔵庫が殆ど空なので何か買っておいてもらえると助かります」
「じゃあビーフシチュー食べたいっ」
「ビーフシチューですか?いいですけど時間かかりますよ?」
「うん。出来上がるまで待ってるっ」
「ほーう、総司のビーフシチューか。俺も食べに行こうか」
「ええ、是非食べに…」
聞き慣れた声が会話に入ってきたのは気のせいだろうか…。
僕がおそるおそる振り向くと満面の笑みを浮かべている店長。
「なっ…何してるんですか」
「何って、お前がなかなか戻って来ないから、隣のテーブルの片付けしてるんだろうが」
なんてことだ…。桐谷さんとの会話に気をとられて店長が近付いてきたことに気が付かなかったか。
「さーて総司。閉店後にゆっくり話を聞かせてもらおうか」
店長は口髭を擦りながら不敵な笑みを浮かべている。
なるほど…。どうやら諦めるしかなさそうだ…