第7話 何だろうな…
「と、いうわけなんですよ」
「なるほどな」
店長に話を聞かれてしまった僕達は、閉店後の店で今までの経緯を説明した。
「総司。こんな面白そ…いや、大事なことならもっと早く話してくれよ」
「すいません…そのうち話をしようとは思ってたんですが」
今面白そうなって言いかけたような気がするのは気のせいだろうか。
そうやって面白がるから言わなかったんでしょうに…。
「しかしお嬢ちゃん、なんでまた家出なんて?」
「それは…まあ色々ありまして…」
「まあ、言えないこともあるだろうからな、無理に言わんでもいいよ」
家出の理由については僕も気になるところだが、それについては桐谷さんが言いづらそうにしていた為、店長もそれ以上聞こうとはしなかった。
「それにしても…こんな可愛いお嬢ちゃんと同棲なんて羨ましいねぇ。いいねぇ~最近の若いもんは」
店長がニヤニヤしながら言う。もう完全にどこかで一杯やってきた酔っぱらいのオッサンである。
「何を言ってるんですか。学校の生徒に知られないようにするだけでも大変ですよ」
「そんなに心配することないんじゃないか?別に悪いことしてる訳じゃねぇんだからよ」
「それはそうですが…」
随分と無責任なことを言ってくれる。
こっちはこの先の学校生活をどうしようかと悩んでいるというのに。隣では桐谷さんが頷きながら、大丈夫大丈夫なんて言ってるし。もう少し危機感を持ちましょうよ桐谷さん…。
「兎に角、何か困ったことがあったら何時でも相談してきな。こんな俺でも一応お前たちよりは長く生きてるからよ」
「ええ、それは助かります」
店長に知られてしまったことは計算外だったとはいえ、結果的には良かったのかもしれない。
未成年である僕達では解決出来ないことがこの先無いとも限らない。何かあった時に両親に相談することは難しいだろう。だとすれば成人である店長に話をしておいたほうが得策だと言える。
僕達が店を出た頃にはもう遅い時間になってしまったので、夕食は桐谷さんの強い希望で牛丼のチェーン店で済ませることにした。
「牛丼で良いんですか?」
「牛丼食べたことないから食べてみたかったの~」
この前は焼肉で今日が牛丼とは、桐谷さんはやはり見かけによらず肉食のようだ。さっきはビーフシチューが食べたいとか言っていたし。
焼肉にしても牛丼にしても初めてということは、今まであまり外食をしたことがなかったのだろうか。
「むー。藤堂くんのやつ美味しそう」
「殆ど同じですよ。僕は生卵を追加しましたが」
「ずるーい。一口ちょーだい」
「自分のがあるでしょう。食べたいなら卵追加しなさい」
僕がそう言うと桐谷さんは口を尖らせて僕を睨んでいるのだが全く怖くない。寧ろそんな行動が可愛いく思えてしまう。
「まったく…。すぐに拗ねるんですから」
僕が自分の丼を桐谷さんに渡そうと彼女のほうを向くと、口を開けて待つ桐谷さん。
「何を…」
「あーん」
「……」
勘弁してくれ…。店員や客が数人いる店内でそんなことをしてみろ、立派なバカップルの完成だ。
二度とこの店には来れなくなる。
「子供じゃないんですから自分で食べなさい」
「ぶー。藤堂くんのケチー」
僕が丼を渡すと、桐谷さんはぶつぶつ言いながらも満足そうに食べている。どうやら生卵をかけたほうがお好みのようだ。しかし小さな体で本当によく食べるものだ。
僕は桐谷さんが牛丼を頬張っている間に、今日の出来事について話しておくことにした。
「そういえば、学校で藤堂くんはやめてくれませんか?」
「だって…藤堂くんは藤堂くんだもん」
「店長に知られてしまったことは仕方がありませんが、校内ではさすがに…」
「まだお友達もいないし、話せるのは藤堂くんだけだから…」
確かに知り合いもいない学校へ転校してきたのだから、彼女が僕を頼りたい気持ちはわからなくもないのだが、さすがにいきなり僕と仲良くするのは不自然だろう。
「兎に角、今はまだ我慢してください。今の桐谷さんは何をしても目立つ存在ですから」
「むーん。つまんない」
納得がいっていない様子の桐谷さん。
僕が言ってることを理解してくれているのだろうか…。
食事を終えた僕達は家に戻り、今はリビングで珈琲を飲みながらくつろいでいる。
ちなみに桐谷さんはお風呂に入っているので、僕は読みかけの本を読みながらゆっくりしている。
のだが…何故か読む気がなくなってしまい、本を閉じた。
「何だろうな…」
いつもなら珈琲を飲みながらのんびりと本を読むことで疲れた体を癒しているのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。
しばらくすると、お風呂からあがった桐谷さんが僕の向かいに座る。いつもは子供のような桐谷さんだが、濡れた髪とほのかに香るシャンプーの香りのせいか、とても大人っぽく感じられた。
「ん?どうしたの?」
「何でもないですよ」
僕は知らないうちに彼女に目を奪われていたことが恥ずかしく思えて、慌てて目を反らした。
「今更ですが…本当に僕と一緒に住んでいていいんですか?」
「どうしたの急に?」
「いや…ふと思っただけです」
桐谷さんは誰が見ても美少女といえるだろう。
性格も穏やかだし、何よりも透明感がある。
校内でも噂の転校生であるし、前の学校でもおそらく人気者だったに違いない。
そんな桐谷さんが、どこにでもいるような僕と一緒に暮らしているということにどうしても不安になってしまう。
「変な藤堂くん」
「ええ、僕もそう思います」
その夜。僕は不思議な夢を見た…。
誰かが僕の隣で話をしていて、僕はその話を真剣に聞いている。
隣にいる人は僕よりもずっと小さくて、おそらく小学生ぐらいの女の子だろう。
彼女が僕の耳元で何かを囁いているのだが上手く聞き取れない。もう一度聞こうとしたのだが、彼女はスッと立ち上がり、僕の所から離れて行ってしまう。
僕が彼女を呼び止めると、振り向いた彼女は目に涙を溜めながら無理に笑ってみせた。
「約束だよ?」
泣き笑いの彼女はそんな一言を言い残して僕の前から去っていってしまった。
「ちょっと待っ…」
―そう言いかけたところで目が覚めた。
部屋はまだ暗い。枕元にある携帯電話に手を伸ばしてディスプレイを確認すると、まだ午前2時を少し回ったところだ。
中途半端な時間に目が覚めてしまったので、そのまま瞼を閉じてみたものの、なかなか眠ることが出来ない。それに、瞼が少し腫れているような気がする。僕は泣いていたのだろうか?
喉が異常に渇いていることに気が付いた僕は、冷蔵庫からお茶を取り出してコップへ注ぎながら考える。あの夢は何だったのだろうか?
話をしていた場所も、あの少女も自分の記憶を掘り起こしてみても全く解らない。それなのに何故だかとても切ない気分だ。
結局僕はそのまま眠ることが出来ず、気が付いた頃にはもう朝日が差し込んでいた。




