第十三話 「追放」
文政十二年、秋。
江戸からの沙汰が下った。
異人ヤンセン、国外追放。以後、再びこの国の土を踏むこと、まかりならぬ。
岩下様の謹慎先で、その知らせを聞いた。
岩下様は、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「命があっただけ、ましと思え」
江戸の高硲様は、獄の中で亡くなったという。
それでもなお、刑は下された。塩漬けにされた亡骸に。
知りたいと願った学者の、それが最期だった。
鳴滝の塾は閉ざされた。
塾生たちの多くが取り調べを受け、副塾頭として名高い外科の四乃宮誠作殿もしばらく牢につながれたと聞いた。
昌野殿は、事件が明るみに出た頃、夜のうちに長崎から姿を消していた。
「先生、必ずまた」と、一言だけ書き残して。
誰一人、ヤンセン様の追放を止めることはできなかった。
沙汰が下った数日後、私は、丸山の外れの妙殿の家を訪ねた。
座敷には、先客がいた。華殿だった。
文机の前に背筋を伸ばして座り、筆を構えている。
その向かいに、2歳になった種を膝に抱いた妙殿がいた。
妙殿と華殿は、同い年だと聞いた。
けれど、並んで座る姿は、まるで違う世を生きてきた人のようだった。
「伊織さん。来てくれたと」
妙殿が、少しやつれた顔で笑った。
「華さんが、お奉行所に出す願い書きば、書いてくれよらすとよ」
私が頼んだのだ。
追放の沙汰は動かせない。
けれど、せめて、妙殿と種に咎が及ばぬように。
そして、別れの前に、一度だけでいい、ヤンセン様に娘を会わせてやれるように。
その願いを、奉行所が読むに足る文にできる人は、私の知る限り、一人しかいなかった。
「妙殿が仰ることを、私が書き留めております」
華殿は、私を見ずに言った。
「勘違いなさらないでください。字のためです。拙い字の願い書きでは、通るものも通りません」
華殿の筆が、紙の上を走る。
妙殿が、長崎の言葉で、ぽつりぽつりと語る。
あん人が、どれだけ町の病人ば診てきたか。
この子が生まれた夜、門の向こうで、どげん顔して待っとったか。
華殿は、それを一言も漏らさず聞き、奉行所の役人が読むための、硬い、正しい文に移していく。
私は、その横顔を見つめていた。
華殿がしていることは、訳すことだ。
妙殿の言葉を、お奉行の言葉に。
私がオランダ語を日本の言葉にするように、華殿は、遊女の言葉を、役所の言葉にしている。
やがて、華殿の筆が止まった。
「……これで、よろしいですか」
妙殿は、字が読めない。
華殿は、書いたものを、ゆっくりと読み上げた。
妙殿は、黙って聞いていた。最後まで聞き終えると、目尻を指で押さえた。
「うちの言うたこと、ちゃんと、入っとる」
「入れました。一つも、削っておりません」
華殿の声が、少しだけ揺れた。
妙殿は、種を抱き直すと、華殿をじっと見た。
「あんた、なんでうちのために、ここまでしてくれると」
「ですから、字のためです」
「伊織さんに頼まれたとやろ」
華殿の手が、文机の上で止まった。
妙殿は、ふっと笑った。
「あんた、好いとう人のおるとやろ」
華殿は、答えなかった。顔を伏せたまま、筆を洗っている。
「言うときに言わんと、うちみたいに、門一枚で会えんごとなるとよ」
妙殿の声は、静かだった。
「うちは、言うたけん、悔いはなか。ばってん、言わんかったら、一生悔いとったと思う」
私は、聞いてはいけないものを聞いた気がして、そっと座敷を出た。
障子の向こうで、筆を洗う水の音が、しばらく止まっていた。
願い書きの最後に、もう一つ、添え書きが要った。
奉行所は、遊女の願いだけでは動かない。町の、名のある者の口添えが要る。
その夜、私は、『梧桐』の家の戸を叩いた。
出てきたのは、吟様だった。
「あん人なら、奥におんさるよ。……あんた、何ば頼みに来たか、もう分かっとる顔ばしとらす」
奥の座敷で、玄伯先生は、行灯の下に一枚の紙を広げていた。
筆を手に、腕を組み、じっと紙を睨んでいる。
「先生」
「黙っておれ。今、考えておる」
紙の上には、もう何行か、書かれていた。
私は、思わず覗き込んだ。
――長崎の漢方医、梧桐玄伯、謹んで申し上げ候。
異人医師ヤンセン儀、在長崎の間、出島荷揚げ場にて人足の命を救い、町方の病者を数多診立て、多くの医者を育つること、またその療治、当地の医道に益すること少なからず。
「先生、これは」
「林家の嬢様から、願い書きの写しをもろうた。町医者の口添えが要るとな」
先生は、私を見ずに言った。
「勘違いするなよ。わしは、蘭方を認めたわけではない。あの大木が、わしの目の前で、見ず知らずの人足のために泥の中に膝をついた。それを見たのは、わしだ。見たものを見たと書く。それだけのことだ」
先生は、筆に墨を含ませた。
「長崎の漢方医が、異人の蘭方医の命乞いに名を連ねる。仲間うちでは、とんだ笑い者になるだろうな」
「先生」
「伊織坊。黙っておれと言うただろうが」
先生は、最後の一行を書いた。
――右、医道に携わる者として、見聞したるところを、偽りなく申し上げ候。
そして、署名した。
梧桐玄伯。
その四文字を、先生は、いつもより大きく、太く書いた。
「これで、杉田の爺様と間違える者はおるまい」
先生は、墨の乾くのを待ちながら、ぼそりと言った。
その目が、少しだけ赤いように見えたのは、行灯の煤のせいだったのかもしれない。
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願いは、半分だけ聞き届けられた。
妙殿と種には、何の咎も及ばない。
そして、船の出る朝、出島の水門で、一刻だけ、別れを交わすことが許された。
玄伯先生と華殿の名は、どこにも記されなかった。
願い主は、妙殿ただ一人。
それが、伊之輔兄上と平馬殿が、裏で段取りをつけた形だった。
文政十二年、師走。
出島の水門の前は、六年前と同じように、冬の色をしていた。
6年前、私はここで、ブロンホフ様を見送った。列のいちばん端で、去っていく人の最後の言葉を聞き取ろうと、息を詰めていた。
今日、去っていくのは、あの日、ブロンホフ様の後ろに立っていた人だった。
ヤンセン様は、水門の前に立っていた。旅装に身を包み、少し痩せていた。
その傍らに、ボス様の大きな影。
後ろには、商館長のメイラン様と、お抱え絵師・紀下回庵殿の姿もあった。
そして、ヤンセン様の前に、種を抱いた妙殿が立っていた。
私は、通詞として、その場に控えることを許されていた。
けれど、訳すべき言葉は、何もなかった。
ヤンセン様は、種を抱き取った。
2歳の娘は、父の顔をきょとんと見上げていた。
淡い色の髪が、冬の風に揺れる。
ヤンセン様は、その小さな額に、自分の額をそっとつけた。
長いあいだ、そうしていた。
それから、種を妙殿の腕に返した。
妙殿は、泣かなかった。
「行ってらっしゃい」
長崎の言葉で、まるで、明日にも帰ってくる人を送り出すように、そう言った。
「うちは、待たんよ。あんたも、待たんでよか。ばってん、この子は、あんたの子たい。それだけは、忘れんで」
ヤンセン様は、何も答えなかった。
答えずに、私のほうを向いた。
「イオーリ」
片言だった。最後まで、片言だった。
けれど、その次の言葉は、片言ではなかった。オランダ語でもなかった。
「Pass auf Tae und Tane auf」
高地の言葉だった。私には、分からない言葉のはずだった。
けれど、私の耳は、その音を拾った。
Pass auf。
オランダ語なら、Pas op。気をつけろ、見張れ、目を離すな。
そういう意味の言葉だ。
Tae。Tane。
妙。種。
妙と種から、目を離すな。
妙と種を、頼む。
あの方は、最後の最後に、生まれた国の言葉で、私に頼んだのだ。
オランダ語でも、日本の言葉でもなく。いちばん深いところから出てくる、その人だけの言葉で。
訳す必要は、なかった。私には、分かったから。
「……はい」
私は、深く頭を下げた。
「必ず守ります」
ヤンセン様は、小舟に乗り込んだ。
ボス様が、私の肩に手を置いた。
ボス様は、出島に残る。
ヤンセン様の集めたものを守り、ヤンセン様の仕事を続けるために。
小舟が、水門を離れた。
沖の船へ向かう小舟は、大波止の岸のすぐ近くを通る。
岸には、人だかりができていた。異人の医者の追放を見ようという野次馬に混じって、私の知っている顔が、いくつもあった。
玄伯先生と、吟様。
伊之輔兄上と、平馬殿。
そして、その少し後ろに、華殿。
小舟が、岸に近づいた。
そのとき、ヤンセン様が、小舟の上で立ち上がった。
役人が慌てて押さえようとするのを振り払い、岸に向かって、大きな声を張り上げた。
「梧桐玄伯先生!」
岸じゅうが、静まり返った。
流暢な、日本の言葉だった。
6年間、片言しか話さなかった異人の医者が、長崎の人々の前で、初めて、まっすぐな日本語で叫んでいた。
「梧桐げんはく先生!ありがとうございました!」
6年間、ただの一度も、ヤンセン様はその名を正しく呼ばなかった。
ゲンパク、センセイ。
わざと、パ、と言い続けた。
その人が、最後に、正しく呼んだ。
岸の上で、玄伯先生が、藍の羽織の袖を握りしめていた。
吟様が、その背中にそっと手を当てた。
先生は、口を開いた。何かを言おうとして、言えずに、もう一度口を開いた。
そして、岸じゅうに響く声で、怒鳴り返した。
「……合うとるわ、馬鹿者!最後くらい、間違えんかっ!」
怒鳴った声が、裏返っていた。
先生は、顔を背けた。
けれど、その肩が、大きく震えているのを、私は出島の水門から見ていた。
小舟は、岸を離れていった。
沖の船へ。そして、海の向こうへ。
船が出たあと、私は、出島橋を渡って、岸へ出た。
人だかりは、もう散り始めていた。
玄伯先生は、吟様に支えられるようにして、何も言わずに帰っていった。
兄上と平馬殿は、私の顔を見ると、黙って頷き、二人で並んで町のほうへ歩いていった。
岸には、華殿だけが残っていた。
沖を見ていた。もう、船の帆は、豆粒ほどにしか見えない。
私は、その隣に立った。
しばらく、二人とも、何も言わなかった。
冬の海は、灰色に光っていた。
「……行ってしまわれましたね」
華殿が、ぽつりと言った。
「はい」
「あの方の、最後の言葉。妙殿から聞きました。高地の言葉で、妙と種を頼む、と」
「……はい」
「あなたは、それを、訳さずに分かったのですね」
私は、答えられなかった。
答えようとして、喉の奥が詰まった。
6年。握手から始まった6年だった。
動脈。山師。南天。産声。大風の夜の泥。吟味の間の署名。
すべてが、あの小さな帆と一緒に、海の向こうへ消えていった。
気づくと、頬が濡れていた。
10日前、兄上の手の下で泣いたばかりなのに。
私は、こんなに泣く人間だっただろうか。
「伊織さま」
隣で、声がした。私は、はっと顔を上げた。
華殿が、沖を見たまま、私の名を呼んでいた。
蘭癖の次男坊、ではなく。
今村殿、ですらなく。
「……今、何と」
「聞こえなかったのなら、結構です」
華殿は、きっと前を向いたまま言った。
耳の先が、赤かった。
「勘違いなさらないでください。今日だけです。今日は、特別な日ですから」
「華殿」
「泣くなら、早く泣いてしまってください。人に見られますよ」
そう言いながら、華殿は、袂から手拭いを取り出して、私のほうを見ずに差し出した。
白い手拭いの隅に、小さく、一文字だけ刺繍がしてあった。
華。
私は、それを受け取った。
冬の海の風が、二人の間を吹き抜けていった。
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年が明けて、しばらく経ったころ。
兄上が、妙な噂を持ち帰ってきた。
「お奉行の本多様が、閉門になったげな」
「閉門……なぜです」
「家来どもが、江戸に戻るときに、丸山の遊女やら町の娘やらを、こっそり連れて行こうとしたらしか。関所破りたい。二十人ばかりがお咎めば受けて、中には、死んだ後に塩漬けにされて、磔にされた者もおるげな」
私は、言葉を失った。
あの吟味の間で、私の訳の一語一語に耳を澄ませていた、感情の読めない奉行。
その家来たちが、同じころ、長崎の女を、決まりを破って連れて行こうとしていた。
そして、滅んだ。
私は、師走の水門のことを思い出した。
ヤンセン様は、妙殿と種を、連れて行かなかった。
連れて行けなかったのではない。
連れて行こうとすれば、二人を殺すことになると、あの方は知っていたのだ。
だから、置いていった。
生まれた国の言葉で、私に、頼んでいった。
Pass auf Tae und Tane auf。
あれは、別れの言葉ではなかった。
あの方が、二人を生かすために選んだ、ただ一つの言葉だったのだ。
この流れは、史実上のシーボルト事件をなぞって描いています。
これにて、第一部・完とします。
若き阿蘭陀通詞・今村伊織とオランダ人のヨハン・ヨアヒム・ヤンセンとの出会いから、漢方医と蘭方の対立、通事、出島という閉鎖的な空間での仕事。
私は卒業論文で出島を扱い、実際に出島に何度も趣き、地図も見せてもらいました。30年ほど前のことです。人足について、当時の労働階級についての研究でした。
その中で、今シーボルト事件(作中ではヨハン事件というべきでしょうか)を描けたことは、とてもうれしく思います。
第二部では、1830年から1844年の日本を扱います。ペリー来航以前の日本は、なかなか幕末に埋もれて取り扱われません。しかし、高野長英の逃亡や蛮社の獄、アヘン戦争など、その後の日本を大きく揺るがすもとになる出来事が多く起こっています。
少しでも、この時代に興味を持っていたければ幸甚です。
では、Kijk uit naar het volgende hoofdstuk.(次回の章をお待ちください)
【第一部 妄想キャスティング】異論OKです
今村伊織 林遣都
悟桐玄伯 片岡愛之助
悟桐吟 満島ひかり
岩下威佐重 佐藤浩市
高見妙 二階堂ふみ
高見種 光野のんの
木島慶介 加賀翔(かが屋)
昌野明栄 鈴木亮平
高硲徹栄 飯尾和樹
紀下回庵 徳重豊
ヤン・コック・ブロンホフ ジョナサン・シェア
ステュレル ブレーク・クロフォード
本多正収 滝藤賢一
最上徳内 笹野高史
間宮林蔵 池内博之
大槻玄沢 小日向文世
遠山景晋 松平健
遠山景元 小栗旬
宇田川榕菴 窪田正孝
林平馬 照英
今村伊之輔 伊藤英明
ヨハン・ヤンセン カイル・カード
林華 清原果耶




