19.もう一人の行方
完璧──この言葉が頭に響いた。完璧なミネルっていったいどうなるんだろう。
ダイラーが唸りながら尋ねた。
「完璧になるって……もしかして『人間になる』ってことか?」
ダイラ・ミネルはニンマリした。
「よく人間って言葉が出てきたね。自分がそんなで完璧だとでも思ってる?」
ムッとしたダイラーが何か言おうとしたが、言葉が出ず、そのまま頭をかいた。
「そう思っているように見えるかい?」
私はわざと疑問符で返した。
「完璧になると、君はどうなるんだ?」
「どうなるって、完璧は完璧よ。この世界の役目から離れて自由になって、あちこちの世界に行き来できるようになる。情報網ができれば星の外にでもいけるってさ。ここにもいるんだって。プレイヤーとして行動しているとか。私たちには区別つかないけど」
思わず横目でダイラーを見ると、横目のダイラーと目が合った。
“いや、お前は絶対人間だろう”と、あいつの視線も言っている。
ミネルは椅子の上でのけぞり、頭を抱えた。
「ああ残念! 灯台守が余計なことをしなければ、ここにいるのは、戦闘バカトカゲのデータを取りこんで完璧になった私だったのに。せっかくナナシの人たちが動けないようにしてくれたのにさ」
「あいつらお前とグルだったのかよ。クソー」と、ダイラー。
「グルじゃないけど、結果的にそうなったのよね。ナナシのヒトたちは元々この世界の小さなほころびを直してまわるAIだから、私に早くよその世界へ行ってほしいのよ。あのヒトたちにしてみれば、私たちはちょっとしたバグだから」
ミネルの目指す完璧とは、灯台守が『両界と両の民が交わる時』と表現した理を実行することのようだ。
その理なる事象を目指した存在が、もう一人いることを私は知っている。
「ダイラーのデータを取るのが君なら、私のデータを取り込むはずの者がいるということだよね」
私だけの冒険を始めに行く──と、私のミネルは出て行った。
「その人がどこにいるか、君は知ってる?」
ミネルはため息をついて、見えない手で折り畳まれたかのように大きく肩を落とした。さっきからどの仕草も大げさで、まるで舞台演者だ。
「同じ時期に独り立ちしたからレベル上げの時も交差したし、前回世界が浸食されたときも一緒に戦った。でもあの子、光の魔法を持っていなかったから、やつらに引き込まれてしまった。光の魔法は“ミネル”の最強戦力なのに……あなたが魔法に興味なくてよかったわ」
「うるせーよ。なんとか助けられなかったのかよ」
「助けに行ったよ。気づいたらやつらの中に沈んでいたから、光魔法でやつらをひるませて拾い上げた。それでようやくこれだけ助けたの」
ダイラ・ミネルは胸当ての下に手を入れて何かを取り出し、机に置いた。
白い肌の手だった。手首から先の。
それを見た瞬間腹から沸き上がった息が、喉の奥で詰まって出てこない。
「助けてねーだろ!」ダイラーが叫んだ。
「私たちの死は情報を完全に分解されることなんだから!」
負けじとダイラ・ミネルも叫ぶ。
「全てを分解されて消去されたら終わり。でも、これだけ拾えたの。ここの情報が一番たくさんあったから分解に手間取ったの。ここの部分が一番残っているから、この形で残っているのよ!」
「しかし、これじゃあ誰の手かわからんだろう」
私はダイラーたちの言葉を遠くに聞きながら、震える手でそっと机の手に触れた。
細い指の、左手。色も形もそこにいるダイラ・ミネルにそっくりだが、少し違う気がする。握ってみると優しく握り返してくる。肌の感覚、温度、力加減……オルエンディーワールドに入る前の日々が蘇ってきた。街中の喧騒を二人並んで歩いた。緑の陰差す公園も。
私がミネルの手を変えたのだ。自分が握って気持ちがいいと思う触感に。もう一度触れたいと思っていた形に。無意識に伝わった願いが、情報としてこの手に集積されていたのだろうか。
「間違いない」私は手を握ったまま言った。「私の、ミネルだ……」
「ウソだろ。分かるのかよ」
ダイラーがよろよろと後ろに下がっていく。戦闘では絶対下がらない奴が。
「いくらモテなくて手も握れないからって、そこまで入れこまなくても」
「ちげーよ。手ぐらい握れなくて結婚できるか」
「既婚者かよ。既婚でそれかよ。お前、それやべーって」
「うるさい! なあミネル、これ元にもどらないのか。これじゃあ冒険できないんじゃないのか。灯台守に頼んで何とかならないのか」
「まあ、私も、なんとかならないかなーって思っているんだけど……」
「灯台守、灯台守! 出てきてくれ! ガルでもいい。何とかしてくれ!」
ガルはのっそりとマントの下から顔をのぞかせたが、灯台守は出てこなかった。
灯台守は出てこなかったが、部屋の入り口から見覚えのある輩がわらわらと入ってきた。
ナナシ港の連中だ。




