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エピローグ

 春の陽気を伝える様に窓の外から明るい朝日が差し込んで来た。

 だが、千絵にとってその光は安眠妨害以外のなにものでもない。

 鳴り止まぬ目覚まし、ドアの向こうから聞こえて来る百合の声。そのすべてに耳を塞いで千絵は全力で惰眠を貪ろうとしていた。

「いい加減、起きろー」

 いつまで経っても起きて来ない千絵に堪忍袋の緒が切れたのか、百合は怒声を上げると、部屋の中に乗り込んで来た。

「朝から大声で叫ぶのはやめて」布団の中で弱々しく千絵が言う。

「だったら、早く起きて! でないと、本当に置いてくからね」

「分かったわ。起きるわ。起きるから」

 不承不承、千絵は布団から這い出す。

「まったく、そんなんで本当に大丈夫なの? お姉ちゃん、もう三年生でしょ?」

「そうね。そしてあなたはかわいい一年生」

「まだ、寝ぼけてる?」

「起きてる、起きてる」

「なら、さっさと着替えて降りて来て。朝食、もう出来てるから」

「はーい」

 千絵はそう答えると、のろのろと着替えを済ませた。

 出来るだけ時間を掛けて。

 今日はまだ、家の扉の開く音が聞こえていない。

「お姉ちゃん、まだー?」一階から百合の呼ぶ声が聞こえる。

「今、行くー」

 仕方がない。

 千絵は覚悟を決めて一階へと降りる。

 すると、ちょうどリビングから一孝が出て来た。

「おはよう」一孝が言った

「あ、うん……」千絵はそう答えると、付け足すように続ける。「いってらっしゃい」

 それを聞いて一孝が目を丸くする。

「何よ?」

「いや」一孝は戸惑いながら小さく笑う。「行ってきます」

 あれから少しずつだが、一孝と話す回数が増えて来ていた。話すといっても今みたいなあいさつ程度のものだけど、それでも以前に比べれば雲泥の差だった。

 千絵は一孝を見送るとリビングへと向かった。自分の席に座ると、コーヒーとサラダが用意されていた。千絵はコーヒーを一口啜ると、パンをトースターで焼いた。今日は少しだけ、頑張って食べてみようと思った。

「お姉ちゃん、もう、時間無いんだけど?」呆れたように百合が言う。

 だが、その顔は妙にニヤついている。

 それを無視して、千絵はパンが焼けるのを待った。


 新学期に入って最初の仕事が入った。

 千絵はいつものようにあの公園に向かい、そこでクライアントと契約を交わした。

 相手はまだ若い女性だった。彼女は契約の間、ずっと死にそうな顔を浮かべていた。

 そんな顔をするくらいなら命を売ったりしなければいいのに。

 それとも、そんな顔になるほどお金がいる理由があるのだろうか。

 きっとあるのだろう。

 契約書に記された震えた字を見ながら千絵は思った。

 だが、それをよしとすることも出来なかった。

 人の命を買い取る死神の仕事に千絵は未だに矛盾を抱えていた。この矛盾はきっと無くなることはないだろう。命に値段は付けられない。

 契約書を確認した千絵が冷たい眼差しでクライアントの女性を見つめていると、不意に両者の目が合った。

 クライアントの女性は千絵の視線に射竦められたように縮こまり固まっている。

 それを見て、千絵は小さく嘆息をつく。

 無意味だと分かっていても、問い続けよう。

 それがきっと人の命を刈り続ける自分への罰になる。

 千絵は相手をまっすぐに見つめると、最後に小さな声で尋ねた。


「後悔、しませんか?」

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