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第二十七話

 命の査定の結果は一週間程で伝えられた。

 自分の残りの寿命があとどれほど残っているかは定かではないが、査定された金額は沙織のこれからの生活を保障するには十分なものだった。これだけあれば沙織がこの先の心配をすることもなくなる。

 耕治は命の売却を決めた。

そのことを那由多に伝えると、彼は契約の日時についての希望を耕治に聞いて来た。

 カレンダーでは来週の月曜日に沙織が出掛けることになっていたので、耕治はその日を指定した。

 また、体が不自由なことを理由に自宅で契約を締結したいと言ったところ、那由多はそれを快く了承した。

 それから耕治は契約の日を粛々と待った。自分の年齢から考えて残された命はおそらくそれほど長くはない。十年分も命を売却すれば、それはさらに短くなるだろう。もしかしたら、先日、那由多が言っていた猶予期間のみとなってしまうかもしれない。だが、耕治の気持ちは不思議と落ち着いていた。

 ただ座して自身が朽ち果てて行くのを待つしかないことが耕治は堪らなく悔しかった。

 傍らで最愛の人が壊れていくのを見ていることしか出来ないことが辛かった。

 何も出来ない自分がどうしても許せなかった。

 だからかもしれない。

 こんな自分の命でもまだ使える道があるのならとそう思った。

 反面、どこか安堵している自分がいることにも耕治は気付いていた。

 これで自分は沙織のお荷物ではなくなる。

 今までずっと見るまいとして来た自身を卑下する感情が耕治の決断を後押ししていた。

 命を売る。

 それがどれだけ馬鹿げた行為なのかは分かっている。

 だがもう決めたことだ。

 後戻りをするつもりはない。

 耕治の決意は覆ることはなく、当日を迎えた。

 

     ※


 リビングのインターフォンが鳴り、耕治はカメラを確認した。

 しかし、玄関の外には誰の姿も映っていない。

 てっきりと例の死神かと思っていた耕治は怪訝そうに顔を顰めた。

 すると、少しずつカメラの映像が見たことのない景色へと移り変わって行く。やがて、その景色が寂れた公園のものになると、そこに一人の死神が姿を現した。

 その死神は不気味な仮面を被った長身の女性だった。喪服のような黒い服に身を包み、身の丈よりも大きい鎌を抱えていた。

 彼女はカメラの前に立つと、「どうぞ、玄関までお越しください」と言った。

 耕治は車椅子を押し、玄関へと向かった。そして、ゆっくりと玄関の扉を開けた。すると、そこにはついさっきカメラで見た公園と死神の姿があった。

「どういうことだ? 何が起こっている?」

 困惑した様子で耕治が周囲を見渡していると、死神が耕治に言った。

「大丈夫です。落ち着いて下さい」その声は仮面を被っているせいか、奇妙にくぐもっていた。「この公園は我々が契約を行う際に使っている場所です。葛西様の事情を鑑み、一時的に葛西様のご自宅の玄関と繋げさせて頂きました」

「つ、繋げる?」耕治は素っ頓狂な声を上げる。「そんなことが出来るわけ……」

「我々は人の命を買い取るなんて無茶を仕事にしているのです。これくらい出来なくては始まりません」

「無茶苦茶だ……」

「そうですね。ですが、現実です」死神はそう言うと、おもむろに契約書を耕治に差し出した。「ご本人確認をお願いします」

 差し出された契約書には、この契約で耕治が得ることになる金額が大きく記載されていた。耕治がそれを確認すると、死神が足元に置いてあったアタッシュケースを耕治に渡して来た。そこには札束が詰まっており、死神は中身の確認をするよう言って来た。

 耕治はアタッシュケースの中身を一枚一枚丁寧に数えた。

「問題ありません」きちんと契約の金額が揃っていることを確認すると、耕治はアタッシュケースを死神に返した。

「では、よろしければそちらにサインをお願いします」

 耕治は頷くと受け取っていた契約書にサインをした。

「これでいいですか?」

「はい。ありがとうございます」

 死神はそう言って耕治から契約書を受け取ろうとした。その時の死神の手が耕治には震えているように見えた。

 だが、すぐに見間違いだと耕治は思った。

 相手は死神なのだ。人の命を買い取ることを生業としている彼女がそれを恐れるなど考えられない。

 死神は契約書のサインを確認すると、持っていた大きな鎌を振り上げた。

「これからこの鎌で葛西様の命を刈り取ります。準備の方は宜しいでしょうか?」

「お願いします」耕治はそう答えると、静かに目を閉じた。

 それを見て、死神は鎌を握る手に力を込めた。そして、一気に鎌を耕治の体へと振り下ろした。

 風を斬り裂く音と誰かが嗚咽を堪えるような声が聞こえた。


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