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第二十一話

 薄ら寒い笑顔を浮かべるその男はまるでこの世の不吉を一身に纏っている様だった。

「どちら様ですか?」

 玄関は開けず耕治が尋ねると、黒服の男が外で口を開く。

「葛西耕治さんですね?」

「……ええ、まあ、そうですが」見知らぬ男の来訪に耕治は警戒しながら答える。「何か用ですか?」

「はい。実はあなたにお話ししたいことがありまして」

 大方、訪問販売か何かだろうと耕治は思った。だが、そうだとしても、こんな時間にやって来るとは失礼だ。早々に帰らせようと、耕治は棘のある口調で答える。

「いえ、そういうのは間に合ってるので。結構です」

「そうですか? それは残念です。私なら、きっと今のあなたのお力になれるのですが」

 何を言っているんだ、こいつは。

赤の他人が私の力になる?

どこの会社の人間か知らないが、よくもまあそんなことを抜け抜けと言えるものだ。

 今日一日で随分と疲弊していた耕治は気が短くなっていた。そのせいで余計な口を開いてしまった。

「あんたに何が出来るって言うんだ?」

 耕治が尋ねると、相手の男は少し間を開けてから答える。だが、それは質問に対する答えではない。

「今日は大変でしたね。奥様が倒れられたようで」

「なに!」

「ですが、これからはもっと大変になると思いますよ」

「おい、あんた、何でうちの事情を知っている?」

「そんなあなたに必要なものは何だと思いますか?」

「質問に答えろ!」

「それはお金です。我々なら、あなたの命と引き換えに十分な金額をご用意することが出来ます」 

「だから質問に答えろと……。何だって? 命と引換えって」耕治は怪訝な表情を浮かべる。「まさか、あんた……、死神?」

「お察しの通りです。大変、遺憾ではありますが、世間ではそのように呼ばれています」

 死神とは、人の命を売買する仲介人だと聞いている。その名前のイメージからもっと恐ろしい姿を想像していたが、まさかあんなどこにでもいそうな男がそうだとは。俄かには信じられない。

「死神ってのはあんたみたいな普通の人間でも出来るのか?」

「葛西さんが我々に対してどのようなイメージをお持ちかは存じ上げませんが、我々も普通の人間です。どこにでもいる会社員と変わりはありません。ただ、扱っている商品と技術が特殊なだけでして」

 実際、死神の正体についてははっきりとした情報は出ていない。ただ、それが存在するということはなぜか公に認められている。なら、今の玄関の前で立っている人物が死神である可能性は無いとは言えない。

 だが、それ以前にこの男は明らかに怪しい。死神の名を語った詐欺師といった方が納得がいく風情だ。

いずれにしてもお断りな訳だが。

「証拠はあるのか? あんたが死神であるという証拠は」耕治が言った。

「身分を証明するものは名刺くらいですが……、そうですね。では、こうしましょう――」

 男がそう言うと、突然、玄関から三日月型の刃物が突き出して来た。それは玄関の扉を一切傷つけることなく、まるですり抜けるようにして現れた。その刃は耕治の目の前で止まると、ゆっくりと玄関の外へと戻って行く。そして刃が完全に視界から消えると、再び男の声が聞こえた。

「――如何でしょうか。少しは信じて頂けましたか?」

その声に耕治は返事をすることが出来なかった。あまりの出来事に声も出せず、ただただ唖然と玄関を見つめている。そのまましばらくして、ようやく落ち着きを取り戻すと耕治は言った。

「今のは、何だったんだ⁉」

「軽いデモンストレーションですよ。我々が使う道具を直に見て頂こうと思いまして」

「デモンストレーション、だと? ふざけるな! もし、あれが体に当たっていたらどうなっていたと思う⁉」

 耕治が怒鳴り声を上げる。だが、外の男はまるで動じた様子も見せずに答える。

「ご心配には及びません。あの刃が人や物を傷つけることは一切ありませんから。あれはあくまで人の命を刈り取るための道具ですので」

 耕治は混乱している頭で那由多の言っていることを必死に理解しようとしていた。だが、理解しようにもあまりに現実離れしていて考えがまとまらない。いや、そもそも、今、目の前で起こったことは本当に現実だったのだろうか。夢でも見ていたのではないか。そんな気分になる。

「少し刺激が強すぎましたか?」

「ああ、おかげで死ぬかと思ったよ」

「それは申し訳ありません」

聞こえて来る声からはこれっぽっちの謝意も反省の色も窺えない。まるで台本を読み上げるように淡々としている。そんな声を聞いていると、怒るのも馬鹿らしくなって来た。

「もういい。それで結局、今のは何だったんだ?」

「今、ご覧になって頂いたのは我々がお客様から命をお売り頂く際の様子です。我々はあの巨大な刃物を使ってお客様の命をその体から引き剥がします」

「引き剥がすって……。本当にそんなことが可能なのか?」

「それが仕事ですから」当たり前だというように男は答える。「アレに出来るのは人の体から命を引き剥がすことだけです。それも契約が正式に決まった人のものだけ。実際、そちらの玄関には一つも傷はついていないでしょう?」

「……確かに」

「これで少しは私が死神だと信じて頂けたでしょうか?」

「まあ、とりあえずは」耕治は不満を残しながらもそう答える。「それでその死神様が私に何の用だ?」

「今日はご挨拶に伺っただけです」

「挨拶?」

「はい。葛西さんはいずれ我々のお客様になって頂けるかもしれない方なので」

「何が言いたい?」

「葛西さん。あなた、お金が必要ではないですか?」

 

 金が必要かだと?

 そんなもの当たり前だ!

 そう言いたいのを堪え、耕治は「あんたには関係ない」と答えた。

「そうですか……。では、もし必要になりましたらご連絡を下さい。私の名刺をここに入れておきますので」男はそう言うと、名刺を郵便受けの中に入れた。「では、今日はこの辺で失礼いたします」

 男が去った後、耕治は郵便受けの名刺を取った。そこには『那由多』という文字が刻まれていた。耕治はそれを見ると、すぐに名刺を破り捨てた。

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