第十一話
那由多はパンフレットを柏木の前に差し出すと説明を始めた。
まず、彼ら死神についてだが、やっていることは基本的には普通のブローカーと変わりはない。扱っている商品と技術が特殊なだけで働いているのは普通の人間であると説明された。
「普通の人間……」那由多を見て昌平は訝しげな声を出す。
「何か?」
「いえ。それよりも命を売るということがどういうことなのか具体的に説明してもらいたいんですが。そもそも、その値段とはどういう基準で付けるのですか?」昌平が尋ねた。
「分かりました。ではまずその基準についてご説明致します。これは一般的に物に値段が付けられる場合と大きく変わりません。物の値段はそれを生み出すための費用性や市場においてどのくらいの値段で取引されているかの市場性、そしてその物からどのくらいの収益を上げることが出来るかといった収益性などといった観点から形成されていきます。しかし人の命というものは、個別性が強く、それを生み出すためにどれだけのコストが掛かるかを見積もるのは容易ではありません。また我々が事業を展開する市場はまだそれほど成熟していないため市場性を加味することも難しい。すると、必然的にその命を使って、つまりその人が働いてどのくらいの収益を上げることが出来るかという収益性に重点を置いて値段を付けることになります」
「しかし、そうなると、正しく命に値段を付けることは出来ないということになりませんか?」昌平は当然の疑問を口にする。
「おっしゃるとおりです。現状では、『命』に正しい値段を付けることは非常に困難というより他ありません。しかしながら、人の命というものは世界にたった一つの変えることの出来ない貴重なものです。ですからその稀少性は加味しなければなりません。そのため、値段を出す際には、必ず一定額を上乗せすることにしています。そして、この一定額が往々にして、こちらからお支払する金額の大半を占めることになります。これは命は誰にとっても平等であるという我々の信念に基づくものです。また、そのようなお客様の大切な命をお売り頂くわけですから、出来うる限りお客様のご要望に沿った取引をするよう心掛けています。この説明が終わったあと、柏木様がもし我々とご契約いただけるのであれば、そのときは遠慮せず言って下さい」
「分かりました」
その返事に那由多はゆっくりと頷く。
「では、次に売却可能な命の年数に関してですが」
「年数?」
「はい。柏木様は中泉様も我々と契約をされたことをご存知ですよね」
「ええ。彼から直接話を聞きました」
「その時、中泉様から何か聞いていはいませんか?」
那由多に言われて昌平は思い出す。
「たしか命を小分けにして売るとかなんとか……」
「そのとおり」那由多は深く頷いて答える。
命の売買は原則として十年分のみで行われ、それ以上でもそれ以下でも売買をすることは出来ない。その理由の一つに、現実の物価変動等を考慮する必要性が挙げられた。命の売却に当たり、あまり長期に渡る年数の命を査定しようとすると、ただでさえ不安定な命の値段がさらに不安定になってしまう。そうならないための措置として、一律十年とされている。
死神はその十年分に対して査定を行い、値段を付け、契約を交わすことになるのだが、その契約の際、死神側が不当に多くの命を買い取ってしまうのではないかという恐れが生じる。昌平がその点を指摘すると那由多は、「こればかりは信じて頂くより他ありません」と答えた。
「我々はもちろん神に誓って嘘偽りは申し上げませんが、もし信じて頂けない場合は残念ですが契約は不成立ということなります」
「そう、ですか……」昌平は眉を顰めて言った。
今、目の前にいるこの男を信じろと言われてもそれは土台無理な話だった。しかし、このままでは会社は間違いなく倒産する。どうするべきか。昌平が瞑目したまま思案に耽っていると、那由多が口を開く。
「しかし、よく考えて頂きたいのです。柏木様にとって我々死神は確かに胡散臭い存在かもしれません。ですが、我々のことは信じられなくても、お金は信じられるのではないですか?」
「どういう意味ですか?」
「お金は嘘をつきませんから」にっこりと笑って那由多が言う。「我々は命の代金を契約があったその日に、すべて現金で支払います」
「すべて現金?」
「はい。また、我々が提示する金額は普通に働いていては、とても十年やそこらで用意できる金額ではありません。場合によっては一生かかっても用意出来ないかもしれません。その点も踏まえて、よくお考え下さい」
その後、未成年者との命の売買が禁止されていることについて、掻い摘んで説明もあった。未成年者はまだ将来が不確定であることや非労働者が大半であることから、やはりその命に値段を付けることが特に困難であると説明された。
那由多からの説明はさらに続き、その途中で、昌平が軽く手を挙げた。
「一つ、気になることが」
「何でしょうか?」
「仮にこの契約をして、お金を受け取った場合、税金の扱いはどうなりますか?」
説明を受けている間にふと頭に湧いてきた疑問だった。命を売って大金を手に入れたとしても、それを税金で持って行かれたのでは割に合わない。そう思うと気が気で出なかった。しかし、その質問に那由多は感心したような口調で答える。
「さすが会社を経営されているだけあって、よくお気付きになりましたね。その答えは最後にしようと思っていたのですが。結論から言えば税金は掛かりません」
「え?」
「おそらくご存知ないと思いますが、命を売却して得たお金は原則として非課税となっています。我々の事業が発足した当初から法律で定められるようになりました。『個人特有の資産の譲渡に関する法律』というのですが、聞いたことはありますか?」
「いえ」
「ですよね。原則非課税の上、人口にも膾炙していませんので。税法の一部に、申し訳程度にその文言が出ている程度ですし……」
「しかし、そのお話を聞く限りでは命の売買はすでに法律で認められているということですか?」
「そうですね。あくまで『個人特有の資産』という形でですが」
どうにもおかしな話だった。一方で死神との契約に注意喚起を促しておきながら、もう一方でそれを容認するような法律が認められている。世界の混沌を見せつけられたような気分だった。
その後、契約の方法について説明をされた。
死神は契約の際、大きな鎌を使う。それは人の体を傷つけることなく、命だけを刈り取ることが出来るらしい。
それを聞いた昌平が訝しげな表情を浮かべると、「では、実際に見てもらいましょう」と那由多が言った。
彼は一度席を立ち、別の部屋へと向かうとそこから大きな鎌を持って戻って来た。
その鎌のあまりの大きさと歪な形に昌平の目は釘付けになった。
「……それは?」昌平は鎌を見つめたまま尋ねる。
「この鎌が我々の商売道具です。我々はこれを使って、お客様から命を買い取ります。もっとも、契約をしていない人間には一切危害を加えることはないのでご心配なく。ほら?」
那由多はそう言うと、自分の体を鎌で斬りつけた。しかし、その鎌は那由多の体をすり抜けるだけで、傷を負わせることはなかった。
「手品ではないんですよね?」
「もちろん。もし、良かったら触ってみますか?」
「いいんですか?」
「はい」
昌平は恐る恐るその刃に触れようとした。だが、昌平の手は刃に触れることなく、すり抜けてしまった。
「信じられない」
「皆様、そう仰います」那由多は鎌を消し去ると、二つ三つの補足をして説明は終った。「以上になりますが、何かご質問は?」
「大丈夫です。聞きたかったことはほぼ聞くことが出来ました」
「では……」
「一度、査定を受けたいと思います」昌平は言った。
「分かりました。では、こちらの査定申込み用紙にサインをお願いします」
那由多はそう言って、二枚綴りになっているA4サイズの用紙を差し出した。その用紙に昌平がサインを記入する。
「ありがとうございます」那由多は用紙を受け取ると、控えを昌平に渡した。「これから査定に入らせて頂きます。一週間ほどお時間を頂くことになりますが宜しいですか」
「はい。ですが、出来るだけ早くして頂けると助かります」
「善処します。また、査定期間中、情報の提供をお願いする場合もございますのでご了承ください」
「分かりました」
「では準備が出来次第、契約の日程をこちらからご連絡をさせて頂きます」那由多は椅子を引き立ち上がると、姿勢をただし昌平に一礼する。「本日はお忙しい中、お越し頂き誠にありがとうございました」
昌平も立ち上がり那由多に頭を下げると出口へと向かった。だが、その足は鉛になってしまったかのように重く感じた。これで本当に良かったのか。そんな迷いが頭から離れなかった。
未だ、死神に対しては多くの疑念が残っている。特に命が不当に多く刈り取られるのではないかという疑念は大きかった。それでも今の昌平にはこの手段を取るよりほかに方法がなかった。
昌平はぼんやりとしたまま店の扉を開けた。すると、急にすさまじい騒音に飲み込まれた。驚いて顔を上げると、そこには大勢の人間が小さな部屋に鮨詰めになっていた。前方に目を向けるとかろうじてステージらしきものが見えた。そこでは四人組のバンドが演奏をしていた。
どういうことだ?
さっきまで自分は駅ビルの四階にいたはずなのに。
悄然としたまま立ち尽くしていると、昌平は人の波にあっという間に飲み込まれた。それからどうにかこうにか人込みを掻き分け元来た扉へと向かった。
だが、その扉を開けると、そこはもう駅ビルの四階ではなかった。駅から少し離れた場所にあるライブハウス。その前に昌平は立っていた。
日の暮れた空の下、混乱する頭を落ちつけようと昌平は深呼吸をした。
まるで狐に化かされたような気分だった。
その手に握り締めた紙切れだけが、昌平が正気であることを証明していた。




