イライアスとシュゼット㉑ イライアスside
「っ!!」
シュゼットが声にならない悲鳴を上げた瞬間、シュゼットを傷つけられたと思った怒りで、目の前が一瞬真っ赤になる。
「リュシアン! その手を離せ!!」
思わず腹の底から洩れた声に怒りの感情を煽られ、自分を止められなくなって、衝動のまま怒気と共にありったけの魔力を放ってしまった時だった。
その瞬間、これまでボクに好意的な視線を向けていた周囲の人々が一斉に恐怖に凍り付き、まるで恐ろしくもおどろおどろしい化け物を見るかのような怯えた表情をボクに向けた。
ボクがこの醜く歪んだ本性を晒せば……。
うわべだけを精一杯取り繕ったのボクを慕ってくれている人達が皆、離れていくだろう事など分かっていたはずのに。
そんな事等知った事かと思うのに。
強い劣等感から途端に息の仕方が分からなくなる。
******
シュゼットを連れ歩き去るリュシアンの背中を硬直したまま見送って。
どれだけの間、そうやって突っ立っていただろう。
再び上がった花火のドン!! という音で、ボクの魔力にあてられていた皆はハッとしたように硬直を解くと、蜘蛛の子を散らす様にボクの傍から逃げて行った。
『馬鹿な奴だとは思っていたが。お前は本当に愚かだな』
シュゼットを連れ去る間際、噛み含めるようにそう言ったリュシアンの言葉がグルグルと頭の中を回る。
「……愚か、か」
そんな事、改めて言われずとも分かっている。
ボクだって、なれるものなら父の様にこの国を守れる賢き王になりたいと、ずっと、ずっと、ずっと、そう思っていた。
でも、不器用で軽薄なボクは、綿密に立てられた計画を、いつだって気まぐれで全て穴だらけにしてしまうものだから。
どうやっても父やリュシアンの様には上手く立ち回れない。
『この大事な局面で、自分が勝つ事よりも見ず知らずの生徒を助ける事を優先するなんて。……はぁ。貴方ってば本当にしょうがない人ね』
そう呆れながら。
いつだって最後までボクを見捨てずに、ボクが穴だらけにしてしまったその計画の穴埋めを手伝ってくれるのがクラリッサで、
『全く、お前らはどうしていつもいつもそうなんだ?!!』
ボロボロになったボクとクラリッサを間一髪のところで助けては、口うるさくまるで世間一般でイメージされる母親か何かのように世話を焼いてくれるのがチェスターだった。
二人がいれば、どんな無茶も怖くなかった。
二人がいてくれて、初めてボクは自らの暗い本性を上手く制御して、王太子として機能する事が出来た。
だからこそ……。
今でもあの二人がボクの傍にいてくれたのならと、過去の愚かな振る舞いを悔やまなかった日はなかったというのに。
シュゼットの前でそんなボクの化けの皮をこんなにも無残に剥いで。
リュシアンはこれで満足だろうか。
そんな事をグルグル考えていた時だった。
またドン!と音がし、空に光が差して、足元にボクの影が落ちた。
もう一度ドン!と響いた音と共に。
足元に、そして生皮を剥がされた心から血の様にドロドロと溢れてくる暗い思考に、ボクの影が落ちるのを見た瞬間、ボクの胸の中もまた全て、闇に染まるのが分かった。
******
自己憐憫に、いっそ良い気分で酔いながら
「それで? 自分の力の使い方は分かったか?」
リュシアンのそんな問いに頷き、化け物じみた……というよりも、化け物そのもののである本性を曝け出せば。
きっとリュシアンもボクを忌諱してボクから逃げていくと思ったのに。
そうなったら、怖がるシュゼットを無理やり攫って、彼女だけは逃げられないよう檻の中に閉じ込めてしまうつもりだったのに……。
リュシアンは
「まさか力の使い方を僕に教えてもらえただけで、僕に勝てるようになったとは思っていないよな?!」
全く思いがけず酷く楽しそうにその顔をパッと輝かせると、ボクが完全に操っていたはずの騎士の剣をボクに向けさせ、逃げるどころか正面から思いっきり立ち向かってきた。
事故で死んだことになっている魔術師の叔父が実はまだ生きている事を知っているのは、この国でもごくわずかな人間に限られる。
おまけに叔父は風のように自由で気まぐれだ。
そんな人物を担ぎ出してくるなんて、一体誰が思うだろう?
あぁ、やっぱりリュシアンは凄いな。
そう思いながら、結局何も成せぬまま、変われぬまま、その場に膝を突こうとした時だった。
突然、誰かがボクの腕を痛い程にグイと引いて、ボクを無理やり引きずり起こした。
何事かと驚いて掴まれた左右を見れば。
ボクの腕を掴むのは宰相のクリストファーと騎士団長のブライアンだった。
「陛下と妃殿下が甘やかしてばかりなので心配していましたが。ちゃんと陛下の血に違わず腹黒く成長されたようで大変結構」
「計画を穴だらけにするのが貴方の特技でしょう? いつまでもふざけてばかりいないで。いい加減本気を見せてさしあげたらどうです」
足は地面についているものの、首根っこを掴んで摘まみ上げられた猫の様に、ブランと引き上げられたまま、しばらくそんな二人の言葉を聞いてポカンとしていたら。
『貴方のその衝動的な行動も計算に入れているハズなのに、どうして貴方ったらこうも思いがけない事をやってのけるのかしら???』
ふと、クラリッサの困ったような、呆れた様な、それでいて驚いたように楽し気な、そんな声を思い出した。
ずっと、父やリュシアンの様になれぬ事に、勝手に強い劣等感を抱いていたのだけれど……。
『負ける戦いはしない』をモットーに、綿密な計画を立てる事を得意とするリュシアンとボクとの相性は、やはり悪くないのかもしれない。
楽しくなって、思わず心からの笑みを零せば。
これまでの、よそ行きの王子様の仮面はもうすっかり剥がれ落ちてしまっていたのだろう。
ボクを正面から見たリュシアンとシュゼットが、そろって一瞬、悪寒にブルっと体を震わせたのが分かった。




