イライアスとシュゼット⑱ side シュゼット
リュシアン様の姿が完全に見えなくなった後、少しして。
「シュゼット、プロポーズ返事をもう一度ちゃんと聞かせて」
イライアス様に再度、優しく、しかし真剣な声でそう問われました。
権力でもって無理に従える事も、なし崩し的に事を進める事も出来る筈なのに。
最後にはこうして、きちんと私の気持ちを尊重し、私の言葉を待って下さるイライアス様の優しさを、改めて眩しく、暖かく思います。
長い長い沈黙の後
「……はい。私、……私、イライアス様をお慕いしております」
ようやく。
ようやく、胸に秘めてばかりだった思いを口にすれば。
イライアス様はかつて、幼い頃の私が夢見たようにギュッと抱きしめて下さった後……。
少々歪んでいらっしゃるご自身をも愛して見せるとの宣言通り
「リュシアンに一杯喰わされた事は悔しいけど……。こうして堂々シュゼットを手に入れる事が出来たから、まぁいいか」
私の耳元で、私だけに聞こえる様、そんな事をドロッと甘く仄暗い声で、その腹黒さをもう隠す素振りも見せず、呟かれたのでした。
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父から結婚の了承を得る為、イライアス様と二人家に戻れば。
「シュゼット!」
ジェレミーが階段を駆け下りてくるなり、またいきなり私の手を掴もうとしたので。
私は、スッと半身を引きその手を躱しました。
いつもなら大人しくジェレミーのされるがままにしていた私が抗った事で、流石のジェレミーも色々と察するものがあり、観念したのでしょう。
「シュゼット……オレ……」
いつもは女心というものを全く解さず、言いたい放題のジェレミーが声を詰まらせました。
「……シュゼットを苦しめたかったわけじゃなかったんだ」
『どうしていつもそうやって意地悪ばかりするの?!』
家を出る前に放った私の幼い言葉が、彼を傷つけたのでしょう。
何か言わねばと口を開いたジェレミーの瞳から、後悔の言葉の代わりにボロッと一粒、涙が零れました。
『強がらなくていい、変わらなくていい。お前はオレがずっと守ってやる』
泥だらけのドレスのまま、そう言って私を、私と変わらないその小さな腕の中に抱きしめた時のジェレミーの言葉を思い出します。
やり方は、不器用な彼らしく間違っていましたが。
彼なりに、確かに懸命に、私を守ろうとして来てくれたのでしょう。
『さようなら』の言葉の代わりに
「これまで守ってくれてありがとう。でも私ね、これからは強くなりたいの」
そう言えば。
ジェレミーはしばらく黙った後、それ以上の独白は敢えて全て飲み込んで
「分かった。お前が嫁ぐまでに辺境伯領領騎士団の奥義、流星突きをオレ自ら仕込んで見せよう。次、不埒なものが、お前に無体を働こうとした際には、必ずその意識を刈り取れる程完璧にな」
ツンと澄まして、柄にもなくそんな冗談を言ったのでした。
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「また夜に会いに来るよ」
馬車に乗りこむ前にそう言ったイライアス様に
「今度は王太子妃教育の為、私がお昼にお城に上がる予定になっていますよ」
笑ってそう返せば。
「それでも。……ようやく君の居場所を見つけたんだ。時を止めてあげられない代わりに、何度でも。もう二度とキミを悲しい思い込みの世界に取り残したりしないで済む様、ボクが夜に会いに来るよ」
昼と夜の色が混ざった美しい紫の夕日を背に。
イライアス様が触れるだけの唇への初めてのキスとともに、不器用なまでに真摯に、私に向かいそんな言葉を下さったのでした。




