イライアスとシュゼット⑰ side シュゼット
『突きは交わされてしまいましたが、果たして蹴りはどうでしょう?』
そう思い、私が再度グッと腰を落とし身構えた時でした。
「ストップ! ストップ!!」
そう仰って。
止める間も無い程勢いよく、イライアス様がその場にズサァッ! と膝を突かれました。
そんなイライアス様の様子をご覧になったリュシアン様は、私とかなりの距離を取ったまま、しばらくの間その綺麗な顔を真っ青にされていましたが。
動揺を悟られまいと取り繕うように小さく咳ばらいを一つされた後、目を丸くし、まるで珍獣でも見るかの様に私をご覧になっていたウィリアム様(仮)に、何やら耳打ちをされたのでした。
ウィリアム様が、姿を現された時と同様、何もない虚空にフッとその姿を消される様をぼんやり眺めながら。
自分がグズなばかりに、ネザリアの王太子で在らせられるイライアス様の膝を折らせてしまった事を、大変申し訳なく、そしてどうしようもないくらい辛く思って。
私の瞳からボロッと大粒の涙が零れかけた、正にその時でした。
「シュゼット」
イライアス様が、優しい声で私の名を呼ばれました。
どんな罰でも受ける覚悟で、ゆっくり顔を上げれば
「……ボクと結婚してください」
イライアス様がその良く通る綺麗な声で、そんな私が全く持って思いもしなかった事をおっしゃいました。
「はい???」
イライアス様……。
跪かれたのは人質となった私を助ける為、自らの負けを認めリュシアン様に謝罪をなさるのが目的とばかり思って、私がこんなにも胸がつぶれるような思いをしていたというのに。
あんなに思い切り良く、躊躇なく、あっさりと膝を折ってみせられたのは、元よりこんな言い逃れをされるおつもりだったからでしたか。
私と同じタイミングでイライアス様の機転に気づかれたクリストファー様とブライアン様が、ニヤリと実に人の悪い笑みを浮かべながら
「ご婚約、おめでとうございます」
と、酷くおざなりな拍手をされています。
まぁ、確かに私がイライアス様の求婚をお受けすれば一応ネザリアの体面は保てるので、これで一件落着……
いやいやいや??!
私がイライアス様と結婚!?
リュシアン様がお目こぼしくださるかどうか以前に、そんなの無理です!!
頭ではそう弁えていたのですが
「シュゼット、お願いだ。君を一生大切にするとこの国に、そしてリュシアンに誓うから。だからどうか『はい』と言ってほしい」
イライアス様のその暖かな腕の中に抱き寄せられ、かつて少年だった時分の様に優しく、愛らしく微笑まれてしまうと……。
私に魅了の魔法は効かないはずなのにどうしてでしょう。
思考とは裏腹に思わず『はい』と言葉が口をついて出ようとしたので、私は慌てて自らの口を手できつく押さえました。
「どうして『はい』と言ってくれないの?」
イライアス様の、そのどこか妙に甘く楽し気な声音に、また不意に私の頬に触れたその長く綺麗な指に酷く心乱された余り
「だって、だってイライアス様を嫌いでいないといけないのに…‥。それなのに結婚だなんて。そんな器用な事、私に出来る筈がありません!!」
そんな一人胸の中に秘め続ける筈だった葛藤を、思わずついに全て曝け出してしまいました。
イライアス様の願いを裏切ってしまった罪悪感に堪え切れなくなって、その暖かな腕の中から逃れようと、懸命に腕を突っ張らせた時です。
「僕を嫌いでいないといけない?? ……あぁ、君の従兄に何か言われたの? だったら心配ないよ。あんな奴、僕が何とでも……」
何を勘違いされたのでしょう?!
イライアス様がさっきまでの優し気な笑みをスッと消し、そのロイヤルブルーの瞳をご自身の影に曇らせたまま、これまで聞いた事が無かったような背筋がスッと冷えるような声を出されたので
「ち、違います! 『ずっとボクの事を嫌いなままでいてね』そうおっしゃったのはイライアス様じゃないですか!!」
思わず声を張り上げれば。
「あぁ、そうだったね。頑張ってボクの事を嫌いでいてくれてありがとう」
私はこんなにも真剣だというのに。
イライアス様はまたそのロイヤルブルーの瞳を煌めかせると、なんだか酷く幸せそうに笑って
「でももう大丈夫。誰もがボクを好きなこの国で。歪んだ皆を愛しているボクは、ボクだけを愛せないできたのだけれど……。でも、ボクはこの力をも愛して、もっと上手に使いこなす事に決めたから。だから、もうシュゼットが嫌ってくれなくても大丈夫」
と、またもや私が考えてもみなかった事をおっしゃったのでした。
私……。
イライアス様を恋い慕う自分の願いに、思いに素直になって、その求婚を本当にお受けしてしまって本当に良いのでしょうか。
自分ではもう分からなくてしまい、対立していた筈のリュシアン様に、助けを求めるよう目で縋れば
「上出来とは程遠いですが……。シュゼット嬢、最初の約束通りイライアスを僕の前で跪かせたので今回は特別にこれで不問とします。どうぞ、末永くお幸せに。あぁ、僕は生まれてくる子供と妻を置いて国を離れたくないので、結婚式には呼ばないでくださいね」
リュシアン様は酷く面倒くさそうに溜息をついた後、それだけおっしゃると。
息を吸うように腹芸を駆使するクリストファー様、ブライアン様と、まるで何事も無かったかのように談笑されつつ、私とイライアス様に背を向けてその場を立ち去って行かれたのでした。
「あぁ分かった。子供が生まれたら、またこっちからすぐ会いに行くから心配しないで~」
また、そんな軽~い口調で小さくなっていくリュシアン様の後ろ姿に手を振り声をかけたイライアス様に対して
「絶対に来なくていい!!」
振り返りざま、やはり猫の様に『シャー!!』と肩を怒らせるリュシアン様の背が遠く小さく見えます。
リュシアン様……。
イライアス様に一方的に執着され振り回され、隣国の王太子故無下にも出来ず、ただただイライアス様の事を迷惑に思っていらっしゃるのかと思っていましたが。
その嫌そうな素振りはただのパフォーマンスで、実際の所、ご友人であるイライアス様の悩みを、そしてイライアス様が長年抱えていらっしゃった葛藤を乗り越えられるようお手伝いして下さる為、わざわざネザリアまでいらしてくださったのですね。
リュシアン様の、そんな大人の振る舞いに感動し、小さくなるその背をいつまでも感謝の念を込めて見送っていた時でした。
「……プロポーズした男の前で、さっそく別の男に目移り? シュゼットは本当にボクを煽るのが上手だよね?」
イライアス様が、初めてお会いした時と同じドロッと低く、しかし妙にお腹に響く声でそんな事をおっしゃるから。
嫌な予感に冷や汗が止められなくなった私は麦粒のように小さくなったリュシアン様の背に向かい助けて欲しいと、そう必死に叫んでお願いしたのですが……。
その後、待てど暮らせど、聞こえなかった態を貫くリュシアン様が、私を助ける為にまだまだ私の身に残されていたアクセサリーを起動させてくださる事は、残念ながら無かったのでした。




