イライアスとシュゼット⑫ side シュゼット
そうです。
イライアス様は最初から変わらず、この国に生きる者の一人として私を愛してくださっていたのに。
私は……。
私は、何を自惚れて、『裏切られる』だなんてそんな酷い事を。
どこまでも利己的な己が思いを急に恥ずかしく思いながらイライアス様の思いに報いるべく、私が今為すべき事は何なのか、リュシアン様の私を導かんとする慈悲深い眼差しに励まされながら再度深く思考を巡らせます。
私がイライアス様に選ばれた理由……。
「リュシアン様、ありがとうございます! 私、すっかり失念していました。私がイライアス様に選んでいただいた理由、それは……」
まだ微かに痛む恋心の残滓をグッと飲み込み、晴れ晴れとした顔で
『イライアス様が過去の後悔と対面し、それを乗り越える為! そしてこの豪華なドレスは、イライアス様が過去の後悔を美しい思い出へと昇華出来るようにと、リュシアン様からイライアス様へのはなむけ、そうなのですね!!』
そう言おうとした、正にその時でした。
「そう! 貴女が僕に良く似ているからです!!!」
リュシアン様がこれまでの、大人で包容力溢れる態度から一転。
実に忌々し気に、吐き捨てるようにして、私が思いもしなかった事をおっしゃいました。
「……えっと…………リュシアン様?」
そういえば。
そんな話もありましたね?
リュシアン様、ごめんなさい。
私、その件《くだり》、もはや完全に忘れていました。
何というか、余りにめぐるましくいろいろなことが起こったもので。
あの歓迎会の日から数日しか経っていないというのに体感ではもう一年以上も昔の事のように感じられていて……。
そう言われてみれば、そもそもソレが今回の騒動の始まりでしたね?!
「アレはそんな貴女に僕の扮装をさせ、事もあろうにアイツのアクセサリー扱いした。あのような屈辱を受けたのは初めてです!!!」
恐る恐る、リュシアン様その美しいお顔に目をやれば、大人の余裕を浮かべ微笑むその額に、密に青筋が立っているのが見えた気がしました。
「僕のモットーは負ける戦いはしないですが、同時に売られた喧嘩はきっちり倍にして返すと決めていますので。アレの悪ふざけの片棒を担いだ貴女にも、しっかり協力していただきますよ?」
『ひぃぃぃ!!』
辛うじてそんな悲鳴を寸前の所で飲み込めば。
リュシアン様がフッと大人の男性の色気を駄々洩れに嗤いながら、実に妖艶に首をかしげて見せられました。
「一体、私はこの姿で何をさせられるのでしょう?!」
豪華なドレスの重みが、まるで囚人に架せられた重りのように感じられ、湧き上がる恐怖心からガタガタ震えながらそう尋ねれば。
「簡単ですよ」
リュシアン様が酷く楽し気に、そして蠱惑的にそのアイスブルーの瞳を笑みの形に細められました。
もしかして……。
この姿でイライアス様を誘惑し、そして寝屋で刺せと?!
まさか、まさかそうおっしゃられるのでしょうか?!!
『だとしたら、例えここで手討ちにされたとしてもお断りしないと!!』
そう思い、ギュッと自分の手を握りしめた時でした。
「今度は僕によく似た貴女があいつをアクセサリーにするんです。貴女の魅力でアレを僕の前で無様に跪かせてください!」
「無理です!!!!」
よし!
もういっそここで。
ここでリュシアン様に手打ちにしてもらいましょう!!
どうせ、王妃様の花壇を荒らした時点で本来無くなっていて不思議でなかったこの命です。
イライアス様を骨抜きにするだなんて、そんな身の程知らずな事を企んで恥をかく前に散らす事が出来るなら、最早本望。
……そう、思ったのですが。
「そうですか、では仕方ありません。報復の為、急ぎ国に帰り宣戦布告を……」
リュシアン様が消して冗談には見えない目をされてそんな事をおっしゃるものだから
「不肖シュゼット、やらせていただきます!!」
せっかく美しいドレス姿だというのに、騎士服を着ていた時の癖で食い気味に、ビシッと敬礼する羽目になってしまいました。
するとリュシアン様はそんな私を見て、
「楽しみにしていますね」
そうおっしゃると、無邪気さとは程遠い、大変綺麗な大人の笑みを浮かべられながら、実に満足そうに頷かれたのでした。
◇◆◇◆◇
『やらせていただきます!!』
食い気味にそうは言ったものの……。
果たして、そんな事可能でしょうか?
どうすればいいか分からず、困り果て俯けば。
リュシアン様が実に呆れたと、深い深いため息をつかれました。
「しっかりしてください。僕と貴女は良く似ているのです、この美貌を持ってすればいくらでもやりようはあるでしょう??」
そういえば、リュシアン様はその美貌を女王陛下に見初められ、強国の隣国にぜひともと乞われ婿入りされたんでしたっけ?
面立ちがどことなく似通っているとは言え、私がリュシアン様と同じような美貌の持ち主かと言われれば残念ながら違うと言わざるを得ません。
それでも何か現状を打開するヒントを少しでも得られないかと思い、改めて不敬を承知でリュシアン様を正面からまじまじと観察してみる事にしました。
改めて見てみれば。
リュシアン様は、私がなんとなく似ているというのも憚られるくらい、整ったお顔立をされている事に気づきました。
「そうです! 魔具職人に顔がハッキリ認知出来なくなる魔術を込めた仮面を作らせれば、私もリュシアン様風の雰囲気美女に……」
「却下です」
深い深いため息をつかれた後リュシアン様が次に私をエスコートして下さったのは、我が国で一番人気故、なかなか予約が取れないと評判の美容サロンでした。




