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悪役令嬢は壁になりたい  作者: tea


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イライアスとシュゼット⑪ side シュゼット

「大事なお話がありますので」


そう言って。


激高するジェレミーを|酷く簡単に《率いてきた兵達の武力に》あしらって物を言わせ、リュシアン様は私を半ば攫うようにしてご自身の馬車に乗せられました。


「あの、大事なお話って??」


あんな風に突然乗り込んでいらっしゃるくらいです。


一体どんな緊急事態があったというのでしょう?

もしかして、イライアス様に何かあったのでしょうか?!


そう思い、私が顔を青くした時です。


「花火はお嫌いですか?」


突然、リュシアン様にそう尋ねられ


「えっ? 花火?? いえ、別に嫌いでは……」


動揺しながらそう答えれば


「それはよかった。最近色々と煩わしい事が多そうだったので、気晴らしにお連れしたいと思いまして」


リュシアン様は何の感慨も籠らないような声で、しかし立ち居振る舞いは実に紳士らしく、そんな事をおっしゃいました。


「え?? あの……花火でしたら、実は私イライアス様との先約が……」


不敬にならないかと怯えながらも、おどおど私が口を開いた時です。

フッと酷薄そうに、しかし同時に酷く蠱惑的に、その美しいアイスブルーの瞳を笑みの形に細めて


「……と、いうのは建前で。以前花火の日にイライアスに妻を掻っ攫われた事がありまして。やられっぱなしは悔しいので、報復に貴女を攫わせていただきました」


リュシアン様はそんなことをおっしゃったのでした。







◇◆◇◆◇


『報復』


そんな物騒な事を言っておきながら――


リュシアン様さまが紳士らしく私をエスコートしてくださったのは、おぞましき監禁部屋でも拷問部屋でもなく……。

今、王都で一番の人気を誇るブディックでした。



「素晴らしいですマダム! 流石、隣国のくだらない流行なんぞに惑わされず、あの趣味の悪いジャケットを取り入れられなかっただけの事はある!!」


『あの趣味の悪いジャケット』が一体どれを指すのかは、流行に疎い私には分かりませんが……。

兎に角、ポカンとする私を置き去りに、私の新たなドレス姿をご覧になったリュシアン様が非常に満足気にブディックのオーナーに向かい惜しみない拍手を送られました。


そして。


「では、参りましょう」


エスコートの為、リュシアン様が私に向け、真っ白い手袋をはめた手を伸ばされました。



「あの……、えっと……」


「どこかお気に召さないところがございましたか?」


戸惑う私に、オーナーのマダムが優しく微笑みかけながらそんな風に声をかけてくれました。


「これ以上のものは、今この国には存在しませんが。気に入りませんか?」


それを聞いて、リュシアン様がそうおっしゃいながら実に不思議そうに小首をかしげられました。


「あ、いえ!! 滅相もございません!」


決してドレスが気に入らなかったわけではないのです。

合わせてドレスが似合わないのではと気にしてとか、どう立ち振る舞えばいいかが分からなかったとかそういった訳でも、もうありません。


ただ……


「リュシアン様のお心遣いには心より感謝しております。……でも、花火見物に行くのでしょう? 暗い中、外で着て歩くのにこのドレスはもったいなさすぎるのでは??」


そう。

リュシアン様が私の為に選んでくださったのは、まるで王妃様が正式な夜会でお召しになるような、実に豪華絢爛なものでした。


「私はもっと簡素なもので……」


『十分です』


そう言いかけた時でした。


「何を馬鹿な事を」


リュシアン様が大きくため息をつきながら、実に呆れたとばかりにそんなことをおっしゃいました。


「貴女は何も分かっていない。自分がアレ(イライアス)に何で選ばれたかお忘れですか?」


リュシアン様にそう言われ、一時忘れていた胸の痛みがまた、激しく蘇ってきました。


私がイライアス様に選ばれた理由。

それは…………


「私が……この国では私だけが、イライアス様の魅了()に逆らって、彼を『ずっと嫌いなままで』いる()()が出来るから……です」


イライアス様の残酷なまでに無邪気な笑顔を思い出し、一人また勝手に傷ついて涙ぐみかけた時でした。


「違います」


私の目を真っすぐ見て、リュシアン様が凛とした声でハッキリそうおっしゃいました。


「いいえ! そうなのです。だって……だってイライアス様がそうおっしゃったんですから!!」


期待して、それに裏切られて傷つく事にはもう耐えられそうにもなくて。

思わずあふれだしそうになる希望を無理やり押し込める為、不敬にもキッとリュシアン様をぐっと見返し、叫ぶようにそう言い返した時でした。


「いいえ。貴女がイライアスに選ばれた本当の理由、もう忘れてしまったのですか? 貴女もとっくに、アレの思惑には気づいているはずでしょう?」


まるで、聞き分けの無い子を諭すように。

リュシアン様が、年上の紳士らしく落ち着いた低く美しい声で、私を諭すようにゆっくりそんな事をおっしゃいました。


私が忘れてしまった、イライアス様に選ばれた本当の理由。

私が……。

私がすでに気づいているイライアス様の思い?


リュシアン様の、私と揃いの美しいアイスブルーの瞳に合わせ鏡のように見つめられた瞬間、


『歪みながら、それでも一生懸命生きているこの国の人達がボクは好きなんだ』


不意に私は、そんなイライアス様の言葉を思い出したのでした。

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