イライアスとシュゼット⑤ side イライアス
取りあえず。
土に汚れた服を着替えさせるために彼女を侍女に引き渡し、さて、彼女と何をして遊ぼうかと思った時だった。
用意してあったドレスがふと目に入った。
ボクがこんなにもリュシアンを気に入っているのに、リュシアンはボクの事をまるで相手にしてくれない。
それもまた、他所の家で飼われている綺麗な猫の様で風格があって良いのだけれど。
でも、あまりにこちらを向いてくれないのもつまらないから、ボクは彼の為におもちゃちゃを用意しておいたのだ。
ボクが好きなのは可愛い本物の女の子で、別にリュシアンの事を女の子みたいだと思った事は無いのだけれど。
以前隣に並んだ時にリュシアンはボクより背が低い事を気にしていたようだったから
『ほら、これを着れば身長差もいい感じだろう?』
そう笑ってこれをプレゼントすれば、きっとリュシアンは顔を真っ赤にして怒ってくれると思ったからだ。
「リュシアンにプレゼントしようと思って準備していたんだけど。あぁ、やっぱりよく似合うね!」
ボクの瞳と同じ色の生地で作らせたロイヤルブルーのマーメードラインの細身のドレスは、リュシアンに似合うようにデザインされていた為、彼によく似た彼女には大変良く似合っていた。
だからボクはそれを素直に褒めたつもりだったのだけれど。
何故か酷く彼女の機嫌を損ねてしまったようで、キッ!ときつく睨みつけられてしまった。
そかしその姿さえ、まだ懐いていない子猫が柔らかな毛を逆立て懸命に威嚇している様で愛らしくて。
そんな彼女の姿を面白がって見下ろしていた時だった。
「…………自分がドレスが似合わない事など、そんな事! 自分が一番良く存じております!!」
そう言って、突然彼女が苦し気に耳を塞ぎ下を向いた。
そんな彼女の姿に驚いて、どういうことだろうと彼女の言葉を注意して聞けば、どうやら彼女には過去にドレスに纏わる嫌な思い出があるらしい。
「だからお断りしたのに、それなのに。……それなのに、無理矢理着せておいて笑い物にするなんていくら何でもあんまりです!!」
今にも泣き出してしまいそうな彼女の表情を見ながら、年甲斐も無く何も出来ずに立ち尽くしてしまった時だった。
『何よ! 貴女なんてまだドレスも似合わない子どもの癖に!!』
『そうよ! まるで男の子がドレスを着ているみたい。せっかくの綺麗な薔薇が可哀そうだわ』
いつの間に忘れてしまっていたのだろう。
彼女に嫉妬する女の子達の醜い声が不意に蘇って来て、ボクはずっと忘れていた八歳の時のお茶会の事を思い出した。
『そうか、あの時の彼女か……』
そう思った瞬間、自然と口が動いた。
「ごめん、シュゼットのドレス姿を笑った訳じゃないんだ」
あの時ちゃんと彼女を庇ってあげられていれば、彼女がこんな風に長い事、あの日の言葉に苦しむ事は無かったんじゃないか。
そう思えば、ペラッペラだと自覚している良心が流石に痛んで。
罪滅ぼしに、年頃の女の子達が喜ぶような世辞を思いつく限り並べたててみた。
しかし、耳を塞ぐ彼女に、その言葉は全く響かないようだった。
それでも、
「シュゼットはとっても綺麗だよ、君を嗤うなんてとんでもない。ちゃんと鏡をみてごらん?」
あの時の、八歳だったボクより年下の小さな女の子を慰めたくて、そんな拙い、でも心からの言葉を口にした時だった。
ようやく彼女がゆっくり顔を上げ、恐る恐るといった様子で鏡を見てくれた。
「ね! 綺麗だろう?」
本当はあの日あの時、彼女に伝えたかった事をようやく伝えられたような気になって、ホッと相貌を崩せば。
シュゼットはしばらく黙った後
「……でもよろしかったのですか? 他の方へのプレゼントだったのでしょう??」
モジモジしながらそんな事を言った。
その年齢にそぐわない幼い仕草があの時の彼女のままで、あの日に戻れたような楽しい気分になって
「あぁ、いいんだ。ただの嫌がらせで準備したものだから。そのドレスだって君に来てもらった方が幸せだろう」
浮かれたまま、品行方正な王子様の仮面を被る事をすっかり忘れ、そんな事情を思い切りシュゼットに自らバラせば
「……えっと……」
『リュシアン』が誰か急に察したのだろう、シュゼットの顔が再び強張るのが分かった。
どう挽回しようかと思ったその時だ。
ふと名案が閃いた。
「そうだ! 悪いと思うならがシュゼットがそのドレスを着て、明日のリュシアンの歓迎パーティーに出席して……」
「絶対にお断りします!!」
詳細を伝える前に、食い気味に断られてしまった。
我ながらいいアイデアだと思うんだけどな。
とんでもない悪ふざけに巻き込まれる前に一刻も早くこの場を逃げ出そうとしたシュゼットの動線を、無駄に長い足でスッと塞げば、シュゼットがまた驚いた様に、その猫のように大きな目を見開いた。
それが可愛くて。
走り出しそうとした彼女の手首と肩をガシッと掴んで
「もしリュシアンへの歓迎会に協力してくれたら、母の花壇を荒らしたのはボクだって事にしてあげる」
性格の悪さを、もう隠しもせずニッと黒く笑えば
「絶対に嫌です!!」
シュゼットが隷属とは無縁にそう絶叫した。




