イライアスとシュゼット④ side シュゼット
警備兵に引き渡され、沙汰が下るまではお城の地下牢にでも投獄されるのかと思い酷く焦りましたが……
意外にも私が案内されたのは来客用の浴室でした。
湯を使って肌についた泥を落とした後、綺麗に土を払った騎士服に再度袖を通そうとした時です。
「どうぞこちらを」
そう言って侍女の一人が私に向かい、一着のドレスを差し出しました。
繊細なレースで仕立てられたハイネックと、スリムなラインながら長く伸びた光沢のある生地で出来た裾がまるで人魚の尾ひれの様に美しい、ロイヤルブルーのドレスです。
「イライアス様からの贈り物です」
「へ???」
ゆっくり壁際に向かって後退しながら
「……それが……その、お気持ちは大変ありがたいのですが……私、ドレスが壊滅的に似合わなくて!!」
恥を忍んでお断りする理由をお話ししたのですが……
私を問答無用でここに引っ張っていらした主が主なら侍女も侍女で。
あっさりと壁際に追い詰められ、手際よくそれを着つけられてしまいました。
真っ青になりながら、麗しの王子様であらせられるイライアス様にこんな無様な姿を見られる前にどうにかここから無事逃げ出すルートは無いかと、部屋の中を見回した時です。
「リュシアンにプレゼントしようと思って準備していたんだけど。あぁ、やっぱりよく似合うね!」
いきなりノックも無く、仮にもレディが着替える部屋のドアを大きく開け放ち、堂々部屋に入っていらしたイライアス様が、私を楽し気に見降ろしながらそんなことを仰いました。
そんな楽しげなイライアス様の笑い声を聞いたその瞬間です。
また不意に私の中で、またあの日の女の子達の嘲りの声とが蘇りました。
そして、それにつられ思い出してしまった先日のジェレミーの
『まさか、それでパーティーに参加するつもりか??』
という声と不愉快そうな顔が鉤爪となって、また私の心を深く抉ります。
「…………自分がドレスが似合わない事など、そんな事! 自分が一番良く存じております!!」
今の自分の置かれた立場を考えれば、反論すべきではない事など頭で分かっていた筈なのに、
「だからお断りしたのに、それなのに。……それなのに、無理矢理着せておいて笑い物にするなんていくら何でもあんまりです!!」
気づいた時にはイライアス様に向かい、私は思わず噛みつくように、そんな事を言い返してしまっていました。
折角いい気分で笑っていらしたのに。
私なんかに言い返されて気分を害されたのでしょうか。
「君にドレスが似合わない? ……誰がそんな酷い事を言った?!」
イライアス様はそんな私の言葉を聞くや否や、これまでの柔らかな声から一変、不意に地の底を這うような低い声を出されました。
このような状況下で王太子殿下に噛みつくなど、馬鹿な事をしたと思います。
でも……。
でも、もういいです。
いっそ処刑されれば、この先こんな風に容姿を嗤われることだって、その度それに胸を痛める事だってもう無くなるのですから……。
そう思って手で耳を塞ぎ俯けば、イライアス様が私に向けてその大きな手をグッと伸ばされました。
打たれるのかと思い、思わずギュッと目を閉じた時でした。
「ごめん、シュゼットのドレス姿を笑った訳じゃないんだ。驚く仕草が可愛くてつい、ね。誤解させてすまない。……それに、それにシュゼットはとっても綺麗だよ、君を嗤うなんてとんでもない。ちゃんと鏡をみてごらん?」
そう言いながらイライアス様は長い指で私の涙を払うと、そっと鏡の方に向かって私の顔を上げさせられました。
私が綺麗?
……そんな馬鹿な。
そう思って恐る恐る鏡を見れば、そこにはヒョロッと背が高く体の薄い女装した青年などではなく、背の高い華奢な女の子が、イライアス様に背後から抱きしめられる様に立ち、茫然と私を見返すように映っていました。
「ね、綺麗だろう?」
イライアス様は鏡越しに私と目を合わせると、サプライズが成功した子供の様に本当に嬉しそうにフワッと破顔して見せられました。
正直……。
自分にはイライアス様がおっしゃるように、鏡に映る自分の姿が綺麗なのかどうかは分かりませんでした。
でも、こんな風に無邪気に笑う、年上の男の人は初めてで。
イライアス様のそんな笑い顔を見てしまった瞬間、私は自分の鼓動が高く跳ね、これまでの辛い気持ちが、悪夢から覚める時の様にスッと薄らいでいくのを感じたのでした。
「……でもよろしかったのですか? 他の方へのプレゼントだったのでしょう?」
イライアス様のような綺麗な男性に、こんな素敵なドレスを贈られるのは一体どんな人なのでしょう?
確かお相手のお名前はリュシアン様と仰っていましたっけ?
きっとイライアス様に負けず劣らず美しい方なのでしょう。
嬉し気に微笑むリュシアン様の姿と、恋に浮かれた従兄の姿が重なって何故かまた胸が鈍く痛んで。
鏡越しでも何故だか急にイライアス様のお顔を直視出来なくなり、足元の方に向けてそっと目線を伏せた時でした。
「あぁ、いいんだ。ただの嫌がらせで準備したものだから。そのドレスだって君に着てもらった方が幸せだろう」
イライアス様がサラリと恐ろしい事を仰いました。
「……えっと……」
そう言えば……
『リュシアン』というのは、我が国より巨大な国土と軍事力を誇る隣国の、若き王配殿下のお名前ではなかったでしょうか??!
そんな方に、嫌がらせでドレスを贈るつもりだった?!
さっと顔色を青くした私の心を知ってか知らずか、イライアス様が楽しそうに笑いながら更にトンデモない事を仰いました。
「そうだ! 悪いと思うならがシュゼットがそのドレスを着て、明日のリュシアンの歓迎パーティーに出席してよ!!」
「絶対にお断りします!!」
とんでもない悪ふざけに巻き込まれる前に、一刻も早くこの場を逃げ出そう!
そう思った瞬間でした。
逃げ出そうとした私の手首と肩をガシッと掴んで、イライアス様が悪魔も真っ青なイイ笑顔を浮かべて私に囁きました。
「もしリュシアンへの歓迎会に協力してくれたら、母の花壇を荒らしたのはボクだって事にしてあげる」




