番外編4 ローザside3
翌日から、ゼイムスは暇を見つけては私を彼が好きな場所に連れて行ってくれた。
ステンドグラスが美しい教会に、バラの咲き誇る公園、マカロンの美味しいカフェに、煌めく水面が美しい湖、夕日が沈む川辺に、朝焼けが美しい丘。
子ども返りしたゼイムスと話すのは、まるでいたずらっ子で快活な弟が出来たようで意外にも楽しかった。
また子どもでも流石王太子様といったところなのだろうか。
ゼイムスのエスコートは紳士然としていていつだって完璧で、まるで私を恋愛小説の中の主人公にでもなったかのような気にさせてくれる。
そんなある日の夜のことだった。
視線を感じぼんやり目を開けば、半身を起こし、こちらを見ていたゼイムスと目が合った。
月光に照らされた、その苦い表情には見覚えがあり、
「ゼイムス?」
夢現のまま思わずそう彼に呼びかければ
「なあに?」
ゼイムスがその表情と、気持ちを押し殺したような懐かしい声の出し方を繕い切れないまま、子どもの様な口調で言うから。
ゼイムスは大人の真似をするのは上手だけど、子どもの真似をするのは下手なのだなと、再び眠りの中落ちて行きながら私はそんな事を思った。
翌朝目を覚ました時、ゼイムスはまた子どものゼイムスに戻っていた。
それから数日後、ゼイムスが彼宛に書かれた嘆願書を持って難しい顔をしていた。
その便箋には見覚えがある。
確か、度々水害が発生しているコリュージュ地方の領主からのもので、もうすぐ雨季に入るので魔術師を派遣して雲を払って欲しいというものだ。
天気を変えるなど、並みの魔力量の者に出来る技ではない。
しかし、ゼイムスの下には少なくともそれを可能にするだけの者が少なくとも四人はいた。
ウィル、リリー、彼らの魔術の師、そして三人には遥かに劣るが私だ。
ところがかつてのゼイムスはそれに目を通すだけ通して、決して魔術師を送ることはなかった。
そしてその結果、前回はまた大きな水害が発生して多くの人が亡くなったのだ。
「ローザ、僕と一緒にコリュージュに行ってくれないか?」
ゼイムスにそう言われ、かつてのゼイムスの非情な判断に胸を痛めていた私は、ゼイムスの提案に一も二も無く飛びついた。
議会の決定を仰いでからにした方が良いとゼイムスを止める者もいたが、
「雨季は議会の決定を待ってはくれない」
とゼイムスは綺麗な目をして笑いながら不敵なまでにその制止をあっさり振り切ってみせた。
突然の決定だった為、最低限の従者のみだけを伴い馬車で四日かけて、コリュージュに向かった。
目的地まであともう少し。
馬車の窓から向かう先を眺めれば、灰色の雲が重たげにその上に重なり合う様に分厚くかかっているのが見える。
領地に入った頃にはポツリポツリと雨粒が落ち始めていたが、領主の館に着く頃にはついに土砂降りの雨になっていた。
「よくぞおいでくださいました!」
出迎えてくれた領主はそう言って私達に深く深く頭を下げた。
四十半ばと思しきいかにも人の好さそうな領主と、控えめに微笑む彼の妻、そして人懐っこい子ども達の姿を見て、その善良そうな姿にホッとする。
その日はもう日も暮れということもあり、そのまま領主の館で雨のあがるのを待ちつつ休む事になった。
しかし翌日になっても雨脚は強いままで、外は朝というのに薄暗いままだった。
ゼイムスと共に館の塔に上り、南西に位置する川を見る。
川は濁った水が轟々と流れ、このまま雨が続ければまた決壊してしまう事が安易に想像出来てしまった。
昼前、少し明るくなった時間帯を見計らってゼイムスに手を引かれ、雨の中、外に作られた祭壇に向かいゆっくり進んだ。
祭壇の周囲には多くの人々が雨でずぶ濡れになりながらも集まっており、厳かな祈りに包まれている。
祈りの為に用意されたのは裾の長い真っ白なドレスで、まるで、幼い頃に憧れた結婚式のようだ。
そんな柄にもない事を思い、隣を歩くゼイムスを見上げれば彼も同じような事を思っていたのだろう。
ゼイムスが私にだけ分かるよう、目だけでいたずらっ子のように楽し気に笑って見せた。
祭壇の前についたところでゼイムスの手を離し、ドレスの裾が泥水に汚れるのも厭わずその場に跪いた。
そして私もまた皆と共に祈りの言葉を口にする。
ウィルや姉ならば、こんな長い祈りの言葉などなくとも即座に雲を晴らしてみただろう。
しかし、私にそこまでの力は無い。
だから、皆と雨に打たれつつ、祈りを紡いだ。
長い時間が経ち最後の祈りを述べたところで、ついに雨が止んだ。
そして次の瞬間、雲間から一筋の光が祭壇に向かい降り注ぎ人々から歓声が上がった。
嬉し気に降り注ぐ日差しをその手に掬おうとでもするかのように天に向けその手を伸ばす人々と、天を仰ぎ眩し気に目を細めるゼイムスを見て、ホッと肩の力が抜けた。
風邪を引く前に着替えに戻ろう。
そう思い立ち上がろうとした時だった。
魔力を使い過ぎたせいだろう。
思わず立ち眩みがしてよろけた。
すると次の瞬間、同じくずぶ濡れになったゼイムスが危なげなく、そしてその服が汚れるのも厭わずしっかりと抱き留めてくれた。
それが心強くて、嬉しくて、
「少し疲れただけ」
そう言って笑えば、ゼイムスは一瞬酷く心配そうな顔をした後私の気持ちを察してくれたのだろう。
『すまない』
そう言う代わりに、
「ありがとう」
そう言って、また綺麗に破顔して見せてくれた。




