エルは征く(後編)
今回は前後編ということで、一日に二話投稿することにしました。正直言って、完全に予定外なことではあるのですが、そこはノリでどうにかしました!だって、手が止まらないんだ。
戦場を見渡して戦況を把握する。
そうすれば、先ほどまでの焦りで見えていなかったものが見えてくる。
なんてことはなかったのだ。戦場は動き回るのに十分な広さがあり、敵は二体だけ。
物理攻撃が通じない。それは確かに恐怖に値するがしかし、今まさに師匠がやっている様に、魔力を伴った接触でなら容易に片が付く問題であるのだ。
『俺が情報処理を補助する。技を発動するんだ。』
「わかった。」
短く告げて、俺は魔力を練り上げる。
「ふふ、やったんだね。半分賭けではあったけれど、うまくいって何より。」
「師匠。俺の合図で、退いてください。それにもうそろそろ限界でしょう?」
「わかったわ。」
俺の魔力の高鳴りを感じて、師匠が声を掛けてくる。その声に応じて、手短に指示を出す。
今の俺ならダグラスさんとも少しは斬り結べるかもしれない。それほどまでに、手に入れた力が大きい。
『スキル発動』
鍵を回す。
エルピスから供給される魔力が質を変える。それはあたかもこれから作り出すものの血のように、命脈を繰り返す鼓動を伴っている。暖かく、されど鼓動の度に勢いを強くし、さながら獣道が人の歩みによって確かな『道』となるように、たしかな魔力回路が形成されていく。
エルピスから処理による負荷を感じる。されど限界を思わせるものではなく、寝起きの体を動かしたときのような、固まった関節を少しずつ動かすときの負荷に似ていた。
これはまさしく目覚め。
俺の中にエルピスという存在が確立された、目覚めの瞬間。
準備は整った。
告げる。
『【心剣創造・無垢の剣】』
スキル名を唱え、すべての集合体にして最初の型を顕現させる。
左手に現れた、魔力が可視化されるほどに圧縮された半透明の剣は、鍔すらない簡素な造形。何者にも染まっていない、されどこれからすべてを吸収して成長していく剣。
「行きます!」
俺の合図を受けて、魔法を解除し、さっと飛びのく師匠。
自身を地に縫い付けた忌々しい鎖が消え、怪物が歓喜の叫びを上げる。
『GYUROROROO』
そんな怪物に、わずか数歩で到達。
身体能力が大幅に引き上げられたことで出来る、まさに地を蹴るかのような疾走。
急激に引き上げられた魔力は、エルピスの存在によって完璧に制御され、俺の望む形となって身体能力に還元される。
魔体の飛躍的進化がもたらす超人的な加速と、それが生んだ速さによる力を余すことなく剣に乗せて、一振りする。
『GYOOOOO!?』
伝わらない言葉はしかし、悲痛さを感じさせる。
生まれて初めて切り傷を付けられたのだろうか。その身に降りかかった痛みに悶え苦しむ怪物は、それをもたらした俺を睨みつける。
「こい、お前がつけた傷はもう無いぞ?」
感覚がなかった両腕は、万全な状態で復活している。
こいつの攻撃は要するに精神の麻痺。体を喰われたという認識を極限まで引き上げて、腕が動かないと思い込ませる。
ならば話は簡単だ。俺にはエルピスという、体の内側にいながら第三者という特異な存在がいるのだ。腕は動かせると認識したエルピスが俺に情報としてその事実を渡す。そうするだけで、書き換えられた部分、思考の損傷を修復することができる。
結果、怪物の攻撃は俺にとって無意味なものになるわけだ。
怪物は自身の無敵ともいえる体質が無効化され、それに備わった特異な攻撃が通じていないことに疑問を持てるほど理性は無かった。
それゆえの正面衝突。
本能的に、二体同時にかかればどちらかの一撃が当たると感じているのは立派と言えるだろう。
だがしかし、今の俺は、段違いの身体能力と、霞を断ち切ることができる剣、そして情報分析に長けたエルピスがいる。
大きく開けた顎が、左上と右下から俺を喰いやぶらんとして迫る。
一太刀では切り捨てることができない角度をつけているあたり、戦闘能力はやはり高い。
もっというなら、こいつらの速さでこの距離ならば、大抵の敵は回避できないであろう。
しかし。
二つの風を切る音が響く。
左右から攻めることによってわずかばかり開いた隙間。左上からくる個体の顎を正面から真っ二つにし、振り切った態勢のまま隙間に体を滑り込ませる。そしてすれ違いざま、回転からの斬撃。右の個体の靄を深く切り裂く。
『GYARYO!?』
怪物はまさか自分たちの特性がこうも容易く敗れ去るとは思っていなかった、とでも言うかのように、戸惑いの声音を含んだ叫びを上げてのたうち回る。
切られた箇所はすぐ元通りに戻ったが、全体的に靄が少し薄れた気がする。おそらく傷の修復にリソースを使ったのだろう。これであの靄自体が奴の体であることが証明できた。
そしてあの顎が奴自身の核だろう。なにせもう一体はすでに靄が霧散し始めているのだから。
「自身よりも劣った存在だと思っていたのに、いつの間にか狩られる側に回っていたんだ。恐怖を覚えるにはいい機会だぞ。」
その言葉が伝わったのか、それともただ純粋に声の調子でコケにされたことに気が付いたのか。どちらにせよ怪物は一直線に突進してきた。
知能が高ければ駆け引きなどもできただろう。しかしこいつはただの獣でしかないようだ。
こうなってしまえば、まだランドベアの方が幾らかマシだっただろう。
剣を引き、突きを放つ構えをとる。
その体に備わった膂力を十全に生かしての突進。子供の身長くらいはあるだろうその顎を大きく開き、口内のその向こうまで晒して敵に噛みつかんとする。
心意気は立派だろう。
だがもう、終わりだ。
「ふんっ!」
鋭く突き出した剣はもはや魔力の塊ではない。
刀身に黒い靄を纏い、俺の手に顎が噛みついているかのような意匠の鍔。持ち手は引き絞るような螺旋を描いている。靄の中を、目を凝らしてみてみれば、まるで溶け出して霧散したかのようにがたがたな刀身が見えたことだろう。
その有様はまるですぐそこに転がった、こと切れた怪物の、靄を纏っていない身体にそっくりだった。
【心剣・虚喰剣】
それが無垢の剣が新たに姿を変えた、第一の剣。
切った相手に染まる、無垢の剣の唯一にして最大の特徴から生み出されてた、新たなる力。
これが俺のスキル『心剣創造』。
エルピスのダンジョン作成能力のリソースすべてを情報処理と情報の貯蔵につぎ込み。
俺が無垢の剣に切ったものを取り込ませ、その情報を使用し、心剣を新たに作り出す。
それをエルピスにまた貯蔵してもらう。
まさに万能になるための道。
まさに俺だけの個性であり、切り札。
そして、俺が初めて作り出した心剣が、怪物の顎、その中心を貫いた。
突進の勢いは一瞬でなくなり、靄がすぐに拡散する。やがてすべての靄が晴れると、そこには俺の剣に貫かれた貧相な獣の体があった。
その体を一振りで振り払うと、先ほどまで死に物狂いで俺を追いかけていたとは思えないほど軽い音を鳴らして地面にその死体を投げ出した。
「この剣の特性上、死んではいないんだろうな。」
地面に転がる死体をよく見れば、微かに呼吸はしている。
ではなぜ、動かないのか。それの理由は俺の剣にある。
俺の剣は、怪物の特性を強く受け継いでいる。詰まるところ魔力の吸収拡散だ。
怪物の攻撃は魔力を喰らい、魔力のあった場所に自身の汚染された魔力を残す、というものだ。残された魔力は感覚を犯し、動かないと錯覚させる。その特性を受け継いだ俺の剣は、怪物の有り余りすぎて魔力化したその体の中心を喰い千切った。そしてそこに俺の魔力を流し込んだのだ。
考えてみてほしい。
もしも己の体の中心が全く別のもの、例えばただの土に変わってしまったら。もちろん、迎えるのは死だけだろう。
つまり、怪物は俺が流した魔力によって、その体の中心すべてを別のものに置き換えられたと錯覚したのだ。
それに加えて喰った魔力の量は尋常ではない。なにせ刀身すべてが靄の中心に深く埋まったのだから。
拡散するほどの魔力を根こそぎ奪われ、靄が晴れ、身体機能のほとんどが止まってしまったと錯覚して倒れているのが今の怪物の正体だ。
『俺と君が造った代物だとしても、なかなかに残虐な剣だね。生きながら死ぬなんて。』
「ああ、さっさととどめを刺そう。」
地面に転がった時に落とした剣を拾い、怪物の肥大した顎しか見当たらないその頭に突き刺して身動きしなくなった体に死を促す。
かなり強くなったとはいえ、もう少し心に優しい心剣が欲しいものだ。このままではただの恐怖剣ではないか。
「はは、予想外な展開ね。まさか両者が均衡を保ったまま形になるとは。」
「師匠は俺の精神だけ残してダンジョンのほうの精神は消そうとしたんですね。」
「ええ、魔法陣のほとんどはあなたの体とダンジョンの精神や能力と繋げて疑似ダンジョンマスターになるように組んだんだけれど。まさか全部取り込んでその上で共存するとは思わなかったわ。でもまぁ、結果良ければなんとやらって言うし、恨みっこなしって言っておいてくれる?」
「ええ、感謝こそしても、恨むなんてことは絶対ないと思いますよ。」
「それはなんでかしら?」
「だって」
―――嬉しいって感情が俺の中で広がってますから。
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「それで、俺のスキルについては大体話しましたけど、結局ここはなんなんですか。そもそも無事に出られるところなんですか?」
「ええ、確かに詳しい話はしていなかったわね。」
師匠は一度話を区切って少し考えてからまた口を開いた。
「ここは世界の裏側って呼ばれているのはわかっているわよね。それは何故かというと、この世界を形作る法則の内一つから外れているからなの。」
師匠は細かくこの場所の説明を始めた。
全ての話を聞いて、自身の中で咀嚼する。
つまりは、この場所は【職】が適応されないのだ。
この世界に生きる人間は、すべて職を背負って生きている。
そして戦闘職に類する職を持つ者すべては戦闘勘や経験のほとんどを【職】の法則に蓄積しているらしい。それがなくなるということは、有り余る力を生かしきれないということ。それはあのような怪物と戦う場合命取りとなる。
更に【職】という法則には、魔力の吸収、貯蔵といった現象も含まれているらしく、結果この地に足を踏み入れた時の魔力しか使うことが出来ない、最悪の場合、魔力制御に優れた人でないとすぐにその魔力も霧散してしまうそうだ。
そして何より、この地に入れる人自体が稀で、ほとんどが微細な塵になるまで細切れに切られてしまうそうだ。この現象から外れる人間の証明方法は一般的にはまだ確立されていないそうで、最近ではわざわざ試そうという馬鹿も、もういないらしい。
以上の理由から、ここは世界の裏側と言われているそうだ。
「あれ、じゃあなんで俺は普通に戦えたんですか?それに魔力だって全然回復してますし、漏れ出てるって感じもないですけど。」
「あなたはそもそも職というもの自体が完全には適応していないもの。」
「え?」
「あなたが前、寝ている間に一通り調べて分かったことなんだけどね。職そのものが飾りとして機能しているだけで、あなたの体はそもそも魔力の吸収、貯蔵の機能が備わっていたわ。それに戦闘を経て得た体の記憶もしっかりと残っているみたいじゃない?だから普通に戦えたのよ?」
「え、じゃあ進化って、職のことじゃないんですか?」
「ええ、あなたの場合、進化は本当の意味での進化。つまり、人間をやめたのよ!」
・・・・・・大事なことは先に言ってください。この頭空っぽ師匠。
「ちなみに今の声に出てたわよ?」
「知ってます。わざとです。」
はぁ、それにしても、人間やめたか。・・・てかそもそも作られた体だし、厳密に言えば最初から人間やめてないか?
驚愕に事実ともに、俺は正式に人間じゃない何かになったようだった。
『体にダンジョン作った人間じゃない何か、君は俺のことを退屈にさせてはくれないみたいだね。本当にありがたいことだよ。』
・・・・・・それは良かったですね!!!!!




