エルは征く(前編)
叩かれた頭を労わるようにさすった後に問題発言の意図について尋ねる。
「ダンジョンになるって、一体全体どういうことですか?」
「あなた、最近ダンジョンの核を壊したんでしょ?」
「ええ、どうしてそれを?」
「あなたの中にダンジョンの核と同じ魔力を感じるからよ。最近、魔体を使うときに今まで以上に魔力が高まる感覚とかはあったかしら?」
核?なんでそんなものの魔力が俺の中に?
それに、師匠に言われた様な感覚はまだない。むしろ力が足りないのをなんとかしようと試行錯誤していたところだ。
それを素直に伝えると師匠は納得と言った顔をしていた。
「良かったわ。それならまだ大丈夫ね。でもあなたの今の状態は、そうね、食べきれないって程食べた後の胃の中に水の魔法を仕込まれたくらいの、まさに破裂寸前って感じよ。」
「それ、別に食べてなくても破裂するんじゃ・・・すいません先をどうぞ。」
「ええ、賢明な子ね。それで、あなたの体内はまさに起動寸前の魔法を仕込まれたようなものなの。それも辺り一面を湖に変えてしまうほどの魔法をね。通常、人の体はそこまで魔力を許容できない。そういう状態になった時に【職】が進化してその魔力を許容できる状態に変わるくらいじゃないと助かる見込みはないわね。」
「それなら俺はなんでまだ生きているんですか?」
「前衛を務めるような、魔法を主体に使わない人ならあなたのような状態にはまずならない。でもあなたは少々異質じゃない?もともとこの時代の人間じゃないし、体は恐らく作られたもの。だから初めて会った時の魔力が使えない状態だったんじゃないかと思っているの。要するに本来の機能を取り戻す前の睡眠状態のようなものね。」
作られた体だと聞かされて、今の俺は本当に俺なのか心配になってきた。
確かに言われてみれば、俺がこの時代に来た時一緒にあった体は、もともとこの時代に無いものなのだ。それならば何故初めから体が成長した状態だったのか。可能性はいくつかあるが、作られた物というのが一番しっくりくる。
「驚くのは大して意味はないわよ。たとえ作られた物だとしても、ここに居て、あなたの精神が活動しているならそれは間違いなくあなただわ。それに作り物だから今すぐ死ぬの?それであなたは満足なの?」
「・・・それは、違います。」
「でしょう?だからあなたは今まで通りに目的に向かって進みなさい。いずれ答えは出るわ、長く生きているとね、そういう問題は答えの方からのこのこやってくるものだとわかるのよ。」
師匠の言葉は何故か重みがあって、納得させられるものでもあった。
そうだよな、最悪元の時代に戻って俺がもう一人いたら向こうの世界で旅に出てしまえばいいか。
そう考えると途端に気分が楽になった。逸らしていた視線を師匠に戻して、本題に目を向ける。
「わかりました。それで今の状態を解決する手段が、ダンジョン化、ということですね。」
「うむ、やっぱり私の息子は優秀ね!そうなの、そうなのよ!あなたの体は器。そこにあなたの精神と、ダンジョン核の中にあった精神がぎっしぎっしになって一緒に入っている、しかもそれぞれの特性を備えて。あなたが体を動かす機能しか持っていなかったように、ダンジョン核の精神の方は無限に魔力を蓄える性質を兼ね備えているようね。」
「それは、確かに破裂寸前という例えが正解ですね。」
「ええ。今は日々魔力を運用していたようだから蓄える速度を上回っていたけれど、ダンジョン核の特性が徐々にあなたの体に馴染みだして、魔力が少しずつ溢れるようになってきている。敏感な人ならあなたの変化にそろそろ気づいてもおかしくないわね。」
一瞬ターニャの顔が脳裏を過る・・・・・・あの子ならエルさんはエルさんですって言って無視しちゃいそうな気もするな。再会したら違和感はすぐ口にするんだぞって教えないと。
「それじゃ、大体の説明がわかったところで、あなたの中でせっせと自分の機能だけ動かして眠りこけている馬鹿を起こすわよ。あなたの進化でね。」
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そして俺は今、広大な砂漠をひたすら駆けている・・・その背に師匠を乗せて。
「さぁ走って!私はいま【職】の力を使えないわ!よって私は多少魔法の使える淑女よ!あの怪物に殺されたくなければ速く走りなさ―――い!」
「あんた元気なら自分で走れよ!あともう何回も聞いたよそのはなしぃぃぃぃぃぃ!!!」
「ひゃっほー、あんた意外と速いじゃない!」
俺は師匠を背負って広大な砂漠をひたすら駆けている・・・その少し後方に黒い靄に凶悪な顎だけを浮かべた怪物を連れながら。
「なんでこんなことに!!!!」
それを説明するには少し時間を巻き戻さないとね!!!!
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
・
「それで、具体的にはどうやって進化するんですか?俺は経験を積んでいくしかないって聞いたんですけど。」
「そうね、普通の状態ならそれでいいんだけど、ここは世界の法則から外れている場所で、そこに法則から片足外している子がいるわけだから、進化を促すくらいならできるわ。」
そう言って師匠はおもむろに魔力を高めた。俺の魔体なんかよりも遥かに多い魔力は次の瞬間には空に打ちあがって綺麗な火花を散らした。
「今のは・・・・・・ってなんか悪い予感が。」
「ええ!ここには魂を喰らう怪物がいるのよ、言ってなかったわね!それをあなたの訓練に誘っただけよ!」
「え?」
「まずはあなたの精神に死の恐怖をひたすら叩き込むわ!その間にあなたの背中に私が魔法陣を刻むから、痛みに耐えながら私を背負って怪物から逃げ回りなさい!」
信じられないといった顔を浮かべながら師匠を見ていると、俺は近づいてくる凶悪な足音を耳に捉えた。
そして土煙を上げながら迫ってる黒い何かを視界にとらえると、すぐさま師匠を背中に担いで一目散に走り出した。
「ええい、魔力の残量なんて気にしたら負けだ!」
『身体よ、あらん限りの力を与える、我の想像の元に従え』
「あ、あなたは大丈夫だけど、私はこの土地だと魔力が回復しないの。あなたを助けるために魔法を使ったらあなたに魔法陣を刻むための魔力が無くなっちゃうから、頑張って逃げてね?」
「先に言ってくださいですよ、この野郎!」
「はは、私は野郎じゃないわよ!!!」
「わかってて言ってんですよ!!!」
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・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・
ああもう、あいつやばいって。
さっき喰われた右腕が全く動かないって。なにがやばいって食われたはずなのに右腕残ってるし、それなのに壮絶な痛みがあるってことだよ!
師匠が足を腰に廻してつかまってくれているおかげで支える必要がないとはいえ、魔法陣を書くため少し背中から離れているのでいつもより重心が後ろに流れている。
そのせいでとっても走りづらい。えい!
くっそ、剣も通じないなんて、なんて怪物だよ!
というわけで、俺は今必死になって走っている。
師匠の言動のせいでいまいち必死さが薄れるが、俺の頭の中は恐怖でいっぱいだ。ある意味死の近さから言えばダンジョンで戦った時より死が間近だ。
「な、二体目!」
突如として前方の砂が巻き上がり、二体目の怪物が出現した。
「これは、まずいわね!」
「全然まずそうじゃないのはなんでなんですかね!」
「私はほら、空を飛べるから!」
「後で絶対ぶっ飛ばす!」
そんなことを話しながらも、怪物は攻撃を仕掛けてくる。
直角に曲がり、正面からくる二体目の攻撃を躱そうとするも、左肩に噛みつかれてしまう。
「ぐあああああ!!!!」
苦痛に悶える暇なく、後ろから怪物が追い打ちをかけようとするせいで足を止められない。両腕が使えないおかげで走る速度が落ちてしまう。脚力に任せた跳躍に頼らざるを得なくなり、自然と疲労が倍増した。
あっちこっちへと飛んで走ってを繰り返していくうちに、呼吸が完全に乱れ、体力が限界を迎え始める。
「はぁ、はぁ、ししょう、まだっです、かっ!!」
師匠の作業が終わらないことには、次の段階へ進むことが出来ず、この逃避行も終わりを迎えることができない。
「あと、もう、少しで・・・・・・・・・・・・・・・・・・終了!」
「次は!」
短い言葉で次の行動を問いただす。
「強く思い浮かべなさい。あなたの中にいる何かとの道を!あなたの想像する道次第で、あなたとあなたの中の何かの結びつき方が変わるの!あなたに足りないもの、あなたに必要なもの、理想の形を想像して、言葉に乗せて放ちなさい!足止めは私がするわ!」
そういって師匠はさっと地面に降りる。
急に重心のバランスが崩れたせいで地面と熱い抱擁を交わす羽目になった。両腕が使えないせいで碌に受け身も取れず、顔面が砂まみれになる。
顔を横に向けてみれば、師匠が最後の魔力を振り絞って光の鎖で怪物を地面に縫い付けていた。
「長くはもたない!あとはあなたにかかっているのよ!ちゃっちゃと覚悟決めなさい!」
師匠の発破を受けて、俺は己の精神世界へと没入していく。
なりたい自分。
・・・強い人、すべてに対応できる強さを持った最前線をひた走る人になりたい。
足りないもの。
・・・己には剣しかなく、その剣すらも敵わない敵ばかり。足りないのは、俺だけの個性。
必要なもの。
・・・万能の技。遍く敵を下すための自身にとっての切り札。
道。それはもはや道とは思えない、ただ広くまっすぐな、それでいてさまざまな分かれ道と繋がるそんな道。
終着点はなく、俺もおまえもあいつもこいつも全員が同じ道で好きな事をする、そんな道。
「―――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」
繋がった。そう確信した瞬間、一気に魔力が体中を駆け巡る。
さながら濁流の中の一本の若木のように、体を激しく揺らされている感覚。
その中であっても、しっかりと根は張っているかのような安心感。体が作り変えられたそばから最上級の癒しを与えられているような、言い知れぬ違和感と高揚感に包まれて、俺は一瞬意識が飛ぶ。
『ああ、ようやくつながったね。』
『おまえは、だれだ?』
『俺は、もう君かな?』
『それじゃ、呼びにくいな。』
『そうだね、君と繋げてくれた人は意図していなかったみたいだけど、俺は君とこれからも会話ができるようになったことだし。そうだな、それじゃあーエルピスと呼んでくれ。』
『それはおまえの名前か?』
『んー近い、かな?どっちかっていうと俺は君の希望になるわけだろ?とある言語ではエルピスは希望って意味なんだ。君の名前に似てて、なんだか本当に君の分身になったみたいだよ。』
『・・・俺にそういう趣味はないんだが。』
『まったく、冗談に決まっているじゃないか。それより、戦い方はもうわかっているね?』
『ああ、伝わってくる。』
『じゃあ・・・』
『ああ、行こうか。』
視界に色が戻る。周囲の情報が洪水のように頭の中に入っていく。それは今までの、ただ見ている状態とは違い、すべてを知覚するかのような情報の海を飲み干すそんな感覚だった。
だが、俺の脳は一切の悲鳴を上げない。
何故なら、俺の左眼がそのすべてを俺の中の存在に流しているからだ。自分の状態を外から見ることが出来たなら、眼がどんどんと紅く染まっていき、さながら新しい生命の息吹のように、より強くより鮮やかになってるのがわかっただろう。
『さあ、暴れようか。』
「任せろ。」
始めようか、戦いを。




