エルは師匠に驚嘆する
「さすがに私の子供を狙われちゃあ、介入するしかないわよね。」
そう言って師匠は軽く腕を振るい、巻き起こった風が悪魔二人と何故かダリル様と法衣の男まで吹き飛ばした。
「ちょ、なにするんっすか!」
「・・・やめておけ、あの方はそういう人だ。」
「・・・まぁ、そうっすねーー。」
二人の男は師匠を知ったような口ぶりで話す。俺達のところまで飛ばされた二人は前線に上がろうともせずに戦いの行方を見守るつもりのようだ。
「あなたは誰なのかしらねぇ。」
「あたしもそう思ったー。」
「そんなことはどうでもいいのよ!あなた達退く気はあるのかしら?」
一方的に師匠が問いを投げ、悪魔二人は逆に問いが無視されたことに対し青筋を浮かべて、怒気のこもった声を発した。
「無いわねぇ。あの坊やを連れてくるか殺すかしてこいと言われているのよぉ。」
「あたしたちのボスはー、とーーっても怒りやすいんだー。だからーー、あなたそこどいてくれないー?」
「そう。なら、消すしかないわね。」
『舞う風よ、吹き荒れる突風よ。集え、我がもとに、我が創造のもとに。』
師匠はそういうと体と杖に風を纏わせ、一気に駆けだした。
悪魔二人が驚愕の表情を浮かべるほどにその速度は速かった。
師匠がその勢いのまま杖を振りかぶり薙ぎ払う。そうすると同時に風を開放し暴風を巻き起こした。
飛びのきつつ、風を食らった悪魔は、今日初めての傷を体に刻んだ。
「ぶっ殺す!」
ジャジャースは傷を付けられたことに対し憤怒の声を上げた。今度はジャジャースの方から周囲に赤黒い火の玉を浮かべながら師匠との距離を詰め、腕を振るって次々と放つ。
師匠はというと、躱すそぶりも見せずに体に纏っていた風を広げてさながら防壁ともいえる緑色の風結界を形成。必殺の一撃とも呼べる火球すべてを悉く防いでいる。
ジャジャースの後に続いて、青い悪魔は拳大の氷塊を、数えるのも億劫になるほどの量で飛ばしてきた。師匠の防壁は絶え間ない攻撃によって正面の厚みが削られた様で、ジャジャースがひと際魔力を込めた火球を放つとそれから逃れるように風の防壁を解き横方向へ飛びのいた。
風の防壁がなくなったことで地面へと直撃した大量の氷塊に火球が着弾。一瞬で蒸発した氷が水蒸気となって爆ぜる。
その爆風を気にした様子もなく再度風を体にまとった師匠は反撃に移る。相変わらず数個の火球を浮かべながら接近してくるジャジャースに向けてはじめの時と同じように杖を振るう。ジャジャースは二度も同じ手は食わないというように暴風を火球で相殺しようと二発同時に放つが、師匠の杖が起こしたのは斬撃だった。
風の刃。ただ荒れ狂う暴風に一定の方向、一定の幅を持たせることで生まれた鋭き刃は可視化されるほどに魔力が込められそのすべてが風の属性を表す淡い緑色で染められていた。
放たれた刃は二つの脆い火球をあっさりと両断し、ジャジャースが防御のために交差させた両腕に深く爪痕を刻んだ。
「くっ!やれジュージュ!」
自身の傷を無視して呼びかける声で、俺達は青い悪魔がジュージュという名なのだと知る。名を呼ばれたジュージュはいつの間にやら師匠に接近しており、杖を振り切り風を纏っていない無防備なその体に氷塊を纏った拳を振る。
師匠は動揺することもなく、右薙ぎを放ったばかりの腕、その脇の下から左手を突き出し、その拳を受け止め、浸食しようとするその氷を大量の熱量を伴った爆撃でジュージュごと吹き飛ばした。
「ぐわああああ!」
先程までとは打って変わって苦悶の叫びを上げながら数メートル吹き飛ばされたジュージュは無様に地面に一度打ち付けられるもすぐに体勢を整え師匠を睨みつける。
「やる、どころじゃないわねぇ。」
「これほどまでの威力、しかも二属性も。なんか戦うの嫌になってきたー。」
「ふふふ、私はそう簡単に倒せない、いわばラスボスなのよ!」
悪魔二人の会話に入り込み、訳の分からないことを言う師匠はまったくもって余裕の表情。
対して悪魔二人も傷こそ負っているものの、そのすべてがすでにほぼ治りかけであり、一番深い傷を腕に負ったジャジャースでさせ、既に血は止まり傷も再生しかけている状態。驚異的な再生力は体力にも適応されるのかかなりの運動量のはずだが息を切らせる様子もない。
そして目線を合わせる二人は頷きあい、同時に膨大な量の魔力を開放した。
「この姿は本気を出していいって言われた時かその必要がある時以外晒さないように言われているのよぉ。あなたのことを本気で叩き潰すって決めたのぉ。光栄におもってねぇ。」
「その通りーーー。一瞬で、ぶっ殺す。」
そう言う二人の姿は迸る魔力が属性を帯び、それをオーラとして纏っていた。ジャジャースは赤黒い炎を、ジュージュは凍てつく冷気を思わせる青白い霜の様なものをそれぞれ四肢にひと際多く纏っている。
そして駆けだした速度は以前までの速度とは一線を画し、瞬く間に師匠との距離を詰めると、二人同時に流れるような超速連携で持って無数の打撃を繰り出し始めた。
次々と致死の一撃を繰り出す二人に挟まれてなお、師匠は余裕の態度を崩さずにそのすべてを防ぎ切った。振るった拳から炎が噴き出してもそれをすぐさま氷塊でもって消し去り、放たれた蹴りから噴き出す冷気は師匠にだけ通じていないかのように衣服すら凍らせることもできず、余波を浴びた地面を凍てつかせるだけに留まった。
繰り返される技と技の応酬はその余波だけで観戦者たる俺達の命を奪いかねない威力を伴っていた。
今生きていられるのは結界を張りその結界を強化するように風の結界を内側に張った二人の強者によるところが大きい。
だがその二人もこの危険地帯から逃げることは出来ないようで、今も必死に俺達を守るため結界に力を注いでいる。
それにしても師匠の対応力は凄まじい。風の鎧で全体的な防御力を上げ、二人の弱点となる属性をそれぞれ使い分けている。それもすべての攻撃に対して的確にだ。三属性の魔法を同時に扱っているにも関わらず、その制御は乱れることを知らない。
焦れた悪魔二人は突然間合いを開けると特大の火球と氷塊を生成し師匠に放った。近距離からそんなものをぶつければ魔法の発動者にも余波でかなりのダメージは入るはずだが悪魔二人の耐久力は以上だ。ある意味ではこの戦法が理にかなっているのかもしれない。
そしてそれが直撃した師匠はやはり、無傷で立っていた。
―――その手に煌々と燃える炎を吹き上げる盾と、氷の刀身を持った一振りの剣を携えながら。
「さあ、本番といきましょうか。」
「ええ、こちらもそのつもりよぉ。」
「まだまだいけるからねーーー!!!」
こうして戦闘は激しさを増す。
『ズバン!!』
ジャジャースの吹き上げる炎が更に勢いを増し、角が伸び枝分かれしより凶悪な見た目となり、腕が肥大化する。露出した肌は黒い血管が浮き上がり心臓の鼓動とは別の不規則なリズムを刻んでいる。
そしてその隣ではジュージュの纏う冷気がやはり激しさを増し、四肢を覆う体毛が白く染まった。特に両足は極細の氷柱を幾本も携える。
二人は互いに合わせる仕草もせずに同時に飛び出し、ジャジャースは拳の届かない距離で腕を振るい、ジュージュは師匠を飛び越え地面に踵を打ち付け、氷柱の津波を生み出し、俺達を狙った。
「えっ!!!」
本気宣言からまさか他者に攻撃を仕掛けると思っていなかった師匠は間の抜けた声を漏らす。
ジャジャースが繰り出した拳はその拳そのものを肥大化させた様な炎の塊を生み出し、振るった腕の速度以上の速さで師匠に飛来した。
「任せたわよ!!!」
「おう!」
「はいっす!」
師匠が俺達を守る二人に声を掛けそれに答えたのと、二つの攻撃がそれぞれの目標にぶち当たるのはほぼ同時だった。
俺達の視界を白に染めた氷柱の津波は、ダリル様の放った風の竜巻を纏った突きと法衣の男が放った極大の光の柱によって、俺達の前だけ開けた状態となっていた。
「なんつう威力してやがる。俺達の攻撃でも完全に防げないとは。」
「これは、結構くるっすね。」
そう言った二人の体には数本の氷柱が深々と刺さっている。痛みを堪えるように立つ二人に向かってジュ―ジュが駆けだす。奇しくも二人が作り出した、氷柱に囲まれた一本道を使って。
『ゴゴゴウ!!!』
誰もが一瞬諦めかけた時、轟音を伴った火炎放射がジュージュの後ろから迫る。
後ろを危機を察して振り返ったジュージュは、瞬時に足に纏う冷気の勢いを最大に引き上げ炎に向けて振るった。生み出された極大の吹雪は炎と相殺し美しい氷の粒を舞わせた。
消えた炎の奥に居たのはこちらを向いて盾を構えた師匠と氷柱と化したジャジャースであった。
「―――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」
声にならない叫びを上げて踵を返し師匠へと駆けだすジュージュ。
それを迎えるために走り出した師匠。
ジュージュが師匠と激突する寸前に大きく一歩踏み込み、反対の足で渾身の蹴りを放つ。
それを若干威力の衰えた炎の盾で受けると、強い衝撃波を生み出し周囲の地面がひび割れる。
強い衝撃に比べ、冷気が迸る様子はない、そう思った瞬間に変化が起きる。
炎を猛々しく吹き上げていた盾は、瞬時にその炎を冷気に変えた。そこにあるだけで全てを凍てつかせてしまうと錯覚させるその冷気は、あたかも対面のジュージュの冷気を凝縮したかのようだった。
そして変化はそれだけではなかったのだ。
反対の手に持つ氷の刃が、その刀身の内から爆ぜるように吹き上がった炎に姿を塗り替えられたのだ。
猛々しくも神々しくもある緋色の炎は大剣となり、その刀身からはやはり炎を噴き上がらせていた。
即座に蹴り足を引いたジュージュは体重を乗せていた軸足で地面を強く踏みしめた。とたんに外に向かって開いていく花弁のように、放射状に広がる氷柱群が生まれる。
それを大剣の一薙ぎで水蒸気に変えると、師匠は大きく一歩踏み込む。内から外に振るわれた大剣を、巻き戻すかのように外から内へと同じ軌道を通らせ切り返す。
それを大剣の間合いギリギリで避けたジュージュは、自身の前を通り過ぎていく大剣を蹴り上げ燃え盛る刀身を一時的に凍り付かせる。
内側からかかる圧力によって大剣の表層を覆う氷の膜にヒビが入るが、わずかにできたその隙をついてジュージュは振り上げた足を今度は振り下ろし俺達に向けたような氷柱の波を生み出すと同時に、振り下ろした足を軸にして廻し蹴りを放った。
氷柱の波が、廻し蹴りで発生した吹雪のような冷気によって強化され、鋭さと勢いを増す。
それを師匠は盾で正面から受けた。さすがに炎と違い質量が乗った一撃は重たいのか10数メートルは後退させられる。
その隙にジュージュはジャジャースがすっぽりと収まった氷柱を足で叩き割り救い出す。
「おとなしくあたしの中で寝ててーー。」
落ち着きを取り戻し間延びした話し方に戻ったジュージュは蛙のように両足の間に両手を入れて地面につけると魔力を振り絞って巨大な氷壁を作った。厚さはこちらからはわからないが、大きさは俺達のすぐ後ろにある砦と同等を誇っている。
「目標は絶対確保ー。」
そう言ってこちらに振り返ったジュージュを警戒して、ダリル様と法衣の男は俺をかばう立ち位置に移動しようとするも、一瞬のうちにジュージュが二人の間に現れそれぞれに掌を向けていた。
遅れて攻撃が来ると理解した二人だったが、魔力の消耗と氷柱によるダメージでキレのある動きができず、発生した局所的な吹雪によって吹き飛ばされる。俺が剣を抜き、ターニャとエルサさんが一歩踏み出すよりも早くジュージュは俺を捕まえて一つの魔法を発動した。
それは半径2メートルほどの魔法陣でどす黒い色をしていた。得体のしれない恐怖に体が自然と強張るが、凄まじい力で抱えられていて身動き一つできない。
「あたしはー疲れたからかえるー。そんじゃねーーー。」
この魔法陣が転移の為のものだと理解するも今の俺は何もできない。
諦めてターニャとエルサさんに来るなと叫ぼうとしたその時に、不意に声がかけられた。
「あら、転移もできるの?私も連れてってくれないかしら?」
首だけを動かして上をなんとか見てみれば、師匠がジュージュの首に腕を回して飛びついたところだった。
そしてその瞬間魔法陣が明滅をやめ、黒い光の奔流が吹き上がる。
咄嗟に目を庇ったターニャとエルサさんが慌てて視界を確保すると、そこにはもう、俺と師匠とジュージュの姿は跡形もなく、ただおびただしい戦闘の爪痕があるだけだった。




