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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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誇り高き騎士令嬢



「それで坊ちゃん。今日はどこに行くんですかい?」

「色々とな。まぁとにかく、今日は荷物が多くなりそうだから荷物持ちを頼む」


 荷物持ちという言葉を聞いて、うへぇと顔をしかめるクレイ。

 昼下がりの王都の市民で賑わう区画に二人はいた。

 今日は珍しくアーシェスではなくクレイと連れだって歩いている。

 クレイに言ったとおり、今日は色々とかさばる物や重い物を買いに行くため、荷物持ちが必要になったのだ。


 その旨をアーシェスに伝えると、やはり他の人間と一緒に連れ立って行くのは抵抗があるみたいで、今日は部屋に籠るそうだ。


 昨日のことをどうするべきかは、まだ決まっていない。

 どれだけ考えても具体的な方法が思い浮かばず、結局は後回しにせざるを得ない状況だった。

 ただ一つ出来ることは、警戒を厳にすることくらいなものだ。


 今こうしてある程度平静に街に繰り出せているのは、帰宅後に顔が青いことにアーシェスが気付き、あの時の夜と同じような事が起こったからでは断じてない。


 などと昨夜の事を思い出しながら、人ごみに流されるように移動していた時の事。



「貴様! 平民の分際で僕の事を笑ったな!」



 混雑し、騒がしい人ごみの中でも一層高い声が響く。

 人ごみの間からかろうじて覗き見れば、少しだけ太り気味の少年が怒り心頭といった様子でまだ幼い少女に詰め寄る。

 どこかで見たような顔だったが思い出せない。が、もしかしたら昨日のパーティーの出席者かもしれない。


「決してそんなことはございません! この子はただ、私との会話の中で笑ったにすぎません!」

「ふざけるな! そのような言い訳が通ると思っているのか! 僕をバカにするな!!」


 その間に膝立ちになり、必死で母親が謝罪しているが、聞く耳をもたない。

 母親の言い分を信じるのなら、言いがかりに等しいが、そもそもその程度で腹を立てる辺り度量が知れるというものだろう。


「この時期はやはり貴族の方々が初めて子供を王都に連れてくる時期でもありますから、ある意味では、この時期限定の名物でもありますね。まぁからまれた庶民にとっては迷惑この上ないですが」


 クレイの言う通りなのだろう。

 他の者たちは気の毒そうに見てはいるものの、どこか慣れからくる諦観に包まれていた。


「申し訳ございません! この子にはよく言って聞かせますから、どうかご容赦の程を……!」


 それでも母親が娘を庇いながらも頭を下げ、懇願する。

 しかし無慈悲にも貴族の少年が顎でしゃくり、三人いる護衛のうちの一人が剣に手をかけ前へ出た。


 これはさすがに止めるべきか。


 侯爵家の立場を使えば言う事を聞かせる事くらいは出来るだろう。不用意に敵を作るような真似は避けるつもりだったが……。



「その辺りでやめておけ!」



 その時、諦観に包まれた空間を切り裂くような鋭い声。

 そこにいた全員が、声のした方に顔を向ける。


「私はリヴィア。誇り高き騎士、バルトルートに連なる者だ。それ以上するつもりなら私が相手になるぞ、この痴れ者め!」


 まだ幼いながらも意志の強そうな、気品のある顔立ちをしている。その身に纏う空気は凛冽。そして誇り高い風格を漂わせている少女だった。

 透きぬけるような蒼天の瞳に、その気性を表すかのように一切の淀みなく流れるような癖毛の一切ない豪奢な金髪を後ろで一つに括ったポニーテール。


 見たところ同じ貴族の子女なのだろうが、貴族同士がこうも正面からぶつかるのは珍しい。


「女ごときが、この俺に盾突く気か!」


「私の性別など関係ない! 何より、貴様のような痴れ者相手に引き下がる理由などありはしない!!」


 その恫喝にも一切臆することなく真っ向から立ち向かう。


 それはとても勇ましくもあり、そして――


「……バカだな、バカがいる」

「……ですね。いやはやホントに凄い」


 その勇ましい啖呵も考え方も好ましいものではあるが、なにより状況を理解してほしいとでも言うべきか。


 護衛の一人も連れず、護衛を三人も連れた相手に啖呵を切っている。

 ある意味自分も同種ではあるが、勝てるように状況を整えるよう努力する辺り、同種とは思われたくない。それにしたってやり方というものがあるだろう。


 火に油を注いでいるのは真っ赤になっていくお坊ちゃんの顔でよく分かる。

 さすがに貴族間の刃傷沙汰はマズい筈なのだが、今のお坊ちゃんのそこまでの配慮ができるかといえばどうにも怪しい。


「……しょうがない。お前が出て、さっさと片付けるってできるか? 奇襲かければ楽勝だろ?」


 というより、どこかで聞いたような少女なのだ。

 それもつい最近。

 目を掛けるのは学校で、という話の意味だったとは思うのだが、ここで見逃して何かあっても寝覚めが悪い。


「勘弁してくださいよ、めんどくさい。坊ちゃんこそ、それなりに強いですから相手をしてあげたらどうです?」

「おいおい、それこそ面倒だろ。それに、俺に万が一があったらどうする。お前が不意打ちして取り巻きを片付ければ、あとは尻尾巻いて逃げても問題ないし、そもそもお前、護衛だろ」

「日頃護衛をほっぽって出て行く人のセリフとは思えませんな」

「うぐっ」


 どうせあのお坊ちゃん一人じゃ戦えないだろう。

 そもそもクレイや仲間達はともかく、他の人間に強さを喧伝するつもりはない。それなりの、どこにでもいる程度の凡愚だと思わせておいたほうが、将来的に役に立つのだから。

 なんて事をクレイと話している間に増々ヒートアップしたようで、いつ刃傷沙汰になってもおかしくない、一触即発の空気が流れる。


 不用意に誰かと敵対するつもりもないのだが、これ以上はまずいだろう。


「……仕方ない。俺が注意を引くから、お前はさっさとあの母娘を逃がしとけ」

「へいへい、どうにも坊ちゃんは、お館様の血を引いているとは思えませんな」


 あの女の子も、伊達や酔狂であんな格好をしていないとすればそれなりに強いのだろうが、相手は容赦なく護衛を使って三人でとり囲む気のようだから不利だろう。


「反面教師って言葉を知らないのか? 本人は気付いてないんだろうが、他の人間から見たら絶対にああはなりたくないと思える最高の見本だぞ?」


「っぷ、くくっ! はははははは! だから坊ちゃんの傍付きはやめられない。それにしても段々と人が悪くなってきましたね。一体誰の影響を受けたんだか」


「どう考えてもお前のせいだよ」


 やれやれと嘆く素振りを見せる目の前の不良騎士だが、少なからぬ影響を及ぼしているのは間違いない。

 シエラを助けた時から、外を出る際には必ずマントを着て行くようにしていて良かったと、今本当に心から思う。


 そして、今からやらなければならないことへの溜め息一つ。

 何せ即座に注意を自分に引きつけ、ある意味穏便に事を運ぶなんて方法、咄嗟には一つしか思い浮かばないのだから。

 時間があれば別の方法があったのかもしれないが、それを言った所で仕方がないだろう。

 クレイが離れたのを確認し、覚悟を決め、注意を引くために大声をあげた。



「おお、ジュリエット、どうして君はジュリエットなんだ!」



 突如修羅場に現れたキチガイな闖入者に、この場にいる誰もがポカンとした表情。


 バカ丸出しで恥ずかしいことこの上ないが、どうせフードを被っているのだから顔が割れる心配はない。本当に、背の低い子供で良かった。


 クレイは笑い声こそ出してないものの、こんな状況でなければ間違いなく腹を抱えて笑い転げていただろう。


 一瞬だけ視線をやれば今も母娘に逃げるように促しながらも、ニヤニヤと口元が盛大に笑みの形を作っている。


「ああ、やはり貴女は今日も麗しい!」


「な、なんだ貴様は!」


 そうやって周囲の注意を引きつけながらも、自然な足取りで少女の傍まで歩み寄る。


 大きいな。


 自分とそう変わらない年齢だと思っていたが、頭一つ分程は背が高い。


 この時期の男女の身長は確かに、女子の方が背は伸びるのは早いが、しかしこれ程の差というのも少し珍しい気がする。今でさえ恐らく百五十程はあるだろうか。


「私めはしがない恋の奴隷、どうか貴女の前で跪かせて頂きたい」


 大仰な身振り手振りで注意を引き、不自然ではない程度にクレイ達の方を確認したが、もはやその姿は見えなかった。


「母娘は逃した。俺たちも逃げるぞ」


 近くにいるリヴィアと名乗った少女にだけ聞こえる声で告げる。


「ふざけるな! あの痴れ者共を成敗しなければ私の気が済まない!」


 だが、それもすぐに無駄になった。


「いいから行くぞ!」


 更に小声で逃亡を促してリヴィアの手を引くが、頑として動く気配がない。

 もはや本末転倒だが、本人にその自覚はないのだろう。


「いいか、もうあの母娘は逃がした。だったら、ここで戦う理由なんてないはずだ」

「言ったはずだ。私はあの痴れ者共を成敗すると!」

「…………あの母娘を逃がしたのは俺の手の者だ。あの二人に乱暴されたくなければ、大人しくここは退け」


 ここで戦力差を説いても、効果が見込めそうにないのだからしょうがないだろう。どうせ正体を明かすつもりもない。


「なっ!? 貴様もか、卑怯者め!」

「ああ、もうそれでいいから付いてこい」


 抵抗される可能性も考えて強めに手を引っ張れば、しかし今度は大人しく付いてくる。

 巻き込まれてはゴメンだと、人波はモーゼの十戒の如くに割れた。


「逃がすと思うか! お前たちアイツを殺せえ!!」


 背後から聞こえてくる怒鳴り声。

 お坊ちゃんの方は怒りのまま後先考えず叫んではいるが、さすがに護衛達はこの事態に対してある程度は冷静のようだ。


 リヴィアの名乗りで貴族だと気付いている。

 相手側が仕掛けてきたのなら仕方なく応戦した、という形がとれるが、そうでなければ戦った後がマズイ事になる。


 いくら貴族といえども、貴族を殺すにはよほど正当な理由が必要だからだ。

 その辺りの損得勘定が出来ているのだろう。

 指示通り形だけ追ってきてはいるが、どう見ても本気ではなかったから、路地裏に逃げ込めばすぐに諦めた。





 念の為にしばらくは走り続け、追手が確実に途切れたことを確認してから足を止める。

 それなりの速度と距離を走ったにもかかわらず、少女はあまり呼吸が乱れていない。やはり相当な訓練を積んできているのだろう。

 が、訓練と言うならもっと別種の、頭を遣う訓練も積んでおいてほしかった。


「て言うかバカか、お前。あんなやり方じゃ問題ありすぎだろ」


「なっ!? 馬鹿とは何だ、馬鹿とは! 貴様、誇り高き騎士である私を愚弄するか!!」


「ああ、うん。そうですね、ごめんなさい」


 人質にとられたらどうするつもりか、とか色々言おうと思ってたけど、なんと言うかもう真面目に相手するのも面倒になってきた。


「そもそもいつまでフードを被っている。貴様も男ならば堂々と顔をさらけ出せ!」


「いや、俺超恥ずかしがり屋だから」


「ふざけるな! 男子たるもの、常に堂々と在るべきだ!」


「実は女だったり」


「嘘をつけ。確かに小柄だし、声もそれなりに高いが貴様の手、あれは修練を積んできた者の手だ。女であそこまで固い者はそういまい」


 手を引っ張って行ったときに気付いたのだろう。

 この辺り油断したが、意外と鋭いな。

 面倒な事に首を突っ込んだと舌打ちしそうになるものの、しかしこの相手なら簡単にとぼける事もできるだろう。


「いや、それ、自分もそうだろ? だったらこのくらい、別におかしいことじゃない」


「……む、いや、そうなのか?」


「そうそう、意外と戦う女の子ってのは、この業界じゃ需要があるんだよ」


「…………ぎょう、かい?」


 根が素直なのだろう。

 聞き慣れない言葉にきょとんとした表情を浮かべる。

 この様子なら、煙に巻かれたことも気付けていないはずだ。


「さて、と。元来た道を覚えているな?」

「む? ああ、それなら問題はない」

「だったらさっさと帰って大人しくしてろ」

「貴様はどこに行くのだ?」


「俺も帰るんだよ。はぐれたツレと合流しなきゃならないし、今日はあまりうろつかない方がよさそうだしな」

「そうか、ではその前に、貴様の顔を見せて名を名乗れ」

「…………それじゃお元気で」

「なっ!?」


 イザークはそう告げるや否や走りだす。

 少し遅れてリヴィアも走りだすが、速度的にはほんの僅かに此方が上。

 この辺は、鍛えた方向性の差が出たのだろう。

 それでも何が何でも執念で喰らいついてやると言う気概を見せてはいるが、イザークが三メートル程の家の壁をあっさり上って屋根の上を駆け去るのを見て、待て、貴様ぁー! という叫び声一つ。ようやくそこで追跡を断念した。





アーシェスと並ぶヒロイン・・・の予定。

性格は決まっていたんですが、全キャラで一番見た目に関して時間をかけた挙句、なぜか何の捻りもない直球ど真ん中の王道になっちゃいました。


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バルトルート候の話出さないんだな
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