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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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王家と剣聖



 ファンファーレの後に入場してきたのは五十になる王と四十程の妃。それに第一王子と第二王子の四人。

 この国は姫も数人いるものの、既に国外の王族や有力貴族の元に嫁いでいるか、まだ幼くてこういった席には出られないかのどちらかだ。


 彼らが揃って一際高い玉座へと向かうのを、貴族達は見守る。

 そして玉座とその周辺に座ったのを見て、続々と王の傍へと歩み寄った。


 見た限り国王からは王様らしい威厳などは感じられず、どこか凡庸な印象を抱かせる。


 実際、前王の地盤を引き継ぎ、安定はしていても発展はしない政治を行っていた。

 この王の功績らしい功績は、イザークが生まれる前に起こった飢饉での堅実な対応で犠牲者の数をそれなりに減らした事くらいだった。

 だからこそ愚王ではなく、しかし賢王でもない。王と呼ぶにはあまりにも中途半端な立場の人間だった。


 王妃に関しても、特に噂を聞かない。

 こうして見ても、せいぜい四十とは思えないほどに美人ではあるが、その程度の感想しか湧かなかった。


 そして第一王子はそろそろ二十五になろうという年齢。

 二家ある公爵家の内の一家の支持を得、一応父親であるライルが支持する派閥のトップでもあるが、だらしなく肥え太った見かけ同様に頼りない印象を受ける。


 血筋に胡坐をかいてきたのだろう。

 女と美酒美食を宛がえば政治には興味ないのかもしれない。

 見る限り、片方の公爵にいいように操られていると言うのは本当のようだった。


 最後に入って来たのは十五歳の第二王子。

 こちらも残るもう片方の公爵家から支持を得ている。

 第一王子と同じように女癖は悪いが、しかし簡単に言いなりになるような人間ではなく、そして様々な分野で才能を発揮していると聞く。


 目立った素養はないながらも継承権一位の第一王子か、幼い頃は多少の奇行もみられたが今では安定した優秀さを誇る第二王子か、それとも中立を貫くかの三つの派閥に分かれているようだ。


 噂通りならこのまま無難に第一王子が王位についてくれれば楽そうではあるが、第二王子とやらが野心を抱いているかどうか。

 また、第一王子と比べて優秀なのか、それとも平均的な子供と比べて優秀なのかで勝手が違ってくる。


 そういう点では今すぐにでも見極めたいが、いくら侯爵家とは言え所詮は子供。 何らかの理由でもないと安易には近づけないだろう。

 今は公爵家の人間が挨拶の為に王の許へと寄り、そのまま王子にも挨拶しているが、それは臣下を代表しての事。


 侯爵位の者でさえ近づけていないのだから、すぐに接近するのは無理そうだった。

 第一王子を支持している公爵は、やはりだらしのない体型に、しかし腹に一物も二物も含んでいそうな狡猾そうな顔立ちだった。

 そして続く、今回のパーティーで探していたが見当たらなかったもう片方の公爵が壇上に上がる。


「――――ぇぁ?」


 その時、自分の喉が変な風に鳴った事にさえ気付けなかった。

 精神的な備えが出来ていればまた結果は違ったのかもしれないが、知っていたとしても、耐えられる自信が少しも湧かないからどこまで耐えられるかは分からない。


 その光景自体に、おかしい所など何もない。


 公爵家の二人が王家の者へ挨拶に行き、その公爵家の内一人に女たちは熱視線を送る。


 もう一人の公爵は先程とは逆。


 歩く姿は淡々と、そして一切ぶれることなく真っ直ぐに。


 まるでただそれだけのために作られた機械を連想させる。


 男性とは斯く在るべし、それを体現しているかのような美男子と言ってもいい顔立ちに、均整のとれた体躯。


 しかし、顔にまで走る複数の傷跡がそれを台無しにしている。


 女たちはそれでもあまり気にならないようだが。


 だが、女たちは、アレを感じないのか。


 王国最強とさえ呼ばれた武勇も、王位に次ぐ爵位もある。


 どこか病的な雰囲気だが、確かに美男子であろう。

 もしかしたら、最高の物件だとでも思っているのかもしれない。


 だが、アレは違う。


 人としてのナニカが致命的なまでにズレている。


 だと言うのになぜ、アレに対してあそこまでアプローチしようと思えるのだ。


 その鋭い眼光と、しかしどこか虚無な瞳。

 それはまるで底なし沼のような、どこまでも深みに嵌まってしまいそうになるような錯覚さえ覚える。


 近づきたくない。


 その視界に収まってすらいたくない。


 殺し合いの場を何百倍にも凝縮したような、血と悲哀と慟哭と絶望をごちゃ混ぜにしたかのような雰囲気を身に纏っているのが分かる。


 恐らくは、それすら彼にとって飛瀑の一滴。


 もし何の精神的備えがない状態で彼の全力の殺気を受けたのなら、それだけで心臓が停止してもおかしくはないだろう。

 今はそんな状況でもないために、相手の心はさざ波一つ立たない程に凪いでいるはず。だからこそ、この程度で助かっている。


 あれはもう、総てが完成し、完結し、そして終わっている。


「――ぅん!」


 今すぐにでもこの場から逃げ去りたい一心を必死で抑え込み、口までせり上がって来た嘔吐感を口元で辛うじて止め、呑み下す。

 ここと比べて高目のあの場所からだと、この会場全体を見渡せるだろう。

 今ここで下手に動けば、それは気付いた事を相手にも気付かせてしまう事になる。そんな形で注意など引きたくもなかった。


 今のように距離をとり、人混みに埋もれていれば大丈夫なはずだ。

 子供で良かったと、今この時ほど思った事はない。

 目の前の太った貴族の背中に隠れ、落ち着くまでは彼の視界に入らないようにする。


「――っ、はあ、はあ」


 ゆっくりと、静かに深呼吸して心を落ち着かせる。

 事前準備の段階では、最も彼の事を調べ上げた。

 彼の名前はロザン=ダマカリス=リヴィン。

 若くして公爵位を継ぎ、大小合わせて数十の戦場で生き残り続けた。

 この国の国民は勿論、他国にまで名を轟かせる人間。たとえ全ての味方を失い、戦場でたった一人になろうと生き残ったと言われる彼を、畏怖と敬意を込めてこう呼ぶ。



 剣聖、と。



 その経歴を、どこかで嘘臭いと思っていた。

 プロパガンダでよくある手法なのだから。

 だが、直接見て、分かった。分かってしまった。

 戦場に立ったわけでも、練習風景を見たわけでも、まして単純に近づいたわけでもない。


 だと言うのに、感じてしまった。


 少しだけ落ち着きを取り戻し、周囲を良く見れば自分だけじゃない。

 ジェラルドを始めとする数人は、まるで己の身を護るかのように腕を固く組んでいる。その様から、どれほど緊張しているのが分かる。


 強く固めたような体で可能な限り彼から離れ、他の数人は帰って行った。


 ああ、これで分かった。


 きっと、本当の意味で命のやりとりを経験した者だけが分かる。いや、分かってしまうのだ。


 彼我の絶対的な差を。


 相手が、どうしようもないほどに化け物だと言う事を。


 それは、戦いにおいて重要な素質なのかもしれないが、今この場においてその素質を持っている事は最悪でしかない。

 ジェラルドのような人間が残っているのは貴族としての務めからか、それとも別の理由からか。

 多少の慣れもあるのかもしれない。内心は穏やかでないのだろうが、平静を装えるだけの精神力はかなりのものだろう。


 今ここで襲われる事ないと分かっていても、まるで裸で腹をすかせたライオンの前に放り出されたような気分にさせられるのだ。



「今日ここに集ってくれた事を感謝する。皆の壮健な顔を見られて良かった。我が王国の更なる発展を願い乾杯!」



「「「乾杯!!」」」



 当然ながら此方の気分など一切省みることなく、王に倣い、貴族達もグラスを掲げて高らかに謳う。

 グラスを打ち合うようなことはしなかったが、グラスに口をつけ、そして散っていく。


 その中に紛れ、すぐに会場を出た。


 始めは早足で、そして人気がなくなるや否や駆け足に変わり、トイレの個室に籠って堪えていたものを即座にもどす。



「――うェ……カハッ! …………っ、はあはあっ」



 しばらくの間、そのままトイレでえづいて落ち着くまで待つ。


 なんだあれは。あの化け物は。


 ありえないありえないありえない。


 叫び出したくなるのを我慢し、ただ心中で喚き散らす。


 アレと直接戦うわけにはいかない。

 或いは数年後、全員が心身共に万全の態勢で、一人に対して全員で掛かればまだ勝てるのかもしれないが、それにしたってかなりの犠牲は出るだろう。


 考えがまとまらないまま時間ばかりが経つが、しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。


 このまま三十分近く経って、ようやく覚悟を決める。


 重い足取りを引きずるように、再び大ホールへと足を向けた。

 注意深く辺りを見渡し、可能な限り視界に入ることさえ避ける。

 そう思って、しかし面と向かい合っても平静を保てるようにと最大の覚悟を決めてきたというのに見当たらない。

 見落としたのか、と思う自分もいるが、やはりどこか拍子抜けしてしまっている。


 もしかしたら帰ったのかもしれない。

 それならそれで助かる。少なくとも、今の自分ではやはり動揺を隠しきれはしなかっただろうから。


「探したぞ! どこに行っておった!」


 そうしてほっと一息ついた時、ライルが必死な表情を隠すくとなく早足で駆け寄り、叱ってくる。

 声はそれなりに抑えられていたが、それでも近くの人には聞こえるほどの声だったから、この場において不用意な行動であり、あまりにもらしくない。


「少しお手洗いに。それより何か用事でも……?」


「第二王子がお呼びだ。すぐに行くぞ!」


「……は?」


 あまりにも予想外で、一瞬理解が遅れた。


 マズイ。


 先程の動揺もまだ完全に収まっていないというのに、よりにもよってなんでこのタイミングで第二王子は俺に用があるのだ。


 全くの想定外。


 侯爵家の嫡男という事は、将来的にそれなりの影響力を持っていよう。だが、いくらなんでも王子が気に留めるようなことだろうか。

 ましてこの家は敵対派閥である第一王子派のはず。

 それとも勘違いしていただけで、実は第二王子を支持する派閥だとでも言うのか。


「ち、父上は王子と面識は?」

「昨年に、一度だけある。だが、良く解らん話をしただけで終わった」

「…………」


 それに関係するのか?

 派閥が違っても、敵対派閥の人間と話す事自体はおかしい事ではない。

 一番大きな形としてはやはり、貴族が形成する派閥ではなく国という括りであり、名目上とは言え味方なのだ。

 王を頂点とし、その下に貴族や平民がいる。であれば、それがたとえ敵対派閥の貴族や王子だとしても表だって争うような真似はしない。


 たとえ内心がそうでなくても、国という括りが形骸化していようと、王家には従うのが貴族だからだ。

 第一王子の打倒を胸に秘め、それなりに戦局を左右し得る侯爵家の嫡男である自分を抱き込もうとでもいうのだろうか。

 不自然にならない範囲で可能な限り、最大限遅らせた歩みでも距離は縮まる。もはや、これ以上考える時間など与えられず、第二王子の前までたどり着いた。


「やあ、はじめまして。君がイザーク君かな? 僕はヴェルナス。知っての通り、この国の第二王子だ」

「はっ、私はライルの息子、イザークでございます。この度は拝謁の栄を賜り、恐悦至極にございます」


 ヴェルナスの前へ出て、片膝をつき、俯いたまま挨拶をする。


「そう緊張しなくても良いよ。もっとも、するなと言っても無理があるかな?」

「いえ、そう言っていただけるだけでも大分楽になります」


 嘘ではない。しかし、あまり身分を気にしないこの柔軟な対応だけでも、第一王子のような人間よりは優秀であり、即ち面倒だと言う事が確定したが。


「実はちょっと君に聞きたいことがあってね」

「……聞きたいことですか?」


 正直、こんな十歳児を捕まえて何を聞こうと言うのか。

 他人に知られてはマズイ密談ならこんな場所でするはずがない。

 では世間話なのかというと、わざわざ自分を呼ぶものだろうか?

 それとも、自分が知らないだけで初登城の幼い、しかしそれなりに位の高い貴族とは将来を見据えて面識でも持つものなのか。


「ベルトラン殿は君の領地の出身で間違いないかい?」

「……え? ええ。確かに大商人ベルトランでお間違いなければ、彼は父の、そして私の領地の出身ですが……」


 ベルトランに用でもあるのか? いや、それ以前に自分とベルトランが繋がっていることなど知られていない筈だ。

 そもそも、イザークを通さずとも直接ベルトランを呼べばいいだけの話だ。王家の要請を、一商人が断れるはずもないのだから。

 他に案が出そうにない今は、これ以上考えても無駄か。

 どうにも掌の上で踊らされているような嫌な予感があるが、今はヴェルナスのアクション待ちしかない。


「二年前に直接会ったけど、彼は素晴らしい商人だね。この国の発展には、彼のような人材が欠かせない」

「ええ、私も彼の商品のファンになってしまい、彼からは多くの商品を買い込んでいますよ。彼のような人材が我が領地から出たのは大変名誉なことです」


 その話も知っている。

 第二王子に呼ばれて直接会った事があると、緊張したと言いながらもどこか誇らしげにベルトランは語っていた。


 だが、そんな世間話なら尚の事、自分ではなくライルとするべきだろう。

 もはや、ただの顔合わせのための雑談という可能性はゼロに等しい。

 これは明らかに何らかの意図を含ませ、間合いを測っている。

 嵐の前のような静けさが、ピリピリとした緊張感を高める。


「君はあの大商人、ベルトランの発明品を別の者が生み出していると言えばどう思う?」


 一度だけ、高く心臓が跳ねた。

 この発言が出ると言うこと自体が、何かを知っている事の証明になる。問題は、どこまで知っているのか。…………いや、ライルが言っていたという訳の分からない質問。もしかしたら、これがそうなのか?


 まだどちらの陣営につくかも決めていないし、この王子がどういう人間なのかも判断していない。

 自分がどれくらい出来、どういう人物であるのかという評価をどう下させるべきか。


 とにかく、今は無難な対応で、それも大した情報は掴んでいないという前提で動くべきだろう。

 立て続けに襲いかかる厄介事に内心で舌打ちしつつも、すぐに思考を切りかえる。


「…………まさか。いや、仮にそうだとすればそれはそれで驚きですが、それをするメリットが分かりません。なぜそのような人物が、自分で商品を売らなかったのですか?」

「それも大したことではない。資本がなかった、目立ちたくなかった、アイディアだけで止まっていた。理由は幾らでもある」

「さすがは王子、慧眼、恐れ入ります。仰られるとおりかと」

「ふむ……」


 少し悩むように、ヴェルナスは顎をさする。

 これを思いの外鈍く、子供らしいととるか、それともとぼけていると判断するかで此方の対応も変わる。


「……では、他にベルトランと親しい人間を知っているかい?」

「いえ、商品を買い付ける際に何度かお会いしましたが、少し話をしただけで終わったので、特にそういった事情は存じておりません」

「そうか、分かった。下がっていいよ」

「はっ、それでは失礼致します」


 一礼し、ヴェルナスに背を向けて歩き始める。

 正直、このやりとりが短くて良かった。

 今の状態が長く続けば、恐らくは立て直す前にボロが出ただろう。

 疑惑が晴れたわけではないだろう。恐らくは今、ヴェルナスの頭の中で先のやりとりを吟味しているはずだ。


「どんな用件だったのだ?」


 やはり気になっていたのだろう。

 ヴェルナスの傍を離れるや否や、ライルが寄ってきて問いただす。


「いえ、何が言いたかったのかが良く解りませんでした」

「そうか……。うむ、あの王子は変わり者だから仕方があるまい」


 一人で勝手に納得し、そのまま傍を離れていく。


 ライルの無能さに思わず安堵する。


 あの二人が……というより、あの公爵が例外なのであって、ライルのような簡単に騙されてくれる人間なら対応が楽だからだ。

 しばらくの間は可能な限り第二王子とロザンとは顔を合わせるべきではないな。

 能天気に他の貴族と談笑する姿が羨ましく思える。


 今日はもう本気で頭が混乱しそうになるほどに限界だ。


 この後は、ただ目立たないように姿を隠し、時間が過ぎるのを待ち続けただけで、自分でも曖昧な記憶しか残っていなかった。




正直ここで出すべきかどうか迷いましたが、出させてもらいました。

まぁ直接対決はかなり先の話ですが・・・

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