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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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舞踏会



「よろしければ(わたくし)と一曲踊って頂けませんか?」



 夕刻を過ぎた辺り、まだ王や一部の貴族は到着していないようだが、待機していた楽団が演奏を開始し、少しずつ中央でダンスを踊る貴族が出始めた時にそう声を掛けてきたのは、見た目二、三年上の少女だった。

 今までは独りでいたし、誰かが寄りつく事もなかったから大したことない家の子息とでも思われていたのだろうと思っていたが、入城時にライルと連れだっていた所を目ざとく見ていたのだろう。


 相手の親の爵位がどの程度かは知らないが、やはり侯爵家の嫡男ともあればそれこそ相手から寄ってたかってくる。


 貴族社会は当然ながら政略結婚が主流ではあるものの、そこに相手側に気に入られるかどうかという要素は大きいし、稀にとはいえ、恋愛結婚をする貴族も中にはいる。

 恋愛結婚をする貴族の知りあう場としては、こういった催しの場か学園が主流となっているため、その限りある機会を逃さないと目を光らせている女性陣も多いとのこと。


 さすがに恋愛結婚ともなれば同格の家同士が多いが、学園を建てた数代前の王は自身が下級貴族の娘と結婚した経歴から、恋愛結婚を推進していた。

 だから学園は同年代の男女を集め、お互いを深く知るためにも尚の事必要だと強弁していたらしい。


 実際、この少女から僅かに遅れて十名程の十~二十歳程の女性が近寄ろうとしていた。

 さすがに貴族の血を引いているだけあってか、ここにいる誰もが最低レベルでもすれ違えば半数は振り返ると言ってもいいだろう美形揃いだった。


 ダンスを申し込んできた相手も可愛らしい容姿で、前世ではアイドルをやっていてもおかしくないだろう。

 とは言え、貴族の中でも一際酷い悪政で有名な我が家に取り入ろうとする時点で、碌な相手ではあるまい。


 或いは貴族らしく、婚姻も権力強化のための手段と割り切っているのだろうが、それが理解は出来ても納得は出来そうにない。

 その辺り、本人に自覚はないのかもしれないが、腹黒さが垣間見えてどうにもげんなりしてしまう。


「ええ、僕でよろしければ是非お願いします」


 この手の相手をするのは気が乗らないが、相手にしなければいけないのも確かだ。


 女の持つ独自の情報ルートや情報量というのは案外バカに出来ない。


 時に男よりもよっぽど情報を握っているケースもあるし、何よりスキャンダルや醜聞などの情報収集能力は確実に男にも勝るので、愛想良くしておいて損はない。


 ホール中央の、ダンスを踊っている集団の中に手を引いて一緒に飛び込み、ゆったりとした曲に合わせて踊る。


 練習通りを心掛け、しかしどこかぎこちない様に。もし完璧に踊れるとしてもそう演技しただろうが、今は演技を抜きにして必死で踊る。


「焦らなくても大丈夫よ」


 そして相手は、やはりそれなりに経験を積んでいるのだろう。

 わざわざ微笑み、此方を気遣う余裕を見せつける。


 そこにあるのは、どこまでも自然な打算。


 余裕を見せることで頼りになるという事を見せつけようとしているのだろう。そうすれば女性らしい包容力を見せつけられるし、そうやって面倒を見ていくうちに自然と親しくなるはずだからだ。


 裏事情を考えれば女性不審に陥りそうではあるが、その辺りはある意味貴族らしくて助かった。


 そっちの方が容赦なく利用できる。


 依存などするつもりは端からないし、初心者ぶって今の内に可能な限りの情報を引き出したいからだ。


「やはり王宮は凄いですね。僕の家などとは比べ物になりません」

「ふふっ、でも貴方様の家も相当に凄いのではなくて?」

「それなりですけどね。ですが正直、このお城を見て打ちのめされました」


「ええ、それは分かります。私も初めて来たときはびっくりしましたから」

「今までは小さな家で王を気取っていただけの子供だったと言う事を思い知りましたよ」

「あらあら」


 ようやく慣れてきたダンスの合間に、なんとか会話を始める。

 まだぎこちないながらも単調な動きとあってか、辛うじて余裕が出てきた。

 目の前の少女は冗談を受けてくすくすと、しかしバカにしているわけではないと分かるような絶妙なバランスで上品に笑う。

 男を立てる教育もキチンと受けているのだろうと察するに充分だった。


「言わなくても既に察しているでしょうが、僕は今回が初めてでして。もしよろしければ色々と教えてほしい事があるのですが……」

「そう言う事でしたら遠慮なさらず、何でも聞いてくださって構いませんわ」


「ありがとうございます。では早速ですが、まずは貴女のお名前を教えて頂けませんか?」


「あ、あら、そんなことでよろしいのですか?」


 予想外の質問に対して少々戸惑い気味に、しかし心なしか嬉しそうに聞き返す。


「そんなことではありませんよ。僕のような新参者にまで気を遣ってくださる貴女の名前も知らないとあっては失礼ですし、何より僕が貴女の名前を知りたいのです」


 幾ら打算の上に成り立つ関係であろうと、褒められて嬉しくならない女はいない。

 まして思春期の少女。自分を政略結婚の道具となることは受け入れても、出来る事なら最悪のケースである四十過ぎの太ったオッサンよりは、若くてかっこいい相手の方が良いと思うのは当然のことだ。


 若く、服の上から引き締まっているのは分からなくても、太っているわけではない。母親に似ているおかげで、見た目もいい。


 自分で言うのもなんだが充分に優良物件ではあるのだ。


 直接褒めれば、それはただのお世辞と受け取られるだろう。しかし、少女が思いもしなかった名前とくれば、意表をつかれたことで初めてお世辞ではなく本心だと思わせる事が出来る。


 これは貴族らしく遠まわしに、しかしその範囲内における直球で貴女に興味がありますと言っているようなものだ。


 こういったやり方が意外と効果的だと言う事は、ターニャから学んだ事の一つだ。そして、いい気分にさせれば情報も得やすくなるだろう。


「で、では改めまして、私の名前はレイラと申します。父の名前はカイエル=デラーヘイト=レギンス、伯爵家ですわ」


「僕はイザーク。父はライル=フォン=ジナード、侯爵家の嫡男です。よろしければこれを機に、今後もお付き合いのほどをよろしくお願いします」


「ええ、私こそ是非ともよろしくお願いしますわ」


 伯爵家の娘とあればそこそこ当たりだろう。

 自身の派閥を形成しているか、有力な派閥の中でも上位に君臨しているはず。

 それなりの教育を受けているとはいえ、所詮は十二、三の少女だ。

 頬を僅かながら紅潮させている様子を見て、手応えを感じる。まだ日は浅いとは言え、ターニャのレッスンを受けている自分にとっては敵じゃない。


「早速ですが、まずは第二王子ヴェルナス様と彼を支持するロザン公爵に関して聞かせて頂けませんか?」

「ええ、いいわよ。でも、残念な事にヴェルナス様の事はあまり知らないの。少し変わり者っていう噂は聞いたことがあるけれど、以前パーティーで遠目から拝見させて頂いた際は紳士な方だったわ」


 立場が高い者はそれだけ周囲の耳目を集めやすい。

 まずは貴族なら誰もが知っているような事で、新参者の自分が知らない事を聞き出そうと思っている。


 その中でも事前の情報収集で特に警戒が必要だと思われた二人。


 ライルは無難な第一王子派に所属しているが、これは正直な所無難だとは思えなかった。あくまで噂を聞く限りだから確証はないが。


 結局、最終的には自分で直接見て、感じた事がなにより信頼出来るだろうが、事前情報は大切だった。


「ロザン公爵様はとても素敵な方ね。ミステリアスで神秘的。それに剣聖と称えられるくらいにとてもお強いのよ。私も一度はお話してみたいと思っているの。でも競争も激しいし、なんというかそれだけではない気もするのだけれど、中々近づけないのよね」


「今日公爵様はこの場におられるのですか?」


「いえ、残念ながら、ヒューゲル様の方はお見えになられていますけど、ロザン公爵様はまだいらっしゃらないみたいね。もしかしたら陛下がお越しになられる際にいらっしゃるのかもしれないわ」


「そうですか……分かりました」


 ここで演奏されていた曲が終わり、インターバルを挟む。

 この間にダンスをやめる者はこの場を離れ、希望をする者は新しいパートナーと共にこの場に入る。


 まだまだ聞きたい事は山ほどあったが、伴侶でもない限り、一曲踊れば同じ相手と連続で踊るのはタブーとされているため、会話もまたここで終わりだ。


「今日はありがとうございました。おかげで楽しく踊れました。よろしければまたお相手お願いします」

「ええ、私こそとても楽しかったですわ。それではまた」


 お互いに一礼し、去っていくヘレナを見送る。

 今回のやりとりで充分な好感触を得たという確信がある。このまま何度か顔を会わせていけば、情報源の一つとして活用できるだろう。

 此方へと歩み寄って来た別の貴族令嬢に視線を合わせ、笑顔を見せる。


「よろしければ、今度は私と一曲お願いできませんか?」


「ええ、僕でよろしければ喜んで」


 二人手をとり合い、曲に合わせてゆっくりと体を動かし始めた。






 その後、何人もの少女と入れ替わり踊りながら情報を集めていく。

 それなりの収穫はあったものの、やはり最初から深い話は出来そうになく、あまり有益な情報は集められなかった。


 残念ながら侯爵家以上の者と接することは出来なかったが、格上の者は理由がなければ格下と接することはないし、同格は同格で水面下の争いがあるため、やはり理由がなければ接してこないだろう。


 そもそも公爵家で年齢の近い者はこの場におらず、侯爵家は自分を除けば一家しか年齢の近い子供を連れてきていないのだ。それも男。


 遠目から見る限りではあったが、その相手も出来れば近づきたくない典型的な貴族の子供だったので、今回は後回しにさせてもらった。

 踊ってばかりでも疲れるため、インターバルが来た時、次の相手が来る前に抜け出して見る側に回る。



 トイレに抜け出すふりをして人気のない場所まで行き、メモ帳に気付きを書き込んだりと忙しい。


「というか人多すぎなんだよ……」


 やはり、最初は覚える事が多すぎて頭がパンクしそうだった。

 貴族はバカばっかりだと思っていたが、案外記憶力は凄いのかもしれない。そういう点ではバカに出来ないのか、それとも人の顔を覚える事だけに特化しているのか。


 もはや脳みその形そのものが違うとしか思えない。

 情報を全て書き込み、現実逃避を兼ねて一息ついた後で再び会場へと戻る。



 それから少し後。



 王家の人間の入場を知らせるファンファーレが高らかに鳴り響いた。





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