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If-2 負けられない




 

 見慣れない記憶を閲覧し終えたのるんは、ふぅと深い溜め息のように息を吐く。

 借り物の身体のせいか、いつも感じる倦怠感は感じないが、それでも長い物語を見た後の疲労は感じる。

 いつの間にか飲み干してしまったグラスをじっと見つめていると、眼の前の男はそっとそれを下げた。

 

 「お代わりくらい提供しますとも。折角のお客人だ。ただ、今回は簡単なもので」


 眼の前の男──ネメシスは棚に置かれていたリキュールと、冷蔵庫から牛乳を取り出す。

 見るからに自分向けじゃないと感じたが、どうやら今の自分には、それが丁度良いらしい。

 のるんの眼の前に差し出されたのは、案の定──カルーアミルクだった。

 度数の割に飲みやすく、若い女性には大人気のお酒。女を落とすにはこれと言われるほどの代物だ。

 一口、小さな口でカルーアミルクを飲むと、コーヒー牛乳のような甘さが口いっぱいに広がる。

 

 「……甘いね」

 「おや、口に合いませんでしたか?」


 見るからに嫌そうな顔をしていたのか、不安そうにネメシスはこちらの顔を覗き込んでいる。

 出された上に、口をつけてしまったグラスを下げようとしたネメシスの手を、のるんは払う。


 「良いよ、ちゃんと美味しいから。で?さっきのアレはなんだったの?」


 のるんは先程まで追体験のように見ていた光景を思い出す。

 結代のるんが、那雲凪織を己の手で殺してしまっていた映像だ。

 アレは一体何だったのだろうか。自分ではないはずの自分が、人を殺している。

 その事実が、未だにのるんの脳裏にこびり付いて、離してくれそうにない。

 

 「先程も、少しだけお話しましたが、あれは有り得た可能性の一つ。現実にはなり得なかった可能性を、僕が書き起こし、追体験できるようにした試作品です。随分とリアリティ溢れる出来だったと思いますが、如何でしたでしょうか?」


 ネメシスは少しだけ得意げにそう話すが、とても真実味があるとは思えない。

 無論、この身体の少女が、どんな人生を送ったかは知らない。だが、あぁなるとは信じ難いのだ。

 のるんは、ありのままの感想を述べると、ネメシスはモノクルに触れながら、薄く笑う。


 「そうですか、貴重なご意見をありがとうございます。では、こんなのは如何でしょうか?これは、史実に基づいて少しだけ脚色したものですが……。無論、これも全てが真実ではございません」

 「拒否権無いんでしょう……?どうせ退屈してるんだから、何だって良いよ……」


 のるんは手渡された本に触れると、その場から消失するような感覚に苛まれる。

 前の時は脳が揺れるような錯覚に襲われたが、今回はそこまで酷いものではないらしい。




 ____________________



 異世界「ヘルヘイム」──校庭

 

 突如、のるんが言い出した模擬戦に付き合うことになったなしろは、隣に居る凪織を薄目で見る。

 どう考えても、分が悪い勝負だ。組み合わせが悪いとは言わないが、とても勝てるとは思えない。

 少し離れた場所に居るヤタノとのるんを、遠目で見ながら自分の「戯装」を見つめ直すと、凪織がやる気に満ち溢れた表情で、声を掛けてきた。


 「慣れない組み合わせですが、頑張りましょ!姫宮さんっ」

 「……貴方は、この模擬戦。冷静にどう思うのかしら」


 なしろの言葉に、凪織は朗らかな表情で、頭上に疑問符を浮かべている。

 あの顔を見るに、何も考えていないだろうな、というのは目に見えて分かってしまう。


 (ただの模擬戦であっても、わたしは負けたくないわ。ましてや相手があの子なら……)


 ヤタノと楽しそうに話しながら笑っているのるんを見ながら、なしろの「戯装」を握る拳に力が籠る。

 どうしてこんな気持ちになるのかは、おおよそ見当がついている。

 それに、この感情がお門違いなことも、頭では分かっている。でも、それでも許せない。

 なしろの負の感情がダダ漏れになっていることに気づいた凪織は恐る恐る尋ねてきた。


 「どう……とは?戦術の幅や、味方との連携、対人戦の経験を積むためであって、勝ち負けに拘る必要ってあるんです……?わふぅ……」

 「はぁ……」


 呑気なことを言っている凪織の言葉に、なしろは心底失望したような表情でため息を付く。

 なしろのため息に、凪織は、眉を顰めてこちらへと距離を詰め、鬱陶しい距離感で顔まで近づけてくる。


 「なんでため息付かれなきゃいけないんデス!?ボク何か間違った事イイマシタカ」

 

 なぁんなぁん鳴いている凪織は、どうやらさっぱりこの模擬戦の事を理解していないらしい。

 少しの間でも、パートナーになるのであれば、少しは状況や考えを共有しておこうか。

 どう伝えるのか悩みながら、なしろはチラリと相手側を見る。

 作戦会議をしているのか、会話も弾みながら、色々と相談をしているように見える。


 (……まぁ、良いわ。こんな状況で諦めるのもおかしな話だものね)

 

 「那雲さん、わたし達四人の戦闘時の役割(ロール)って、おおまかでも結構だけど理解しているかしら?」

 「ろ、ろーる?ろーるけーきのことです?ば、バカなボクにはなにがなんだか……なぁん」


 戦闘時における役割のことも把握していないのかと、なしろは強烈な頭痛に襲われる。

 これでは模擬戦をやる以前の話だ。一から説明しなきゃいけないのかも知れない。

 だだっ広い校庭に蔓延っていた多数の「エゴ」を倒した時も、何も考えていなかったのだろう。

 蟀谷を手で抑えながら、なしろは凪織に伝わるように、噛み砕いて説明しようと、言葉を紡ぐ。

 

 「ロールケーキじゃなくて、役割。複数人で相手する際に、自分がどの立ち位置で戦闘するかの指標よ。役割は大きく分けて四つに分類されるわ。勿論、例外もあるけれど。そこから説明するわね」

 「しょ、しょち!でありますっ!」


 びしぃっと敬礼のようなポーズを決め顔でしている凪織に、きつい一撃をお見舞いしてやりたい。

 そんな気持ちに苛まれながら、なしろは言葉を続ける。


 「まずは「戯装」や、詠唱術を主体に攻撃役として動く「強襲者(アタッカー)」、次に補助系の詠唱術や治療系の詠唱術を扱い、戦闘時では味方の補佐に回る「支援者(サポーター)」、敵の弱体化したり、状態異常などといった搦手で、戦闘を有利に進める「妨害役(デバッファー)」、最後に味方を守るために、己を盾としたり、自身にヘイトを向けさせる「盾役(タンク)」の四つがあるわ。此処までは理解できるかしら?」

 「ん……まぁ何となくは……?でもそれがどうしたんです?」


 未だに状況を理解していないのか、鳥頭なのか、凪織は頭上に疑問符を浮かべたままだ。

 頭痛で徐々に苛立ちが増して行っているが、今は押し切ってでも説明しておく必要がある。

 

 「今此処にいる四人の役割、那雲さんは分かるかしら?」

 「え、えーと……?まずボクは「盾役」で……、姫宮さんは「妨害役」ですよね。それで、のるんさんは「強襲者」で、ヤタノさんも「強襲者」、……あ」

 

 凪織はハッとした表情でこちらを見る。

 今更気づいたのかと、頭を抱えそうになるが、気づけたのなら、及第点くらいは上げてもいいだろう。

 なんて言おうか悩んでいるのか、口をパクパクさせている凪織を眺めていると、やがて言葉を発した。


 「あっちの方が陽の者って感じがしますねッ!ボク達は日陰者って感」


 最後まで聞かずに、なしろは思いっきり凪織の頭を上から叩きつけるように「戯装」を振り下ろした。

 凄まじい音が周囲に響いたにも関わらず、凪織は目尻に涙を浮かべながら、頭を擦る程度だ。


 「いたいじゃないですかぁ……。なんで殴るんですかぁ……なぁん」

 「別にわたしが陰だって言われてムカついた訳じゃないわよ。組み合わせを良く考えてみなさい」


 引き攣った表情を、なんとか抑えながらなしろが凪織に問いかけると、考え込んでいる。

  

 (まさか、本気で分からない……とか無いわよね)


 少し心配していると、凪織は何か閃いたのか嬉しそうな表情で尻尾を振っている。


 「あっちは「強襲者」二人で攻撃特化、でもこっちは「盾役」と「妨害役」で支援特化……。この組み合わせで戦っても、一方的な展開になる……って事?」

 「そういう事ね。漆原さん、よほど勝ちたいらしいわね。負けられないわ」


 なしろは、少し離れている場所にいるヤタノを睨んでいると、ヤタノと目があった気がする。

 ニヤリとした表情で、こちらを一瞬だけ見ると、すぐに表情に戻し、のるんと話を続けている。


 (宣戦布告かしら、良いじゃない。やってやろうじゃないの)


 「強襲者」の弱い所は、継戦能力が此処の能力に過剰に左右される点だ。

 対して、こちら側は凪織が、治療系の詠唱術を扱える点が強みと言える。


 (長期戦に縺れ込ませる手段なんていくらでもあるわ。絶対負けないんだから)


 暫くの作戦会議の後、模擬戦はしめやかに行われることになった。


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