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#If-1 殺人鬼の末路


 私は、重い瞼を擦りながら、目を開く努力をしている。

 抗いがたい眠気に抗おうと、無理矢理目をかっぴらくとそこは見慣れない場所だった。

 白と黒が入り混じるバーのような場所に、一人の男性がシェイカーを振りながら、こちらを見ている。


 「おや、お目覚めですか。気分は如何です?」


 こちらに声を掛けてきた者は、この部屋と同じく、髪色が白と黒が入り混じっている男だった。

 胡散臭いサングラスを掛け、口や耳に多数のピアスを開けている、いかにも遊んでいそうな見た目だ。

 服はスーツのようにも見えるが、バーテンダーが着ているような制服のようにも見える。

 未だに視界がぼんやりとしている中、眼の前の男性はこちらに微笑みかけている。

 目を擦りながら、男の問いに、私は応えた。


 「ん……、あんまり良くない……。というか、ここは何処で、貴方は誰?」


 率直な質問をぶつけた所、バーテンダーの様な男は、目を丸くさせながら驚いたような表情をする。

 困ったものだ、何にも思い出せない。どうして此処にいるのかも、自分の姿や、名前すらも。

 どうやら、自分は記憶喪失といった類の症状に苛まれているらしい。


 「此処に来たのも、何かの縁。ボクは「Nemesis(ネメシス)」。此処でしがないバーテンダーをしながら、時折迷い込むお客人の対応をしている者です」


 ネメシスを名乗る男は、シェイカーから見慣れぬ液体をグラスに注ぎ、私の眼の前に差し出す。

 白濁したような液体は、お酒の匂いが鼻腔を刺激してくる。見慣れないお酒に、私は尋ねた。


 「……これは?」

 「「堕天使フォーリン・エンジェル」、ジンをベースに、レモンジュースやビターズ、ミントをブレンドした少し強めのお酒です。眠たそうにしていたから、気付けの一杯に丁度良いかなと。ボクの奢りなので、お代は気にせず……。どうぞお召し上がりを」 


 私は、差し出されたカクテルに口を付けると、レモンの爽やかさが脳を刺激する。

 ジンの味を存分に活かしながらも、柑橘系の甘酸っぱさが程よく調和されていて、美味だ。

 普段、自分が酒を飲んでいるのかは分からないが、このカクテルが美味しいことだけはよく分かる。

 あっさり飲み干してしまった私は、満足げに息を吐く。


 「美味しい……」

 「それは何よりです。それでお客人、貴方は一体何用で此処にいらしたのです?」


 ネメシスは、こちらの顔を覗き込むようにそう、私に尋ねたが、そんな事は自分が一番聞きたい。

 記憶どころか、自分が何者なのかすら分からないことを、正直に伝えると、ネメシスは難しい顔をする。


 「成程、道理で……貴方の姿がボヤケて見える訳だ……。では、此処にいる間は、仮の姿をお貸ししましょう」


 ネメシスが指をパチンと鳴らすと、いきなり視界がはっきりとし始めた。

 先程まで、全てが靄に掛かったかのように、自分自身が何者なのか分からなかったのに、少しずつ分かるようになってきた。

 手の形や、声、髪の感じも何もかもが、変わっていった筈なのに、さも元からこうだったかのような感覚に陥っている。


 「わたし……、いや、ボクは……。成程、コレは此処に居る時に使う、仮の身体と記憶って事でいいのかな?」

 「察しが良くて助かります。まぁ、察しが良いのは、元の身体の持ち主が、ですけどね」


 なんだか、鼻につく物言いをするネメシスに、一言いってやりたかったが、此処は何も言わないでおく。

 飲み干したグラスを下げ、お冷を眼の前に置いた彼は、こちらを興味深そうに見つめる。

 

 「念のため、今自分が思っているお名前をお伺いしても?」

 「あ〜。そういう事するんだ?ボクは、のるん。「“  ”のるん」でしょ?」


 厭味ったらしい視線を、彼にぶつけたのだが、どうやらダメージは一切入っていなさそうだ。

 のるんを名乗る自分に、ネメシスは、満足行ったような表情で数度、首を縦に振る。

 

 「此処にいる間、貴方はのるん様で居て下さい。勿論、ここから出られた際は、全て思い出すでしょうから」

 「はいはい。それで?そんな性悪なネメシスくんは、ボクにどうしろっていうのかな?此処、どう見てもあそこだよね?細部まで再現されてるって言うよりかは、その場所そのものだよね」


 のるんは、呆れ顔でネメシスを詰るも、ネメシスはどこ吹く風と言った様子だ。


 「えぇ。実は、此処で失われた可能性を、再構築していまして。自分で読んでも良し悪しが分からないものでして。良ければ、のるん様に読んで頂きたいのです」

 「失われた可能性……?って何?」


 ネメシスが放った言葉を鸚鵡返しにしても、どうにもしっくり来ない。

 自分ではない誰かの記憶の中にも、「失われた可能性」という言葉に、該当するものは無さそうだ。

 疑問符を頭上に浮かべながら、考え込んでいるのるんに、ネメシスは何処からか、一冊の本を取り出す。

 随分と、装丁が豪華な分厚い本だ。

 黒と金のコントラストが美しく、本の角で殴ろうものなら、きっと死人が出るだろう。


 「之には、とあるお客人が歩まれた、絶望の物語が記されています。ですが、人生というのは、選択の連続。ご本人様が選ばなかった選択肢を取った際に、どういう末路を歩むのか……、それらを、別の本に記してみたのですが……。残念ながら、自分が読んでも良し悪しが分からないものでして」

 

 のるんは、ネメシスの言葉を最後まで聞かずに、ため息を漏らした。

 彼は、この後にきっとこう言うだろう。「だから、読んでみてくれ」と。

 この身体は、彼の物語に拒絶反応を引き起こしているが、生憎、逃げられるビジョンは見えない。


 (此処は従うべきなんだろうな……やだなぁ)


 心の中で舌打ちをしながら、のるんは奥歯を噛み締めた後に、諦めた表情で身体の力を抜く。


 「……分かったよ。どうせ、それがボクを此処から帰す条件なんでしょう?」

 「流石、のるん様。その身体に乗り移った途端、察しが良くて助かります」


 一々、ネメシスの言葉は癪に障る。……いや、()()()、そういった物言いをしているのだろう。

 理由が思いつかない以上、ただムカつくだけなのだが、いつか理解できれば、それで良い。

 気持ちと頭を切り替えて、のるんはネメシスが持っていた本を素早く奪い取る。

 これを読んでしまえば良いのだろう。随分と分厚いが、どれくらい時間が掛かるのだろうか。

 気は乗らないが、頁を捲らなければ、話が進まない。ため息を吐きながら、のるんは最初の一頁を捲った。




 ____________________



 重々しい空気が、部屋の中に充満していく中、なしろは窓の外の月を憂うように見つめる。

 赤みが増している月は、今にも真紅に染まりきってしまいそうな勢いだ。


 (月が真紅に染まりきった時、「ヘルヘイム」に囚われた人間は死に絶える……)


 今回の標的(ターゲット)は、間違いなく凪織だろう。彼女に残された時間はそう多くない。

 のるんは、そんな刻一刻とタイムリミットが迫る中、凪織の過去を覗き見て、心が揺らいでる。


 (那雲さんや……漆原さんが殺人鬼……?何か言い返しなよ……、どうして何も言ってくれないの)


 ヤタノに目配せしても、曖昧な表情で笑い返されるだけ。

 凪織の「エゴ」に至っては、だから?といった表情で、こちらを見て、せせら笑っているだけだ。

 

 (那雲さんの周りで吹聴されてた噂は、本当だったんだ。嘘だと思っていたのに……)


 零明に来てから、約二週間ほどだが、様々な噂が、のるんの耳にも入っていた。

 脂ぎったおっさんとデキてるとか、そんなおっさんがある日を境に姿を消したとか。

 彼女らの反応を見るに、そういう事なのだろう。彼女らが、人の命を奪ったのだろう。


 (どんな人であろうと、命を奪っていい理由にはならない。法が裁けないなら……)


 良くない考えが、自分の身体中に駆け巡っていることは理解している。

 だが、どうにも、彼女達を擁護することは、出来なさそうだ。

 理由はどうであれ、どんな境遇であれ、罪を犯すことは許されない。ましてや、殺人など以ての外だ。

 心が紅く染まっていくのを、実感しながら、のるんは凪織の「エゴ」が放つ言葉を耳に入れる。


 「だから、お願いです。彼女を殺してやって下さい。早く楽にしてあげて欲しいんです」

 「本人がそういうのなら、わたしは止めないわ。でも、那雲さんに会わせなさい。話はそれからよ」


 なしろは、気味の悪い微笑を称えたまま、凪織の「エゴ」にそう言い返すと、深く息を吐いた。


 「ボクでは、「ボク」を殺すことは出来そうに無い……。だから、こうして願っているのです。殺人鬼であり、親殺しである「生きていてはいけない存在」を生かし続けるのが、正義だと思うのですか!?早く楽にしてあげて下さい!」

 「残念ながら、決めるのは他人である貴方ではなく、那雲さん本人よ。偽物である貴方に決める資格はないわ。勿論……わたし達にも……ね。……ふふ」

 

 チラリと、なしろはのるんを横目に見て、妖艶に笑う。まるで、見透かされている気分に陥る。

 自身の死を懇願する「エゴ」など、視界にも入れていないのだろう。そういう目をしている。


 「ボクはあいつ、あいつはボクなんです。そんな事、この世界をよく知ってるなら、分かるでしょう!?」

 「どうかしらね。だって、彼女自身が死を今も望むなら、既に貴方は那雲さんと入れ替わっているわよ」


 なしろの言葉に、「エゴ」は口を固く結んで言い淀む。

 苦虫を噛み潰したような表情で、握った拳は、わなわなと震えている。


 「…………」

 「大方、那雲さんが拒んで、殺さざるを得ないから、今の状況になってるんでしょう?」


 なしろはサラサラととんでもないことを言っているが、のるんは状況が飲み込めずに居る。

 元々死を望んでいたから、彼女は此処に堕ちた。でも、死にたくなくなったから、こうなっている?


 (ふざけるな……、此処まで沢山の人を巻き込んで、挙句の果てに死にたくない……?)


 人殺しが、親殺しが、と徐々に思考がおかしくなっている自分に気づきながらも、止められない。

 ヤタノを横目に見ても、困ったような表情をしたまま、苦笑いをしている。


 (何をヘラヘラとしているんだ……こいつは……)

 

 頭が強烈に痛む中、のるんは懸命に状況を整理しながら、どうするかを考える。

 殺人鬼である凪織は、自ら死のうとして、この城は作られた。謂わば、此処は、処刑台だろう。

 処刑台に立たされた筈の、彼女はやっぱり死にたくないと、自分達に懇願し、命乞いをしているのだ。


 (なら……、ボクのシなきゃいけないことは……一つだけだよね)


 頭の中で、結論づけたのるんは、再び、思考を現実に戻して、なしろの言葉に耳を傾ける。


 「それで?死にたくなくなった彼女は、何処に居るのかしら。那雲さんに会わないと話にならないわ」 

 「まだ行かせられません。あの子を殺すと、誓ってくれなきゃ……ボクが産まれた意味がない……!」


 なしろは、「エゴ」を睥睨し、「戯装」を片手に周囲を見渡す。

 

 「本人が歪だと、産まれてくる「エゴ」もまた然りね。面白いわ」

 「ん〜。姫宮さん、それは聞き捨てならないなぁ〜」


 ヤタノがなしろに食って掛かっている。一触即発といった様子だ。

 それでも、のるんはどちらも止めるつもりはない。止める気もない。

 もう、心は決めている。其の為なら、いくらでも汚してやろうじゃないか、何もかも。

 

 「分かった。キミの意思に添えるよう、努力する。だから、那雲さんに会わせてくれないかな?」

 「……本当ですか?ボクを騙そうったって、そうはいかないんですからね?」


 頬を膨らませ、目を細めながら疑って掛かる「エゴ」に鬱陶しさを覚えながらも、のるんは言葉を続ける。


 「どちらにせよ、キミが殺せないのに、会えないんじゃ、ボク達にもどうしようもない、そうだよね?漆原さん」

 「ぇ?ぁあ、うんうん、そうだねえ。殺して欲しいなら、会わせるべき!」


 ヤタノは、意図を汲んでくれたのか、のるんの言葉に合わせてくれている。

 うーむ、と眉間にシワを寄せながら考え込んでいた凪織の「エゴ」は、やがて、何か納得した様子で、首を縦に振る。

 

 「良いでしょう。貴方達を見込んで、凪織に会わせます。最悪の場合、連れ帰って貰って構いません。彼女が生きたいと願った以上、ボクに生殺与奪の権利は、無くなったのですから……」


 そう言い残した凪織は、指をパチンと鳴らす。すると、突然、上から凪織が落ちてくる。

 思い切り尻餅をついたせいか、お尻を擦りながら、いたた……と涙目の彼女を見ると、心底腹が立つ。


 「さっきまで、別の部屋に居た筈なのに、どうして此処に……?」

 「わんこ〜〜!」


 徐ろに抱きつかれた凪織は、目を白黒させているが、状況を理解し、ヤタノを抱き締めている。

 何も知らなければ、熱い友情が引き起こした美談だろう。だが、現実は違う。

 殺人鬼達が抱擁しているだけでしかない。虫酸が走り、不快感が身体を支配するが、今は抑える。


 (殺すなら、ちゃんと一撃で決めないと……漆原さんに反撃されちゃ困るもんね)


 どうして、こんなに頭の中がクリアなのだろうか。

 やらなきゃいけないことが明確で、そのためにどうすればいいか、分かっているだけなのに。


 「あ、あの……さっきの約束はどうなったんです……?なぁん」

 「約束ぅ?何のことかなぁ〜?」


 ヤタノはすっとぼけながら、本物に抱き着いたまま、舌を出し、「エゴ」を睨みつける。

 わなわなと震える「エゴ」を横目に、のるんは一歩ずつ凪織達に近づく。

 そこに殺意は一切滲ませない。友人のもとへ駆け寄り、抱き寄せるつもりで、駆け寄る。


 「の、のるんさんも、だ、抱きつく気ですか!?おっけい……心の準備はデキてる!ばっちこい!」

 「ふふっ、ボクもたまにはそういうのもいいかなって。いくね、那雲さん」

 

 「戯装」は既に仕込んである。準備は万端だ。

 いつだって、双小剣で喉を掻っ切る事が出来るよう、服の袖に忍ばせている。

 目を瞑り、のるんの抱擁を待つ凪織に、至近距離まで近づいたのるんは、抱き寄せたタイミングで背中から、一気に心臓目掛けて「戯装」を突き刺した。


 「え゛っ……?の、のる、ん……さ、ん?」


 最期の言葉は、何とも下らない文字の羅列だった。

 信じられない、といった表情で血の気が引いていき、その場で倒れ込む凪織を、のるんは見守った。

 確実に死んでいるか、不安だったのるんは、仰向けに倒れた凪織の心臓目掛けて、「戯装」で刺した後に、己の腕をねじ込んでみる。


 「ぇ……?のるちゃ……?なに、してる、の……?」


 信じられないものを見るような表情のヤタノなど、視界に入れずにのるんは、突き刺した腕を引き抜く。

 これで、確実に凪織は死んだだろう。血が吹き出し、事切れた凪織を確認したのるんは、息を吐いた。


 「これでいいんだよね?那雲さん?」


 「エゴ」本人も呆然としていたので、のるんは、声を掛けて、彼女の意識を戻させる。

 ハッとした様子で状況を再確認した「エゴ」は、の、のるんさん……?と、呟いた後に、信じられないものを見るような表情で、のるんを凝視する。


 「ほ、本当に良かったんですか……?それに、その腕……」

 「腕?……あぁ。なんか、彼女の身体に突き刺した所から、凄い力が漲ってるんだよね」


 のるんの右腕が黒く、禍々しい形相に変わっているのを、その場の人間は呆然と見ている。

 何時でも、元の腕に戻せるのだが、この腕からは物凄い力を感じる。

 殺意や、憎悪といった負の感情が、腕から発せられており、魔獣の腕のように変貌してしまった。


 「お、おまええええ!!どうして!わんこをころしたんだあああ!!!」

 

 少ししてから、凪織の死を理解したヤタノが、のるんの胸倉を掴み、目を見開いて怒りを顕にする。

 そんなに怒りを発露したって、彼女はもう生き返らないというのに。ご苦労なことだ。

 ヤタノとは対称的に、なしろは、少し離れた場所で笑いを堪えながら、二人を見守っていた。


 「うふふっ。わたしの想像通りね。貴方なら、きっとそうすると思っていたわ。結代さん?」

 

______________

 

 「If:Result」

 

 のるんは「特異戯装」:殺人鬼の呪腕を入手しました。

 那雲凪織は死亡し、これ以降の物語に生者として登場できなくなりました。

 那雲凪織の死亡により、漆原ヤタノとの関係値は反転し、敵対関係になりました。

 生徒会メンバーとの関係値が、大幅に上昇しやすくなりました。

 「カレンデュラ」との関係値が、上昇しやすくなりました。



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