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第五十三話 春風に舞う、光の継承者たちへ

春の陽差しが、王都の空にやわらかく広がっていた。


広々とした学園の正門には、希望と緊張の入り混じった表情の子どもたちが次々に集まってくる。

その光景を、やや離れた石造りのテラスから見つめていたクラリスは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。


今日、あの時産まれた双子――エリアスとレアが、ついに王立学園へと入学する。


十五年前。あの日、命の限界を超えてこの手に抱いたふたりの命が、今、自分の背丈を超えるほどに成長し、自らの足で未来へ歩み出そうとしている。


それだけで、言葉にならないほどの誇らしさと、少しの寂しさが心を満たしていた。


この十五年、穏やかな日々だけではなかった。

政務に追われ、治癒士としての活動も続けながら、母として五人の子を育てる日々は、まるで疾走するかのようだった。


双子のあとには、次男のライオネルが生まれ、三男アレックス、そして末っ子の娘アリスティア――

気がつけば、クラリスは五人の母になっていた。


家中を駆け回る子どもたちの声に包まれた日々は騒がしくも幸せで、夜には誰かの寝言や笑い声に、そっと布団を直す日常が愛おしくて仕方なかった。


子どもたちは、王アレクサンダーが望んだ“全属性持ち”として生まれた。

それぞれが強い魔力を備えながら、まだ何者にも決められていない未来を手にしている。


「自分の意思で、好きな人を選びなさい」


それが、クラリスが父と母から受け取った言葉だった。そして今、同じ言葉を、彼女は自分の子どもたちに手渡した。


婚約話は絶え間なく届いた。

“クラリスの娘であり、全属性の継承者”――その肩書きは、貴族たちの喉から手が出るほどの魅力だった。

けれど彼女は、すべてをやんわりと笑って受け流し、その未来を誰の手にも委ねなかった。


その判断を、今もまったく後悔していない。


ふと風が吹き、学園の門前に立つエリアスとレアの姿が目に入る。


エリアスはライナルトに似た真面目で無口な青年に育ち、レアはイザークのように聡明で芯のある少女に成長した。それでもふたりには、自分と彼らの面影が重なって見える瞬間があって、どこか切ないほどに愛しい。


そのふたりが、今日――首席入学を果たした。


学園の壇上、緊張しながらも堂々と立ち、制服の白い外套が春の陽に照らされて輝いていた。


「私たちは、家族や仲間、そして先人たちの歩みに支えられて、ここに立っています」


先に口を開いたのはレアだった。

澄んだ声が広場に響き、続いてエリアスが静かに言葉を継ぐ。


「感謝を胸に、学び、守り、誇りを持って歩みます。ここから始まる日々に――正直で、強くあろうと思います」


彼らの背後に広がる学園の塔。

あの日、クラリスが初めてこの場所で目にした景色が、鮮やかに蘇る。


前世の記憶を取り戻した日。イザークとの出会い。

ライナルトの無骨な背中。

たくさんの戸惑いと、選択と、涙と、願いと――

すべてが今、静かに結実していた。


クラリスは目を細めながら、そっと胸に手を当てる。


あの時、命を賭して願ったもの。

それは、ただの治癒ではなく、希望を繋ぐことだった。


彼女の提案した外交と平和の施策は、時間をかけて根付き、マーレン国やサダール国との学術連携も実を結んでいた。

治癒士たちは今や、完全治癒魔法を実践できる者が多数を占め、遠い異国でもその力が多くの命を救っている。


回り道に思えた日々は、いつしか大きな実を結んでいたのだ。


クラリスの隣で、イザークとライナルトが立っていた。

ふたりとも言葉はない。ただ、視線だけが、壇上の子どもたちに注がれていた。


――あの日、国を守るために剣を振るった騎士たちと、希望を繋いだ女の子。

その家族が今、こんなにも穏やかに、未来を見つめている。


クラリスはふと、小さな笑みを浮かべた。


「……さあ、行ってらっしゃい。思いっきり、自分の人生を生きなさい」


その声は、誰に届いたわけではない。

けれど、確かにその場の空に溶けて、光のようにふたりの背を押していた。


かつて彼女は、自分のことを「モブ」だと思い込んでいた。

前世の記憶を思い出した入学初日、世界の中で特別ではないと思っていた自分が、ただ“渋くて素敵なおじさま”を眺めるだけの人生でもいいと、そう割り切っていた。


――“枯れ専モブ令嬢”、それが、かつての彼女の仮面だった。


だが今、彼女の隣には、かつて憧れ推しの“渋いおじさま”たちが、家族として、伴侶として、変わらぬ眼差しで共に立っている。

彼らとの愛が、命を繋ぎ、希望を育て、新たな未来へと続いていく。


そしてクラリス自身も、誰かの物語に付随する脇役ではなく――

この国の未来を繋いだ、ひとりの“主役”となったのだ。


それでも、時折彼女は自嘲気味に笑う。


「昔の私は、ほんとうに、“ただのモブ”だったと思ってたのよ?……枯れ専大好きな、普通にありふれた女の子だとそう思っていたの」


だがそれは、もう“隠すべき過去”ではない。

その“好き”があったからこそ、巡り合えた奇跡があったのだから。


今ではその言葉すら、彼女の人生の勲章である。


そして、未来へと続く扉が、子供達によってまた静かに開かれるのだった。


(完)

長らくお付き合い頂きありがとうございました。これにてこの物語は完結致しましたが、次の作品はクラリスが学園に入学する5年前のお話になり、また別の主人公のお話になります。よろしければご覧頂けると幸いです。

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