☆それじゃあ、休戦
そうして、夜が訪れた。
昼間は様々なアトラクションやショーなどによって賑わっていた遊園地が、今では色々な屋台が並び、昼間とは雰囲気が異なっている気がした。
もちろん私服の人もかなりいたが、浴衣の人も半数を占めている。
僕たちだって、その例に漏れず。
妖狐姉妹二人を含めた七人全員が、それぞれ浴衣を身に纏っていた。
僕は浴衣を着たのなんて初めてで少し大変ではあったが、案外悪くない。
シールはいつもと少し髪型を変え、他のみんなも服装がいつもと違うせいか、何だか印象が少し違って見える。
「ご主人ご主人ー、これプレゼントだぞー」
そう言ってシールが笑顔で差し出してきたのは、狐のようなお面だった。
一人で何かしていると思ったら、どうやらお面を買っていたらしい。
すぐ隣には、本物の妖狐がいるのに……。
「い、いや、お面って……僕そんなのつける年じゃ……」
「むー、いらないのかー? 似合うと思うんだけどなー」
「わ、分かった、貰うよ。ありがとう」
そんなに悲しい顔をされては断りにくくなってしまい、結局僕は受け取ることに。
お面を受け取った瞬間、シールは嬉しそうに頬を綻ばせた。よほど嬉しいらしい。
とはいえ、さすがにお面をつけたままだと歩きにくい。
なので少し横にずらし、頭に装着することにした。
「リオンおねーちゃん、似合っとるばい。本物の狐みたい!」
ラトンが手首に金魚掬いで取った金魚の袋をぶら下げ、わたあめを食べながら言ってきた。
似合っていると言われてもあまり嬉しくはないが、だからといって無碍にもできず、曖昧な笑みを返す。
一方、メルクはラトンの隣を歩きながらりんご飴を舌先で舐めていた。
しかし、何故かその表情は朱に染まり、恍惚としている。
「こう……舌で舐めるのってなんかえっちやなぁ。自然とあれを連想してしまうわぁ……あとで絵にせなあかんなぁ」
だめだ、この人。
あろうことか、自分がりんご飴を舐めている状況に興奮していらっしゃる。
そしてフーリーは焼きそばを、ククルはたこ焼きを食べている。
みんな、思い思いに祭りを楽しんでいるようで何よりだ。
もちろん、僕もすごく楽しい。
だけど。
ただ一人、浮かない顔をしている者がいた。
「クティ、どうかした?」
だから、僕は問う。
特に何も食べず、何も買わず。
少し俯き気味で、僕たちの隣を歩くだけだったクティノス・ディールに。
「……え? な、何でもないぞ? 何でじゃ?」
「いや、浮かない顔してたから。楽しくない?」
「そ、そんなことはないんじゃが……ただ――」
言葉は途中で途切れ、何かに気づいたように、どこか遠くを見据えたまま固まってしまう。
そちらに何かあるのだろうか……と、僕も同じ方向を見ようとしたとき。
「……すまぬ。わしは少し急用を思い出した。おぬしらは気にせず、楽しんでおれ」
そう告げるや否や、どこかへ走り去ってしまった。
一体、何だというのか。
急用と言っていたが、先ほどのクティの様子はどうも引っかかる。
「あれ? クティちゃん、何かあったの?」
「さあ……急用があるって言ってたけど」
フーリーに問われても、僕にはそうとしか答えられない。
僕たちは、まだクティのことを何も知らない。普通の人間だとは思うけど、知り合ってから間もないのだから知らないことが多くても仕方がないだろう。
本当に何か用事があって帰らなくてはいけなくなったのかもしれないし、もしくは遊園地内の別のところに行っただけかもしれない。
だから、あまり気にする必要はない……はず。
なのに、どうしてこんなにも引っかかるのだろうか。
「……あの子、気になるん?」
ふと、りんご飴を舐め終えたメルクがそう問いかけてきた。
僕はただ、無言で頷いた。
「ほんなら、うちがちょっと様子見に行ってくるわ。やから、リオンたちは気にせんでええよ」
「え……? メルクが?」
「うちも気になるしなぁ……ラトンのこと、よろしく頼むわなぁ」
そうして、メルクはクティが去っていった方向へ駆け出した。
わざわざメルクが行く必要はあったのだろうか。ただ単に気になっただけな気もするけど。
まあ、メルクが様子を見に行ってくれているのなら心配することはないか。
もうこれ以上気にせず、とりあえず今はみんなと祭りを楽しむとしよう。
このとき。
僕は、いや。
その場の誰もが、ラトンがメルクの背中を睨むように見続けていることに気づかなかった。
§
あれから、二時間近くが経過して。
全てではないとはいえ、ほとんどの店を回り、そろそろ疲れも出てきた頃。
みんな満足に楽しめたことだし、ホテルに戻ろうかと踵を返すと――。
見覚えのある姿が、目の前にいた。
相手も僕たちの存在に気づき、驚愕に目を見開く。
「な……あ、あんたら……」
そんな驚きの表情も一転、殺意を込めた目で睨んでくる。主に、僕を。
でもこちらとしても、まさかこんなところで出会ってしまうとは思わなかっただけに、どう反応すればいいのか分からない。
だって、なぜなら。
ついこの間、僕たち――否、正確には僕と戦っていた相手だったのだから。
「チュマー……何で、ここに?」
小さく、呟くように問う。
そう。その猫耳と尻尾は見紛うことなどない。
彼女は、チュマー・ガットだったのである。
「……別に。ひとつ聞くけど、あんたらうちの仲間に何かしてないよね?」
「何か?」
「だから……っ! まあ、いいや。その様子だと、あんたらんとこには来てないみたいだし」
何事かをぼそぼそと呟き、踵を返すチュマー。
関係ないなら、それでいい。戦う気がないなら、僕だって無理に干渉したくはない。
そのはずなのに、どうしてか僕の喉は呼び止めるために言葉を紡いでいた。
「ねえ! あの二人は、一緒にいないの?」
再び、こちらを振り向く。
その瞳は揺れ、言おうかどうか悩んでいるかのようだった。
「……リリアは、別のとこ探してる。朝から、ハーティーがどこにもいないから。うちたに何も言わずにどっか行くなんて、今までになかったし」
やがて、ぽつりぽつりと語りだす。
ハーティー。フーリーに気を失わせ、ククルの火炎によって腕が焼かれていた、あの女か。
僕たちにとっては敵でも、チュマーたちにとってはかけがえのない仲間なのだろう。
きっといなくなって、とても心配でたまらないはずだ。
それは、今の肩を上下させているチュマーからも容易に想像ができた。
「僕たちも、一緒に探すよ」
だから。
気がつけば、僕はチュマーの目を見据えてそう言っていた。
「は? 何で、あんたらが」
「いくら戦い合った敵でも、困っていたら放っておけないよ。急にいなくなるなんて、どう考えてもおかしいし」
「……あんた、お人好しってよく言われない?」
「はは、そうかも」
半眼のチュマーに、微笑を漏らして答える。
我ながら、変なことをしているという自覚はある。
でも――仲間がいなくなって心配なのは、僕たちと同じだ。
そこには、何の差異も存在しない。
「はぁ……何で、あんたらと……って言いたいところだけど。それじゃあ、休戦。今は……お願い」
よほど、切羽詰まっているのだろうか。
珍しく素直なお願いに、僕は口角を上げて頷いた。




