☆次は、絶対に負けない
リオンたちとの戦闘を終えた、そのすぐあと。
リリアたち三人は、街から出て歩いていた。
自分たちが暮らす、拠点に向かって。
「チュマーは無事なの?」
ふと。目線だけをハーティーの背中にやりながら、リリアが問う。
現在、ハーティーはチュマーを背負った状態で、リリアの隣を歩いていたのである。
「寝ているだけダ。疲れたんだろうから仕方なイ」
そう答え、肩越しに後ろを振り向く。
その口元には、戦っているときからは想像もできない柔らかい微笑が浮かんでいた。
リリアもチュマーを見やり、ほっと安堵の吐息を漏らす。
あれだけ派手に街を襲い、人間と戦闘を繰り広げた彼女たちではあったが。
やはり、仲間を失ってしまえば悲しい。仲間が傷つけられれば怒りを覚える。
それくらいの感情は、人間と何の違いもなかった。
「はぁ……それにしても、やってしまったわ。まさか、人間以外の子を襲い、人間以外の子と戦う羽目になってしまうなんて。しかも……結果は敗北。一生の不覚だわ」
戦闘中のことを思い出し、無表情でありながらも俯き気味に呟く。
人間以外の子――ククル・クラーヴァのことだ。姉のカウや他の龍族とは違い、角も尻尾もなく、そして人外の強者が放つようなオーラのようなものも一切感じなかったため、すっかり人間だと思い込んでしまっていたのである。
その行為は、やってはいけないのだ。
少なくとも、リリアたち三人にとっては。
「大丈夫。次は、絶対に負けなイ。絶対、人間にハ」
ぼそりと、ハーティーが呟く。
その瞳には、憤怒、そして憎悪が宿っていた。
「あなた、記憶のほうはどうなの?」
「……いヤ。でも、あの痛みは、あの苦しみは、体が覚えていル。それだけで、この拳を振るうのには充分ダ」
「……そう」
短く返し、ハーティーに向けていた顔を前に逸らす。
ハーティー・スローンには、幼い頃の記憶がない。
自分の種族や名前などは覚えていたものの、どこの出身で、家族が誰で、周りにどんな人間がいたか……そういったことは、断片的な薄らとした記憶しか残っていなかった。
「ん、んう……?」
ふと。そんな声が聞こえたかと思うと、チュマーが顔を上げ、辺りをきょろきょろと見回す。
そして現状を把握し、悔しさに強く歯噛みした。
「そっか、負けたんだ。あのチビ、絶対に許さない……っ」
戦った相手のことを思い出し、怒りを露にする。
あんな幼女一人くらい余裕で勝てると信じてやまなかっただけに、敗北した事実が悔しくて悔しくてたまらないのだった。
「そういえば、あなたが相手をしていたのって、あの子一人だけなのよね? あなたが、あんな拘束されるなんて珍しいものだわ。油断していたの?」
「してないよ、油断なんて。あいつの能力、ただの人間だとは思わないほうがいい……かも」
「ふぅん」
興味深そうにチュマーを見つめていると。
やがて、自分たちが住まう拠点へと辿り着いた。
「とりあえず、ご飯にしよウ。今から作るから待ってテ」
扉を開けて中に入った途端、すぐさま台所へ向かうハーティー。
家事ができない二人とは異なり、料理上手なハーティーが家事全般を担当しているのだった。
「できたら起こして。それまで寝てるから」
リビングに到着するや否や小さく告げ、チュマーはソファに寝転がる。
それから、およそ数秒程度で、心地の良い寝息をたて始めた。
「……ほんと寝てばかりね、チュマーは」
「今日は特に疲れただろうから、寝かせてあげよウ。チュマーの場合は、いつも寝すぎだとは思うけド」
鍋の中を混ぜながら、肩越しにチュマーを振り向いて微笑む。
その表情は、やはり戦闘時からは想像がつかないほど優しくて。
まるで、二人の母親のような、穏やかな微笑だった。
§
やがて完成し、三人で食卓を囲む。
容姿や性格と反して、ハーティーはとても料理が上手い。
さながら高級料理店のようで、相変わらずの美味に感嘆の吐息が無意識に口から漏れる。
そんな、実に平和な食事を楽しんでいたら。
不意に、インターホンの音が鳴り響いた。
瞬間、料理を食べ進める手が一斉に止まる。
ここに訪れる来客など、思い浮かぶのはたったの数人程度しかいない。
その中でも特に可能性が高く、それでいて今一番会いたくない人物の顔が、全員の頭の中に浮かんでしまっていたのだ。
そっと、ハーティーは立ち上がる。
微かな緊張を覚えながら、足早に玄関へと向かった。
扉を開けた先に立っていたのは、一人の少女。
かなり幼く、十歳前後にしか見えないが。
実年齢は、おそらくハーティーより年上だろう。
その少女から発せられた、短い言葉に。
ハーティーは重々しい表情へと一転させ、小さく頷いた。




