☆僕たちの家に
「それじゃ……あたしは、そろそろ帰るわ」
リリアに遭遇したときと同じ、高台で。
僕たちは、龍族の里に帰るカウさんと別れの挨拶を交わしていた。
またこの街を訪れないとも限らないだろうし、二度と会えなくなるわけでもない。
だけど、それでもしばらく合わなくなることに変わりはない。
カウさんもククルも、見て分かるほどに別れを惜しんでいた。
「お、お姉ちゃん……また、この街に来てくれる?」
「さあ? それはどうかしらね。あたしだって暇じゃないもの」
「……うう」
「で、でも! あんたがどうしてもって言うなら、来てあげないこともないけど!」
本当に、カウさんも素直じゃない。
どうせ心の中では、別れたくなくて仕方ないくせに。
まあ、本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。
「カウも一緒に暮らせないのかー?」
ふと。僕の隣で、シールが首を傾げる。
それを聞いたカウさんは一瞬だけ浮かない顔をしたのち、偉そうに胸を逸らして答えてくる。
「残念ながら、それはできないわ。そこのククルと違って、優秀なあたしは里から必要とされてるんだもの」
「う……ごめんなさい」
「あ、いや……で、でも、あんたは、この仲間たちに必要とされてるんでしょ? だったら、それで充分じゃない」
失言を漏らしてしまうカウさんだったが、そのあとに加えたフォローによって、ククルはまた嬉しそうな顔に戻った。
既に何度も思っていることではあるが、やはり初めて会ったときより遥かに丸くなったと感じる。
あとは、そうやって失言をしたり、妹への強すぎる愛を自重さえできたらいいのだが。
この人の場合、それは難しそうだ。
「リオン」
不意に、こちらへ視線を移したかと思うと。
いきなり、僕の名前を呼んだ。
「これからも、色々と迷惑をかけるとは思うけど、あたしの妹をお願い。いい子なのは、間違いないから」
そう言って、手を差し伸べてきた。
毅然とした態度や、あの戦いっぷりなどからは想像もつかないくらい、華奢で小さな手だ。
とはいえ、もちろん今の僕のほうが小さい手をしているわけだけど。
「……分かってるよ。ドジだったり、泣き虫だったり……そういうところも、ククルのよさだと思ってるから」
そう答え、その手を取った。
「所詮は他人のくせに、知ったような口をきくわね……」
「他人じゃないよ。もう家族だから。仲のよさなら、僕たちのほうが上かも……っ!?」
「ほんっと、生意気な、ガキね……ッ!」
いつしか、ただの握手ではなく、お互いに力を加え始める。
しかし、当然体の大きさも種族も異なれば、力の差も歴然。
カウさんのあまりの力強さに、僕は力を加えることなどできず、さすがに音を上げずにはいられなくなっていた。
「ちょ、待っ……い、いた、痛い……あや、謝るから、ほんと、ごめ……折れる……っ」
「ふん、その程度で終わり? あたしに向かって生意気言うガキには、もっと痛めつけて――」
「……お姉ちゃん」
「――はっ!?」
途中でククルがこちらを――否、正確にはカウさんをジト目で睨んでいることに気づき、途端にカウさんの頬に冷や汗が伝う。
妹に嫌われたくないと思っているシスコンのことだ、このまま仲間を痛めつけ続けると嫌われてしまうかもしれないと、いち早く察知したのかもしれない。
次の瞬間には、握手している手は弱すぎるほどに力が緩められていた。
「も、もう、リオンは演技が上手いわね。あたしはただ握手をしているだけなのに、そんなに痛そうにしているなんて。ね、そうよね」
「……はい」
僕には、若干泣きそうになりながらそう答えるしかできなかった。
何この人、怖い。
初めて会ったときとは違う恐怖心が、僕の中で芽生え始めた。
そこで、ようやく手を離す。
僕の手のひらは、かなり赤くなっていた。
絶対、本気出しやがったな、これ。ドラゴンと人間なんだから、ちょっとくらい手加減してくれてもよかったのではなかろうか。
「リオンちゃん、大丈夫? あたしがペロペロして治してあげようかっ?」
「そんなに目を輝かせながら言わないで……大丈夫だから、本当に、舌を伸ばそうとしないで」
すっかり忘れていたが、こっちはこっちで別の意味で怖い人もいるんだった。
危機が去った途端、フーリーも変態性を惜しまず出してきたな。
そもそも、舐めたところで治ったりしない……と心の中で指摘しておく。
「もう行くわ。元気でいなさいよ、ククル」
「うん、お姉ちゃんもね」
「リオン、ククルに何かあったら許さないわよ」
「だ、大丈夫だから」
どうして僕をそんなに睨むのだろうか。
カウさんが来たとき以上の危機なんて、そうそうないだろうに。
もしあったとしても――僕たち全員が力を合わせれば、何とかなる。
僕は、そう信じてやまなかった。
「それじゃあね」
そして、カウさんは踵を返す。
翼を広げ、大空に飛び立っていった。
最初に『ククルを連れ戻す』とか言われたときは、どうしようかと悩んだものだが。
ちゃんと分かってくれて、本当によかった。
おかげさまで、僕は。
僕たちは、またみんなで、一人も欠かすことなく平穏な日常生活を送ることができる。
「それじゃあ、帰ろっか――僕たちの家に」
「はいっ!」
僕が、去っていくカウさんの背中を見上げながら告げ。
ククルを始めとする、みんなの元気な返事を受け。
誰からともなく、僕たちは笑顔となった。
何かが可笑しかったわけではない。
特に理由があったわけでもない。
だけど、それでもみんなで笑い続けた。
何かが楽しくて。何かが嬉しくて。何かが面白くて。何かが幸せで。
笑顔を絶やさないまま。
みんなで肩を並べて、足を向ける。
他でもない。
僕たち全員の。家族の、家に。




