✩お酒に弱い
プールでの気分転換を終え、僕たちは帰路を辿る。
もう夜も更けてしまったらしく、空はすっかり暗くなっていた。
そうして、家に到着し。
扉を開け、家の中を進み――。
「……ぷはぁ~。あー、おかえりぃ。あんたら、どこ行ってたのよぉ」
辿り着いたリビングでの光景に、思わず目を疑った。
何故か、ククルの姉であるカウさんがリビングの椅子に陣取り、大きな酒瓶を持っている。
既に顔は真っ赤に染まっており、明らかに酔っ払っていた。
そうこうしている間にも、一口、また一口とお酒を口内に注いでいく。
テーブルの上には、似たような大きな酒瓶がいくつも並んでおり、半数以上が空っぽになっていた。
僕たちがいない間に、いつの間にか家に来ていただけでなく、そんなにお酒を飲んでいたとは。
「お、お姉ちゃん……な、何してるの……っ?」
「うぇ~? ひっく、別にぃ、まだ酔ってないんだからいいでしょぉ~?」
「どう見ても酔ってるよ、お姉ちゃん……っ!」
ククルが慌てて止めようとするも、カウさんは意に介さず次々と酒を飲み干す。
こういうところを見ると、二人は姉妹なんだな……って感じがしなくもないが、それにしたって今のカウさんはだらしなさすぎる。
初対面のときの毅然とした態度とは、印象ががらっと変わってしまった。
「ご、ごめんなさい……。いつもは強くてかっこいいお姉ちゃんなんですけど、お酒には弱くて……」
「だぁれが、お酒に弱いってのよぉ! あたしは、お酒にも強いわボケ!」
「ひぅっ!? わ、分かったから、もう飲むのやめてよ……」
僕たちに謝る途中で怒鳴られてしまい、ククルはまた涙目になってしまう。
何というか、今のカウさんは凄まじくめんどくさい。
こんな大人になりたくないと思うばかりである。
「というかぁ、あんたらも何見てんのよぉ! ほら、さっさと付き合いなさいよぉ!」
「……リオンちゃん、これどうしよう」
さすがのフーリーも、めんどくさそうに半眼で呟く。
それはむしろ、僕が聞きたいくらいだ。
ここまでいくと、もはやテコでも動かなさそうだし。酔いが覚めるまで待つしかないのだろうか。
僕としては、そもそも何で僕たちの家にいるのかが知りたいところではあるが。
とりあえず、それを訊くのは後回しにするしかないか。
「おー、わたしも飲んでみたいぞー!」
ふと。
シールが声を弾ませ、カウさんのところへ駆け寄る。
すると、カウさんは嬉しそうに、シールに酒瓶を手渡した。
「あ、ちょっ――」
僕が慌てて制止を試みるも、時既に遅し。
シールは何の躊躇もなく、酒瓶を傾けて小さな口で受け止めた。
しばらく味を確かめるように口内で舌を動かしたりしたのち、ようやく飲み込んだ。
「うぇ~、なんか苦いぞー」
「やっぱガキにはまだ早いみたいねぇ……あたしくらい酒にも強くないと楽しめなくて可哀想だわぁ」
「むっ、ガキじゃないぞー。わたしだって、これくらい飲めるんだからなー?」
カウさんに煽られ、シールはムキになって再度お酒を勢いよく飲み始めた。
苦そうに顔を顰めつつも、一本の大きな酒瓶が空になるまで休まず飲み干す。
あんなにムキになっているシールも珍しい。
まあ珍しいとは言っても、僕だってシールとは会ったばかりというか、むしろ喋れるようになってからまだ間もないのだから性格の全てを把握できていないのも当然か。
シールが酒瓶から口を離すと、もう顔は真っ赤になっており。
いきなり体の力が失われたように、テーブルに突っ伏してしまった。
近寄ってみると、寝息をたててぐっすり眠っていることが分かる。
性格が変わったように喋りまくるカウさんとは違い、シールは酔っ払うと眠ってしまうらしい。
カウさんみたいにならないだけ、まだよかったかもしれないけど。
「もう……お姉ちゃんってばぁ……っ」
ひたすら飲み続けるカウさんに、ククルが今にも泣きそうになっていた。
本当に、どうすんだ、これ。
そろそろ本格的に部屋が酒臭くなってきたし、もう収拾がつかなくなってきたぞ。
僕とフーリーはジト目で口角が引きつりつつ、見守ることしかできなかった。
お酒を飲む場合は、もっと健康や周りのことにも気を遣いましょう。
そんな自分に対する教訓なのではないかとすら思えてくる。まあ、僕は飲んだことないし、将来飲むことになるかはまだ分からないけど。
§
数分、数時間、そうしていたのか分からない。
やがて、ようやくお酒を飲むのをやめたかと思うと、しばらくして顔の赤みが徐々にに治まり、口数もどんどん減っていった。
あまり酔いが覚める瞬間というのがどんな感じなのか知らないが、こんな風に起きている間に少しずつ治っていく瞬間は初めて見た。
「く……あたしとしたことが……っ」
当の本人は別の意味で顔を赤らめ、両手で顔を覆い隠している。
どうやら酔っていた間の記憶はしっかりと残っているようで、今はその羞恥心に襲われている最中らしい。
「あんたら、さっき見たことは忘れなさい。微塵も残さず、全ての記憶を抹消しなさい」
僕たちを睨みながら、無茶なことを言ってらっしゃる。
そんなに恥ずかしいなら、お酒を飲まなければいいのに。
まあ、あそこまで飲んでしまうくらい好きなんだろうし、きっと無理なんだとは思うけども。
「えっと……それで、カウさんは何でここに?」
「別に、せっかくだから遊んでから帰ろうと思っただけよ。店で酒をいっぱい買ったのはいいけど、どこで飲もうか迷ってたから、あんたらの家にお邪魔させてもらったわ」
僕の問いに、カウさんは立ち上がりながら答える。
そして、扉へ向かって歩を進めた。
「お、お姉ちゃん……もう帰るの?」
「当然よ、他に用があったわけでもないし。あんたを連れ戻すのは、三日後だから。そのときにはすぐ帰れるように、準備して待ってなさい」
妹の問いにも、そう冷たく返す。
もうククルが故郷に帰ることは、決定事項になっているみたいだ。
まだ、本人の気持ちを何も聞いていないというのに。
でも、今はまだいい。
勝負は、三日後だ。
そのときまでに強くなって、カウさんたちを驚かせてみせよう。
そして、僕たちといたいと思ってくれているククルのためにも、ここにいてもいいという許可をもらおう。
などと考えつつ、僕はテーブルの上に視線を移す。
空っぽになった大量の酒瓶の中に、一本だけ中身が入った酒瓶が残っていた。
「あの、このお酒は……」
「あげるわ。一応、妹がお世話になってるみたいだし、そのお礼とでも思ってちょうだい」
それだけ言って、カウさんは家から出て行った。
気持ちはありがたいが……僕たちは飲酒しないし、どうすればいいものか。
とりあえず、冷蔵庫にしまっておこう。
未だに寝息をたてて眠っているシールの、その口元に涎がついていることに気づき。
僕は溜め息を漏らしつつ、涎を拭き取ってあげた。




