私の師匠
「じゃあ最後は、やっぱりあれやるしかないっしょ!」
適当に泳いだり、流れるプールなどで楽しんだあと。
とある一箇所を指差し、フーリーは額の汗を拭いながら言った。
その指先に目をやり、思わず顔が引きつる。
かなり大きく長さもありそうな、ウォータースライダーがそこに鎮座していた。
もはや、遊園地の絶叫マシーンか、巨大な怪獣のような威圧感である。
「あれー? もしかして、リオンちゃんってああいうのダメなタイプ? 怖いの?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど。ほら、シールとかククルとか、苦手なんじゃないかって……」
助けを求めてシールに視線を送ると、しばしキョトンと首を傾げたのち。
何やら得心がいったように、笑顔で頷いた。
「おー、わたしもやりたいぞー!」
何も理解してなかった……。
今ので、どうして僕もやりたがってるなんて思ってしまったのか。
僕のことなんて関係なく、単純に自分がやりたかっただけかもしれないが。
最後の頼みの綱である、ククルへ視線を移す。
少しだけ逡巡したのち、上目遣いで控えめに口を開く。
「あ、あの……みんながやるなら、私も、やりたい、です……」
「じゃあ決まりだねー! ククルちゃんもそう言ってくれるなんて思わなかったよ」
「あ、その、私のことを考えて元気づけようとしてくれているので……」
「えへへ、そっかー。行こ行こー」
「は、はい……っ!」
フーリーはククルの手を取り、ウォータースライダーへ向かって駆け出す。
完全にだめでした。
僕は諦念の深い深い溜め息を吐き、頭を垂れる。
「どうしたー? ご主人も行くぞー?」
「……うん」
怪訝そうに水着の裾を引っ張られ、僕は渋々頷く。
そして、先に行ってしまった二人を急いで追いかけた。
こういうの苦手って言うの、なんか恥ずかしくて言い出せない気持ち、誰か分かってくれないかなぁ……。
何はともあれ、僕たちはウォータースライダーの列に並ぶ。
そこまで長い行列ではなく、数秒程度であっという間に順番がやって来た。
先に、先頭に並んでいたフーリーが滑る。
両腕を上げ、楽しそうな叫び声をあげながら。
それから間髪を入れず、ククルが躊躇いがちに滑り始めた。
「は、はわ……ああ、ああああ……あわわ、ああああ……っ」
絶叫なのか呻き声なのか、何なのかよく分からない奇妙な声を出していたが、大丈夫なのだろうか。
よく見えなかったけど、心なしか少し泣いていたような気さえする。
そして、次。
ククルの後ろに並んでいた、僕の番である。
「ご主人ー、わたしがいるから怖がらなくて大丈夫だぞー」
「……怖くなんてないし」
とか言いつつも、スライダーの先を見下ろしては顔が青ざめるのが自分でも分かる。
何で、こんなにいちいち高いところに作るのか。
もうちょっと安全な場所に作るべきだと思うんです、僕は。
「……うう」
生まれたての小鹿みたいに足が震えるのを感じつつ、おずおずとスライダーの上に座る。
それから、間もなく。
僕の体は重力に逆らうことなどできず、呆気なく下へ滑り落ちていった。
「ううう……ひぃぃ……くうううう」
きつく目を瞑り、奥歯を強く噛み締める。
早く終われと何度も心の中で願っていたのにも関わらず、まるで永遠にも等しく感じられた。
そうやって目を瞑っていたから、最後に僕の体がプールの水の中に飛び込んだときは思わず驚いてびくっとなってしまったが。
目を開け、周囲を見回すと、フーリーが笑顔で手を振っているのが見えた。
隣にはククルが涙目で座り込んでいる。
ああ、よかった。結局、僕だけでなくククルも怖くはあったらしい。
などと考えている間に、すぐ真後ろでシールがスライダーを滑り、プールの水に飛び込んだ。
近くにいた僕に、思いっきり水がかかってしまった。
「おー、ご主人ー。楽しかったなー、もう一回やるかー?」
「……僕は遠慮しとく」
若干げんなりしながら、フーリーたちのもとへ向かう。
元気っていいなあ……ウォータースライダーでも怖がらない若い子が羨ましい。
まあ、僕だって若くはあるつもりだけど。
「あの……リオンさん、ちょっと、いいですか?」
二人のもとに辿り着くと、ククルが立ち上がりながら僕に言ってきた。
さっき泣いていたのが嘘みたいに、その瞳には決意が込められているような気がした。
だから、僕は真面目な話をするのだと察して、小さく頷いた。
フーリーとシールをその場に残し、僕たちは人気の少ない隅っこへ。
どんな話をするのか微かな緊張を覚えつつ、言葉が発せられるのを待つ。
しかし、何かを言うより先に、ククルは僕に向けて深く頭を下げた。
「私を、鍛えてくださいっ!」
「え……ええっ?」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
さすがにそれは、あまりにも予想外すぎた。
「私、強くなりたいんです。お姉ちゃんにも、他のみんなにもばかにされないくらい。リオンさんたちと一緒にいても、恥ずかしくないくらい。体も、心も、強くなりたいんです」
それが、ククルの出した答えってことか。
姉、カウさんに言われるがまま、故郷へ帰ったりはせず。
今の自分を変えて、僕たちと一緒にいたい、と。
そう思ってくれたのなら素直に嬉しいし、僕も全力で応援するつもりではある。
ただし。ただし、である。
僕を強いと思っているのはククルの勘違いなわけで、どう鍛えればいいのかなんて僕に分かるわけがない。
「そ、それは僕じゃなくてシールとかフーリーとか……」
「私の師匠は、リオンさんですから。厳しい特訓にも……怖くて泣いてしまうかもしれないですけど、それでも必死についていきますから……お願いしますっ」
これは困った。実に困った。
ここまで頭を下げて、頼み込んでいるククルを拒むことも気が引けるし。
かと言って承諾しても、強くなる方法を伝授などできそうにないから無駄な時間を過ごさせてしまうかもしれない。
「……だめ、ですか?」
潤んだ瞳で、上目遣いで問われ。
僕は、半ば無意識に目を逸らし。
「う……あー、分かった。分かったよ。でも、あんまり期待はしないでね」
拒否なんかできるわけもなく、渋々そう答えた。
途端、ククルはぱあっと瞳を輝かせ、嬉しそうに何度も頻りに頷く。
「あ、ありがとうございますっ! はい、大丈夫です! ありがとうございます、師匠!」
「……師匠はやめて」
何だか早まってしまった気がしなくもないが、腹を括るしかないか。
ただ、僕だけじゃやっぱり不安だし、あの二人にも話して協力してもらうとしよう。
あの姉に、龍族のみんなに。
君たちが弱いと蔑み続けてきたククルは、こんなに強くなったんだぞ、と。
そう、自信満々に煽れるように。




