✩悪いことをしている気分です
窓から、暖かい日光が差し込む。
その眩しさに目を細め、ゆっくりと上体を起こす。
朝になったか。
大きなあくびを漏らしながら起き上り、部屋の中を見渡す。
かなり広い家になり、部屋の数も多いため、僕たちはそれぞれ一人ずつ個室を自分の部屋にして使うことにした。
最初は何も家具が置かれていなかったが、昨晩ベッドや机など必要そうなものを出現させておいた。
もちろん、他の二人の部屋では、ククルやシールの要望をなるべく反映したつもりではあるが……生憎と、僕の拙い文章力と筆の能力の相性が悪すぎて、そこまでいいものにはできなかったかもしれない。
でも、ベッドの寝心地は思ったより悪くなかった。
昨日は色々あって疲れていたことも影響しているとは思うものの、少なくとも元の世界で僕が使っていたものより遥かにふかふかである。
まあ、出現させる際に『ふかふかな』といった旨の文を念のため書いておいたからかもしれないけど。
そんなことを考えながら、部屋から出る。
それとほぼ同じタイミングで、少し離れた位置にある扉が開くのが見えた。
そして、中から眠そうに瞼を頻りに擦っているシールが出てくる。
今は人間の姿だが、和服のまま寝たのだろうか。まあ、和服しか持っていないだろうから仕方ないか。
「んー……? あっ、ご主人ーっ!」
眠そうだったのが一転、僕を見つけた途端にぱあっと瞳を輝かせた。
いきなり駆け出し、勢いよく抱きついてくる。
「ちょっ、いきなりどうしたの?」
「やっぱりわたし、ご主人と同じ部屋がいいぞー!」
「ええ……? せっかく広くていい個室なのに?」
「ご主人がいないなら、ボロくて虫だらけの部屋と大差ないぞ」
「……別に、同じ家の中にいるんだからさ」
四六時中、僕と一緒にいようとするのは何なのだろうか。
もちろん嬉しくはあるが、さすがに常に一緒は困る。
その大きすぎる好意は、もう少しだけ自重してくれると嬉しいんだけど……無理なんだろうなあ。
「んー……。ご主人ー、もう少し寝てていいかー?」
「えっ? まだ眠いの?」
「んむー……」
僕の問いの途中で目を瞑り、ウトウトと船を漕ぎ出す。
やがて、体が崩れ落ち――筆の姿に変わってしまった。
これは……眠っているのだろうか。
和服のまま寝たのかと思ったが、寝るときは筆の姿になるらしい。
仕方ない。
僕は筆を拾い、内ポケットに仕舞ったのちリビングへ向かう。
そこには既にククルが待っており、なぜか台所に立っていた。
リビングのテーブルには、たくさんの料理が並んでいる。
しかし、そのどれもが黒焦げだったり形が崩れていたりと、失敗作であることが分かる。
「な、何してるの?」
「ふぇっ? あ、お、おはようございます。ちょっと、料理の練習をと思いまして……」
「料理の練習?」
問いながら、ククルに歩み寄る。
どうやら今も何かを作っているところだったらしく、フライパンの上には米がたくさん乗っていた。
チャーハンか何かだとは思うんだけど、残念ながら黒いし臭いし何の具を使っているのかさえ判別できない。
「え、えっと……昨日の夜ご飯のとき、大変そうでしたので。これからもリオンさんの能力に頼りっぱなしなのも申し訳ないですし、私が料理をできるようになれば少しは楽になるかなって」
「ククル……」
いい子すぎて、思わずじんわりと来てしまった。
確かに、僕の文章力と筆の謎の判断じゃ、ご飯ひとつ出すだけでも一苦労だ。
でも、まさかそのせいでククルに気を遣わせてしまうとは。
「ごめんね、僕がもっと上手く扱えたらよかったのに」
「い、いえ、そんな。大丈夫です。私、リオンさんの弟子ですからっ!」
「……そう言えばそうだったね」
僕の弟子になったこと、すっかり忘れてしまっていた。
まだ師匠らしいことを何もしていないけど、それは構わないのだろうか。
とはいえ、ククルが強くなる方法なんて教えられる気がしないし、僕としては別にいいんだけども。
「そうだ。じゃあ、今日は外食にしない?」
「外食、ですか?」
「どんな店があるのかは分からないけど、今から行ってみようよ」
「わ、分かりました。でも、お金は……」
ククルが心配そうに呟いたので、僕は内ポケットから筆を取り出す。
そして、迷いなく虚空に執筆する。
『大金が現れた』
そんな、あまりにも短い簡潔すぎる文で、この場に大量のお金と思しき紙幣が出現した。
一枚一枚に、様々な数字が書かれている。
これだけあれば、高級料理店ですら問題なさそうだ。
「な、何だか、悪いことをしている気分です……」
「……はは。偽物ってわけじゃないんだし、大丈夫大丈夫」
罪悪感に苛まれてしまうものの、僕たちの場合そうしないとこの世界では生きにくいのである。
などと自分を正当化しつつ、筆の姿になっているシールを叩き起こす。
数分程度かけてようやく起き、人間の姿に戻ったあと外食しに行くことを説明する。
シールは二つ返事で了承してくれたため、僕たちはすぐさま家から出た。
この街はかなり広いし、どこに何の店があるのかまだよく把握できてはいない。
だから、三人で街を見て回ろう。
ここに住むのであれば、街の中に何があるかくらいは知っておきたいし。
そんなことを考えながら、『何が食べたいか』『あとでどこかに遊びに行こう』といった他愛のない雑談に花を咲かし、三人で肩を並べて歩く。
そうして、広々と円状に開けた場所に出た。
広場だろうか。道なりにたくさんの店が立ち並び、中央には噴水や掲示板などが見える。
だが、僕たちの視線は、とある一点に注がれていた。
中央、噴水のすぐ前。
一人の女の子を囲うようにして、たくさんの人々が集まっている。
女の子は、歌っていた。
とても可愛らしい声でありながら、かなり透き通った綺麗な歌声を響かせていた。
十代半ばか後半くらいに見える、可愛い少女だ。
水色のツーサイドアップに、ポンチョのような服に身を纏っている。
黄色と赤色で、両目の色が異なっていた。
僕は。
いや、僕もシールもククルも、そして少女の周りに集まっている人たち全員も。
誰もが、彼女の口から響き渡る歌声に、聴き入ってしまっていた。




