99話 マリオという男①
間があいてしまいましたが、ほそぼそと更新させていただきました。
俺は、辺境に近い田舎の村で産まれた。
家は貧しかったけど、両親の仲は良かったし兄弟もたくさんいて、みんなで助け合って生活してた。
でも俺が4つの時、村で病気が流行って両親が死んでしまった。
俺の村だけじゃなくて、この年は国中でたくさんの死人が出て、親を亡くした孤児を養う余裕なんてどこの家にもなかったからな。
この時の疫病は大人の致死率が異様に高く、なのに子供は生き延びることが多かったらしい。
火の気が消えた凍えるほど冷え冷えとした家の中で兄弟達と肩を寄せあい、このまま野田れ時ぬのかと子供ながらに理解して震えていたんだ。
だがそうはならなかった、国がナントカ法ってのを新たに作って、疫病の犠牲者とその家族に救いの手を差しのべてくれたんだ。
他の国では古くから奴隷制度があって、こういった大規模な疫病で親を亡くした子供なんかは、だいたいにおいて奴隷にされてしまうと聞いたことがある。
子供達を売った金を村や町の財源にあてる、それによって他の住人は食いつなぐ、さほど特別な事ではない……その国では。
後になってこの話を聞いた時は心底ぞっとした、俺らも他所の国に生まれていたらそうなってたかもしれないんだ。
ここ、ウェスリーでは数十年前に奴隷制度は廃止され、奴隷の所有も認められていない。
親を亡くした子供は民営の孤児院か教会に引き取られて、運が良ければ里親の元に引き取られ、運が悪ければ孤児院の劣悪な環境に耐えられず怪我や病気で死ぬことになる。
孤児院で無事に成人まで生き延びても、その頃の「孤児」ってのは身元保証人を見つけない限りとても立場が弱くて、ろくな仕事に就けずにその日暮らしを続け、死ぬまで貧乏なのが一般的だった。
だが、あの年に疫病によって生まれた孤児の数はそれまでの比ではなく、これでは民営の、だいたいが小規模な上に杜撰な運営者もいた孤児院では、全ての面倒を見ることは不可能だった。
そして孤児院や教会で賄いきれない子供はどうなるかと言うと、おそらく路上生活をおくることになっていたろう。既存のスラムをはるかに越えた人数が新たに住み着くとなれば、治安の悪化等で元々の住人からは多分受け入れられない。
すると、最後の手段としておそらく他国に……多分、奴隷に近い扱いで連れ出されることになっていたんだと思う。当時の一部の高位貴族達は、その方向で話を推し進めていた。
奴隷制度を忌避しているウェスリー国の民としては認める訳にいかない事態が起きると、当時の大人達は皆絶望視していたらしい。
だけどその新たに作られた法律のお陰で誰も奴隷にされることはなく、孤児達は貧しいながらも一人の人間として生きる権利を守ってもらえた。
自分の家族を養うのに精一杯で俺らに手を差しのべてやれなかった村の大人達も、涙を溢して喜んでいたものだ。
しかし、国の負担で疫病の被害者を救済するってのは、お偉いさん達の間でも相当揉めたようだ。
なんでも、当時のウェスリー国の財源は相当に苦しかったらしい。そして高位貴族が何人も反対派として盛んに騒いでいた。
そんな状況にありながら、その案が無事に通った背景には王様の尽力があったと聞く。
賢王ローレンス……あのお方のお陰で、俺らの人生は変わったんだ。
王の慧眼が正しかったことを証明するためにも、俺達は例えどんな苦しい状況に追い込まれたとしても、まっとうに生きると心に誓っている。
国による救済として、俺も兄弟達も孤児になった子供達はみんな、領主様が経営する孤児院で引き取ってくれることになった。
村を出て領都の孤児院に入り、院の経営はギリギリだったらしく生活はかなり貧しかったけれど、俺達は兄弟離されることさえなく、元気に育っていった。
孤児院の子供達は大人の難しい事情を知らず、国王様の慈悲で守られたことすら理解出来ていなかったけれど、親を亡くして行く宛がなかったことや村が疫病で余力がなかったことは理解出来ていたから、自分を引き取ってくれた領主様に感謝していた。
なので、みんな進んで院の仕事を手伝っていた。感謝はもちろんあったが、将来食いっぱぐれないためにも「居場所」を見つけようと必死だったからな。
ある程度育っていた奴は庭師や料理人など、将来弟子になれそうな伝を紹介され手伝いに通うようになり、まだ小さい奴等は院の細々とした仕事を割り振られていた。
俺や兄、弟達も成人の15歳には程遠かったから、ちびっこ同士でわちゃわちゃしながら孤児院内を駆け回っていたものだ。
そしてあの頃俺は、孤児院にあった家庭菜園で運命の出会いを果たす。
時おり、領主様が各地の孤児院を視察に訪れていることは知っていた。
でも俺らちびっこ達は礼儀作法がまだまだ身に付いておらず、とても貴族様に会わせられる状態じゃなかった。
なのでそういう偉い人が訪問する時は、小さい子供達はまとめて建物の外に出されて、お使いに行ったり草むしりをしたり水汲みをさせられていたのだった。
俺も領主様の姿を遠目に見ることくらいはあったけど、正直「身なりのいい貴族のおじさん」くらいにしか分かっていなかった。
だから、その日も外に出ているよう言われて、割り振られた仕事が終わったから呑気に皆で遊んでたんだ。
絵を描くのが昔から得意だった俺は、弟にせがまれて地面に木の枝で絵を描いてた。
そのうちに他の小さい子供たちも集まってきて、家庭菜園の片隅の「遊び場」にしていいと言われてたスペースで、ガキンチョ集団で輪を作りお絵描きをしはじめた。
普段はお絵描きなんてしない活発な奴等も珍しく参戦してきてて、確かお祭りで見た人形劇の「英雄ハッシュ」を描いてたんだっけな。
なんせ俺も皆も小さかったもんだから、土の地面に描かれたのは歪んだ丸に歪な三角などを組み合わせたしっちゃかめっちゃかな落書きそのもの。
でもそんなんでも書き上げたことが誇らしくて、それぞれ自分の描いたハッシュが一番かっこいい!と言い張り、キャーキャー騒ぎながら見せっこしていた。
そこに、やけにヒラヒラしたワンピースを着た同い年くらいの小さな女の子が突然現れて、両手を腰に当ててふんぞり返りながら言ったのだ。
「へったくそな絵ね!」と。
当時の俺はかなり短気で、しかも弟達を守ろうと義務感に燃え、かなり兄貴ぶっていて。
弟の描いた絵を真正面から貶した女の子と、それはそれは激しい取っ組み合いの喧嘩を繰り広げた。
あの時の俺に会えるなら、拳骨を喰らわせてやりたい。女の子相手に何をやっているんだ、と。
だがなんと、その女の子はさして変わらない体格だったにも関わらず、俺を完膚なきまでに叩きのめした。孤児院の低年齢ちびっこ軍団の中では一番年上で体も育っていた俺が、それはそれは見事に敗北したのだ。
地面に倒れて女の子に足蹴にされてる俺と、仇討ちとばかりにまとめてかかっていったが遇えなく全員返り討ちされギャン泣きするちびっこ軍団。
身綺麗なおっさんが駆けつけてきて目にしたのはそんな光景だった。
泣きそうな顔で俺らに駆け寄り、土下座する勢いで謝ってきたおっさんは、言ってはなんだが到底貴族には見えなかった。
むしろ普通の貴族だったら俺らのほうを叱る、っつーか処罰してただろうにな。
そう、俺をけちょんけちょんにした女の子は、孤児院を経営する領主・グウィネス侯爵様の娘だったんだ。
あの穏やかで腰の低いお方からどうしてこれ程苛烈な娘が、と思わないでもないが奥方様のご気性を考えれば納得もいく。奥方様って絶世の美女なんだけどね、見た目だけは。
領主様は孤児院の子供達に手をあげた自分の娘をあわあわしながら叱りつけ、涙目になってひたすら俺達に謝った。まがりなりにも侯爵の身分にあるというのに、あの方は本当に誰に対しても優しいのだ。
孤児院を任されている院長はそれを見てかなり狼狽えていたが、侯爵様の日頃からの低姿勢っぷりは知っていたようで、最終的には「子供の喧嘩ですから」ととりなしてくれた。
まあ、相手は貴族だし俺らも女の子一人に全員でかかってった訳だし、俺の怪我もスリ傷と打撲で済んだこともあって、この件はごく内密に処理されたそうだ。
そんな最悪の出会いを果たした俺達だけど、貴族のイメージとは程遠い破天荒な彼女は何故かそれから毎週孤児院を訪れるようになり、俺らともすぐ打ち解けて仲良くなっていった。
あの頃の彼女は目玉ばかりギョロギョロと大きく、成長が早かったのか年齢の割にヒョロリと縦にばかり伸びて、なのに肉は全くついておらず手足は棒切れのよう、しかも真っ黒な癖毛は結い上げることさえできない程もつれていた。
そんな彼女についた渾名は「鳥の巣」、本人は気にしておらず笑って受け入れていたし、俺も「焦げ焦げ頭」とか妙なあだ名で呼ばれていたが。
今思えば貴族の令嬢に対して失礼すぎる、よくもまあ大人も咎めなかったものだ。
すっかりガキ大将と化した彼女は、孤児院に来るたびイキイキした顔で俺達ちびっこ軍団を引き連れて孤児院中を駆けずり回っていた。
時にはいつも傍についていたお付きのメイドと護衛騎士を出し抜き、ちびっこだけで街に飛び出して大目玉を食らったりもして。
そうしてやんちゃで男勝りな彼女に振り回されながら、いつしか俺達はみんな彼女に恋をしていた。
いつから好きだったのかなんて分かる奴は誰もいなかった、気づいた時にはもう、孤児院の子供達は多分みんなあの少女に惚れてしまっていたんだ。
それも男の子だけじゃなくて、なんと女の子達もみんなして「イザベラちゃんはあたしと結婚するの!」と口を揃えて言っていたものだ。
ちなみに、女の子同士では結婚できないんだぞーと余計なことを言ったやつは彼女らによってタコ殴りにされていた。
だけど、恋に目覚めると同時に皆気づき初めていた。
彼女は貴族の令嬢で、俺達は平民。しかも、親のいない孤児だ。
それまで彼女が俺達に混ざって好き勝手に過ごせたのは、小さな子供だったから。オトナになれば、こんなふうに一緒に遊ぶことなんて出来なくなるってことに。




