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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第一章 はじめまして、異世界
31/102

31話 王国騎士団極秘任務中

コポート村から少しだけ離れた森のはずれ。背の高い木々の影へ隠れるように、たくさんのテントが並んでいた。

周辺にはラフな平服の青年達が麦の入った袋を運んだり、岩に腰かけて煙草をふかしたりとそれぞれに昼下がりを過ごしている。だが彼らはその肩や背中の筋肉が盛り上がった様、纏う雰囲気、どこをとっても普通の村人とは思えない物々しさがあった。それもそのはず、彼らはウェスリー王国最強と言われる第二師団、その第一部隊なのである。

ただいま極秘任務の真っ最中なのだが、それは彼らには滅多に任されることのない類いのものだった。

「やったー、やっと順番が来た!」

「あまり羽目をはずすなよ?それから、あくまでも一般人としてふるまうこと。わかったな」

「は、はい」

そう俺が釘を差すとこの部隊で一番若い二人組が村へ歩いていく。その浮き足だったなんとも頼りない後ろ姿を見送りながら、手元の書簡に目を通し始める。


部下達は村内の偵察…いや、見廻りを兼ねた「散歩」に交互に出かけているのだが、自分にはそんな暇はない。ちょっと面白くないがこれが仕事なのだから仕方ない。普段は体力仕事や荒事ばかりでこんな穏やかな任務は数年ぶりだし、いつもは街道を足早に通りすぎるだけでじっくり村の中を見たことがないので自分だって散策したいのだが。ここにはかなり魅力的な店が多く滅茶苦茶気になっているのだが、立場上顔には出せない。

しかし徐々に悔しさが少々顔に出て来てしまったところで、ふいに肩を叩かれ顔を上げる。

俺の肩に手をあてた部下がこっそりと示す方向には、やや密集したテントの間を縫うようにして甲冑を着た大柄な男が歩いて来るのが見えた。副隊長だ、彼はテントで休んでいたはずだがどうしたのだろう。しかも一人だけ甲冑のままだ、今回の任務の目的をもう一度説明すべきだろうか。目立つなと再三言っておいたのに。

逡巡している間に彼はすぐ目の前に到達してしまった、こいつの歩幅はなんとも広すぎる。

「隊長殿、賢者様はどちらに?こちらへ向かったと聞いたのだが」

「ああ、賢者様なら先程村へ戻って行かれたぞ」

何か急ぎの用でもあったのだろうか、少し遅かったようだ。

「ううむ、いや先日頼まれていた物を渡しそびれてな。移動中にお声をかけるべきだったか……そういえば、作戦開始後にわざわざここへいらっしゃるとは何の話だったのだ?」

「いや、村の原種の犬や猫が昨夜から様子がおかしいらしくてな。馬は少し大人しい程度のようだが。何か大きな魔物でも近くにいるのでは、と村の者が心配している」

「原種は魔物などより遥かに鼻がいいからな。しかし、ここへの道中はグレイウルフくらいしか変わった魔物はいなかったように思うが…」

「だな。あの村で飼われているなら、いまさら驚くようなものでもなかろうし。まぁ、念のため夜間の見廻りの人数は増やしたほうがいいだろう」

原種、とくに犬の嗅覚はすさまじい。さらに特殊な訓練を受けた固体なら、この村を囲む森の端から端までもかぎ分けるという。一般に人より感覚が優れている獣人であってもそこまで優れた能力を持つものは極々稀であることから、大陸には感知魔法代わりに原種を連れ歩く軍もあるという。なんともぜいたくな話である。

それに比べてうちは…まぁ10年前に比べたら規模も予算も何倍にもなっているし、これ以上多くを求めるのは強欲というものだろう。しかし感知魔法の使い手は極端に少ないのが現実だ。それを補えるというのは魅力的と言える。

「それにしても、今回の任務は…緊張する」

「お前ほどの者が何を弱気なことを。確かに、本来なら第三師団の仕事だったがね」

二人してなんとも言えない顔で村の方を眺める。奴等は果たして納得しているのだろうか。



我が国の騎士団は6つに分けられており、普段はそれぞれが担当する地区で任務についている。

しかし部隊により多少の得手不得手があるのは人間だから仕方のないことであると云えよう。どこの部隊も平均して、というのが理想ではあるがどうしても偏りが出てきてしまうものだ。

街ではよく第二師団は力馬鹿、第三師団は頭でっかち、と言われているらしい。反論したい気もするが納得もできる、たしかにうちはそんな連中が多いからな。

我らは普段王都の北を主に守護している。そして荒事の気配がすると多少の距離があっても優先的に派遣される、頭脳労働を任されることなどそれこそ数えるほどもなかった。

頭を使うことや対応に工夫が必要な場合などはもっぱら第三師団が呼ばれるのが常であり、我らも今回のことは寝耳に水だったのだ。


魔王が討伐されてから長らく封印されていた古代遺跡で問題発生と報告があり、うちの部隊に話が来たまではわかる。まぁ、飲んでいた茶を吹く程度には驚いたが。

あの魔獣キマイラが復活したかもしれない、ならば我らを除いては第一師団くらいしか対応できる部隊などない。そして第一師団は王を守る近衛としての役割が大きい、そんなわけで内心「我らには荷が重い」と嘆きつつ各々が家族に遺書をしたためた上で出発となった。

あの伝説の魔獣が復活してしまったら魔王の悪夢が再来する。ゆえに命を懸けて食い止めることを覚悟し馬を走らせてみれば…なんとも不気味なことに、問題の魔獣の卵は空っぽであった。

これには賢者様も頭を抱えていた。あの封印は賢者様が精霊の力を借りて施したものであり、人為的に解除するなどあり得ないはずなのだ。割れた卵を発見し慌てて退却したものの、その卵の中にいたはずの存在は影すら見えないまま。手分けして遺跡内外をしらみつぶしに調べたものの、やはり魔獣はどこにもいなかった。

しかも封印を解いた犯人である盗賊を捕らえてみればまたもや北の某国からの密入国者。今ごろ早馬の報告を聞いて城は大騒ぎになっているかもしれない。

まぁ、そんな訳で微妙に後味の悪い結果ながらも一人の死者もなく遺跡を後にできたのだった。もしもキマイラが復活していたなら、一体何人の命が失われていたことか。同行した賢者様もおそらく無事ではすむまい、この事態は奇跡と言える。


そんなこんなで戦々恐々としつつも遺跡を出て、魔獣の行方を追うため賢者様があれこれ作戦を考えて下さっていたのだが、突然精霊の魔女のもとへ転移されたと思ったら「魔獣はいなかった、問題なし」と書かれた書状を持って戻られた。

もう、我らには何が何だか。

だが精霊の魔女は決して嘘を語ることはないと言う、賢者様と魔女が二人ともそう証明してくださるのなら、きっともう安全なのだろう。そう思うしかない。思いたい。頼む。


キマイラの件はとりあえずこれでいいとして、我らは賢者様を村まで護衛することになった。盗賊から解放した奴隷の獣人少年と道中魔物から保護した少女も一緒に。それはいい、しかし村に着くと同時に賢者様は新たな仕事を我らに頼みたいとおっしゃったのだ。

この、賢者様の住まう村。決しておおやけにすることのなかったこの地を一般の者にも解放するという任務を。

立場上一応話には聞いていた、これは第三師団の極秘任務であったはずだった。何ヵ月もかけて計画を練り綿密に予定をたてていたそれを、賢者様は「ちょうどここにいるんじゃから、もうお主らに任せていいかのぅ」と軽い調子でおっしゃって。

今我らのいる場所、村の裏手からは三角にとんがった教会の屋根が見えていた。

賢者様は公平で優しいお方。第三師団は世間一般ではお高くとまってるとか嫌味ったらしいだの言われているが、賢者様に悪く思われていたりはしないはず。この数日共にいて、我らのこともおそらくなんら悪意なく、むしろ信頼してくださっている様子が窺えた。だから、多分他意はないはず。彼にとっては第二師団も第三師団も同じ、そういうことだろう。

「…もしこの任務に失敗でもしようものなら、第三師団の追求が恐ろしいことになるであろうな」

「言うな。そういうことを考えるな、不安になるだろう」

「息子がやっと掴まり立ちできるようになったばかりなのだが…剣を降るしか能のない某に、騎士団以外の仕事など…」

「だからそういうこと言うなって!前向きに考えて!人生ポジティブに行こう!」

いかつい顔をして頼りないところのある副隊長を励ましながら、じつは私もすごく不安になっていた。

しかし愛しい妻のため家のためついでに部下のため、粉骨砕身がんばるしかない。当たって砕けてでもこの任務は達成させる、そう心に誓うのだった。




騎士団の面々が村の裏側で不安に包まれている頃、村の入口である木の門を軽い足取りでくぐる若者が二人いた。第二師団に所属するにしてはやや細く、庶民として目立たずこっそり見回るというこの任務に多分一番適正があるとおぼしき最年少コンビ。キョロキョロと村を見回し好奇心が顔に出ているリックを、ハロルドが横を歩きつつ肘でついた。

「なんだよ」

「なんだじゃないだろ、目立つ行動は厳禁だっつーの。普通にしてろ、普通に」

ひそひそと小声で注意しながら、ハロルドもやっぱり気になって村の中をちらちら見てしまっている。

普段は城下町で過ごしている彼らにとって、まして騎士団に入隊したばかりで遊ぶ暇などないのだから今のこの自由な時間はとんでもなく魅力的だったりする。


ここは騎士団の間でも極秘扱いの、今まで特例以外の来訪者を受け入れていなかった幻の村だ。

いつからあったのか、誰が作ったのかは自分のような下っ端には分からないが、魔王を倒した賢者様が隠居して隠れ住むために興した村だと睨んでいる。

最近まで稀にしか姿を現さなかったあの賢者様が、先日やっと王に現役復帰を報告したらしい。国中が長年待ち望んだ英雄の復活、決して本人の前では浮わついた態度をとるなと厳命されてはいるものの、皆気になって仕方がなかった。

城で何度か見かけたことはあっても会話する機会なんてあるはずのない賢者様。しかしこの任務につくにあたって、そんな人が「近所だから」という理由で同行してくれた。なんていうか、実際に会ってみたらすごく気さくで…驚いた。ていうか、ちょっと拍子抜けしてしまったというのが本心だったりする。案外普通っぽいなぁなんて皆でこっそり話していたし。

「なぁ、聞いたか?薬屋の品揃えがすごいらしいぞ」

ハロルドが小声で耳打ちしてきた。ほーそうなのか、でもそんなとこより気になる店があるだろ。

「いやいや、武器屋に行ったってやつの話聞いてないのか?本物のミスリルの剣が普通に並んでるんだって、城下町じゃ一般の客にゃ見せてもくれねーのに。しかも店のオヤジが作ったっていう珍しい護符も売ってるってよ!」

武器屋、武器屋。うーんと、どっちのほうにあるんだ?つーか小さい村なのに看板が目につく、意外と店が多いな。

「おいどこ行くんだよ、薬屋はこっちらしいぞ」

「いやだから、そんなつまんねーとこより武器屋!武器屋行こうぜ!」

急いで先へ進もうとしたら後ろから頭を捕まれた。

「何がつまんない店だ!すぐ変なもん食って腹下して薬くれーって騒ぐくせに。まずは薬屋!他の店は後でもいいだろ」

「なんだよそれ、腹下したのは三回だけだろ!」

「そんだけ下しといて威張るな!子供じゃないんだから腹痛の薬くらい自分で常備してろよ、いつも俺が持ってるとは限らないだろ」

「んだよ、そんなん言っていつも持ってるじゃん。やたら薬持ち歩いてるし財布にゃ飴玉入れてるし、ほんと母ちゃんみたいだよなーお前」

「………」

あ、やべ怒らせちまった。目が座ってる。

がっしと襟首を持ち上げられ爪先が浮くまで持ち上げられる。そのままハロルドは俺を片手で保持して回れ右して道を歩き出した。

そんな彼らを不審そうに遠目で見ながら、森を歩き通してやっとここへたどり着いた冒険者一行が木の門の前に立って唖然としていた。見たことも聞いたこともない、未知の村を目の前にして。


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