15話 ひどい目にあった
ジャックを抱えた女の子はライアット専用らしい天幕…テントへ入っていった。俺はライアットの後ろについて歩いて行く。
「すまんの、お主までおいだされてしまった。さすがに男所帯の中に女一人じゃからな」
憮然とした顔で話してくれた内容によると、どうもあの女の子は小さい頃からよく問題を起こしているらしい。
ライアットがいる教会にもよく来る顔馴染みで、昔から村中を駆け回る元気な子供であったが、年頃になってきても女らしくなる様子が見られず、いまだに家族が頻繁に相談に来るのだそう。
「あげくに冒険者になりたいなどと…なんで若い者はみんなあのような仕事に憧れているのか、理解できんわ」
珍しく苛立っているようだ。
冒険者…たしかギルドで依頼を受けてその日暮らしをする人々、だっただろうか?悲しくなるほど思い出せる記憶が少ないオレだが、盗賊達が何かで話していたのはおぼろげに覚えていた。
どうも彼は冒険者という仕事を好ましく思っていないようだが、若い者にはずいぶん人気のある仕事らしく、教会で面倒を見ている子供たちもかなりの人数が将来の夢と言っているそうだ。
「あんなもの、好き好んでなるものじゃないわい。まして嫁入り前の若い娘だのに、困ったもんじゃ」
ライアットの話を聞いていると、怒りながらも心配し気にかけているのがわかる。仲は悪くないようだ。
結局その日は、隊員達のテントに一緒に入らせてもらった。皆何故か俺をちらちら見ては目を逸らしている。
ライアットは立場があるらしく、兵士達に隊長のテントへ連れて行かれた。
ジャックが傍らにいないとなぜか落ち着かないが、隊員達のいびきを聞いている内に俺も眠りについていた。
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いつもと違う朝、大勢のいびきを聞きながら目覚めた。隣の寝ぶくろに入っていたはずの兵士が何故か俺の頭のうえに足を乗せている、向こうでは腹を出して寝てるやつもいた。
「ゴアー…」
「グー…ガッ…」
みんな気持ち良さそうに目を閉じている。ちょっとうるさいが、こういうのは賑やかで少し楽しい。
彼らと会うまでは、盗賊達の眠りを妨げないよう、また見張りも兼ねていつも屋外で一人で寝ていたのだ。いびきどころか寝息をたてただけでも蹴られた、それに比べてここはなんて穏やかなんだろう。
「ウーギャー!」
そんなことを思いながらうとうとしていたが、テントの外から何故かジャックの絶叫が聞こえてきて、慌てて飛び起きる。兵士も何人か目を覚まし、俺と顔を見合わせた。
急ぎ足でライアットのテントに行き、呼び掛ける。
「ジャック?」
「ギャー、ミギャー!!」
「え!?ちょっと、やだ待って!」
ジャックの悲鳴に昨日の女の子の声が混じり、テントにかけていた手が止まる。そうだ、あの子が中にいるのだった。たしか、女性がいる部屋に突然入るのはダメだった、はず。
どうしよう、でもジャックが助けを求めている…声をかければ、大丈夫だろうか?
「は…入る、ぞ」
「フギャギャー!」
テントの端をめくりそっと中を伺うと、しゃがんで木桶に手をつっこんだ少女が何かを押さえている光景が見えた。
「ギーミャー!!」
桶の中に押し込められていたのはジャックだった。少女の細く白い指に爪をたてながら、水しぶきをあげ声の限りに叫んでいる。
「……?」
「あああ、あの、違うの!苛めてるんじゃないの!その、お腹がガビガビになっちゃっててっ」
「ウギャギャブゴボブボッ」
「あ!ちがっ、は、鼻水がついちゃったとかじゃなくて!な、涙で!涙だから!」
「ガボッゴブミャ…」
泣きそうになりながら必死な顔で説明する少女に気圧されて、何度も頷く。そういえば昨日、ジャックの腹に顔をつけて泣いていた、な。
「ガボボッ…フギャンゴボブ」
木桶の中でもがく黒猫、全身水に浸った姿はぺっとりとして水草のようだった。
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焚き火の前で寝そべり、背中を毛繕いする。やっと水気がとれて落ち着いた、やはり俺は水が苦手らしい。
考えてみれば、テレビでも猫は風呂をいやがっていたっけ。犬なんて泳げるらしいのに。
改めてため息が出る。やっぱりオレ、猫なんだなぁ…もう一生風呂を楽しむことはできないだろう。
「ジャックちゃん、なんかため息ついてない?」
「猫もため息をつくのか?人間くさいやつだのぅ、ほれ元気出せ」
横に座っていたエルフのじいさんが、わしわしと頭を撫でてくる。慰めはよせ、むなしくなる。
便乗して手を伸ばしてきた少女の指をさっと避け、じいさんの尻の横に潜って隠れる俺。
「ジャ、ジャックちゃーん…」
「すっかり怖がられているのぅ、ざまーみろぃ」
「ぐぎぎ…」
涙ぐみながら歯ぎしりする少女、しかしだめだ、この娘には二度と近づくまい。いまだ恐怖がぬぐえない、一晩で何度も死ぬ思いをした。
きょにう美(若干)少女と添い寝、そんな浮わついた気持ちはすぐに消えたさ。こいつ滅茶苦茶寝相が悪い。
しかも、ベッドの上で攻撃を必死に避けていた俺に、突然のヒッププレス…すんでのところで脱出したので潰されずにすんだが、勢いあまってベッドから落ちて一瞬息が止まったわ。
ちょっと冷えるけど安全かな、と諦めてベッドの下で寝ようとしたけどそこも安全じゃなかった。あいつどうしてベッド下までキックできるんだ?もはや狙ってたとしか思えねえ…
結局一晩中眠れず朝になり気絶しそうになってたら、いきなり水風呂にたたきこまれたのだ。恐ろしすぎるこの女。
尻にぴったりくっついて震えていた俺をじいさんがちょいと持ち上げ、膝に載せた。
「おうおう、可愛そうにすっかり怯えて。起き抜けにいきなり水風呂とは気の毒にのぅ」
そうだそうだ、一瞬走馬灯が見えたぞ。
「だ、だってお腹の毛がごわごわになってたんだもん」
お前の鼻水でな。
「しかも、こんな小さな生き物を考えなしにベッドに入れて寝て、圧死させかけたと」
「違うわよ!潰すつもりなんてないもん!た、ただちょっと、寝相が悪いの忘れてただけで…」
俺を殺しかけた女、キャシーは強気に語っていたが、語尾が消えそうになっている。反省、してるのか?ちょっと可愛そうになってきた…俺も大人げなかったかな。
ライアットが呆れながら説教していたが、この娘は大人の教えを全然覚えてくれないらしい。
生きていくための知識は何より大切だ、何度も教えてきたことだ、とため息まじりに言われて落ち込んでいた。命に関わるから、せめて小動物の扱いくらいは学習してくれ。
さて、凍えた体もやっと暖まり、鼻水も止まったがまだ寒気がするな。おいじいさん、ちょっと背中をなでろ。
「プルルルル…」
「ん?なんじゃ、なでてほしいのか?」
喉を鳴らしすり寄る俺、そんな俺の背中をなでるじいさん。キャシーがめっちゃ羨ましそうに見ているが放置させていただく。
じいさんに頭や背中を撫でさせていると、クルルが戻ってくるのが見えた。
やった、あいつ体温高いんだよな。
「ミー」
腰を下ろしたクルルの顔を見上げて一声鳴けば、大きな手が俺を持ち上げて膝へ載せてくれる。
体温低いじいさんより、こいつの膝のが好きだったりする。安全安心だしな。はー、暖かい。
「…なんじゃろうな、ワシの膝にいるときより幸せそうに見えるのぅ」
「うぅー、いいなぁー…」
若干注目されてる気がするが、知ったことではない。この温かさを堪能するのだ。