14話 ゴブリンが出たらしい
森の中の街道を馬車に揺られ進む。ずっと代わり映えしない景色が続いているが、気のせいか道の幅が広くなってきたようだ。
「ミー?」
膝の上からクルルを見上げる。なあ、そろそろ村が近いんじゃねーの?
「腹が減ったのか?」
違ーう!
俺の心の声に気づく訳もないのだが、うーんもどかしい。言葉が通じないってのはここまでじれったいもんなのね。
クルルが隣に座るライアットに声をかけると、馬車がゆっくりと停車した。あぁ…まあいっか、飯にするべ。
ちなみに俺の飯はまだヤギのお乳のみ。同行してるヤギはルーシーという名で、俺と並ぶ隊員達の癒しとなっているらしい。
ライアットは地図を見ながら水筒を傾けている。俺が横を這って行き膝によじ登ると、地図から目を離さないまま片手でひょいと抱き上げた。
「ふーむ、こうして見るとワシの村は城から近いんじゃな」
え?どれどれ?
地図が見たくて手の中でもがき、指先へ移動する。人差し指にしがみついてやっと地図が見えた。
「気になるかの?ふふ、本当におもしろい猫だな」
地図は黄ばんだ紙でできていて、あちこちに小さな書き込みがあった。
なんか汚いな。クルルも隣で興味深げに地図を覗きこんでいる。
って、おいじいさん、指を揺らすな、俺が落ちるじゃねーか、笑ってんじゃねー。
その時慌ただしい足音が聞こえて一人の兵士が馬車に飛び込んできた。
「賢者様!ゴブリンです、かなり大きな群れでこの先にいますっ、襲われていた女性を保護しました!」
うおっ!ゴ、ゴブリンとな!?
動揺して指先でおたおたする俺を肩へ乗せライアットは小さく頷き、座っていたソファの端へと移動した。それと同時に、別の兵士がマントにくるまれた人間とおぼしき塊を慌ただしく運び込む。
「…うっ、うぅ…」
ライアットの隣へ降ろされたのは、まだあどけない少女だった。焦げ茶色の豊かな髪はぼさぼさにもつれ、顔は涙でぐしゃぐしゃ。よほど恐ろしい目にあったのだろう。
「…!?し、神父様…?」
隣に座るライアットに気づき少女が顔を上げた。
すると突然、纏っていたマントをばさっと振り払いライアットに抱きついたのだ。
うおっ、まだ中学生くらいなのにでか…いやリンゴサイズ、いやその、まぁアレだ。うん、素晴らしい。
隠すものがなくなった少女はワンピースとおぼしき布をまとっていたが、ずたぼろの泥だらけで服の意味がないほどあちこち丸見えになっていた。思わずガン見。
「うえーん怖かったよー!」
「キャシー…お主こんなところで何をやっとるんじゃ」
ライアットが慌てた様子でマントを拾い、肩にかけてやろうとする。だが少女がわんわん泣きながら抱きついていて、身動きが取れないようだ。華奢に見えて意外と力持ちな娘だな。
そんなことを思いながらライアットの肩からすべり落ち、クルルの膝へ着地する俺。あ、危なかった。
「ミャッ」
クルル、おまえアレ隠してやれよ。
俺の鳴き声ではっと我に帰ったらしく、ぎこちない動きで下に落ちたマントに手を伸ばすクルル。
うんうん、見ちゃうよなぁ、男の子だもの。
「うえーん……ん?…?い、キャー!!」
少女が突然悲鳴をあげ、マントを拾おうと屈みかけたクルルに平手打ちをかました。めっちゃいい音が響き渡る。
「あ、あああんた誰よ!いつからいたの!?み、見たわね!?」
剥き出しになった胸を両手で隠し顔を真っ赤に染める少女。横っ面を思い切り叩かれたクルルだが、その場を微動だにせず唖然とした表情で固まっている。それを見て更なる追撃に右手を振り上げる少女、ライアットが頭からマントをばふっと被せて抑えた。狭い馬車を揺らしながらもつれる三人。
「落ち着け、まったくいつもいつも…大方また冒険者になるとか言って村を抜け出して来たんじゃろ。この前はゴブリンなんか敵じゃないとか言っとったが、の?」
呆れながらライアットがぼやくと、腕の中のぐるぐる巻きのマントがびくりと震えた。どうやら図星らしい。
「…だ、だっで…あたじ…」
マント越しに涙声になってきたのがわかる。多分、怖かったのを思い出してしまったんだろう。
「ミー」
位置的に多分ひざとおぼしき場所に前足をかけ、なるたけ可愛く鳴き声をあげてみた。
「……」
少し間をおいて、マントの隙間から震える腕が出てきて俺を抱き抱える。
よしよし、怖かったな、もう大丈夫だぞ。
「プルルルル…プルルルル…」
ついでに喉も鳴らしてやる。
少女はマントの中で俺の腹に顔を埋めながら、嗚咽を漏らし始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車に揺られること数時間、時間にして夕食の頃だろうか?今夜の野営地が決まったらしい。
少女の胸に抱かれたまま馬車の外に降りる。先ほどよりだいぶん落ち着いた様子だが、顔は泣きすぎたせいで腫れてしまっていた。女の子だというのに、鼻水の跡もついてひどいことになっている。
つーか、胸に抱かれた状態で見上げるとだいたいひどい顔に見えることになる俺。この角度じゃどんな美人でも八割減…も少し大きくなりたいなー。
「村に着くまではワシのテントで寝るといい。…食事は後で持っていくからの」
じいさんはクルルと二人ですたすた歩いて行ってしまった。って、俺は!?
「…絶対怒ってる」
少女がすわった目をしてつぶやき、鼻をすすった。怒ってるって、ライアットのことか?そんなふうには見えなかったけど。
それより俺、一応中身はオトナの男なんだけど、この娘と一緒に寝るの?やばくないか?さすがにこんな若いと守備範囲外だけど…
あれ、そういえばライアットのこと神父様って呼んでたよな。あいつ賢者じゃなくて神父だったのか?
色々と悩む俺を抱えたまま、少女は恐る恐る大きな天幕へと入って行った。




