13話 幕間4・その頃、かつての勇者
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その領地の半分が険しい山に囲まれていながら、古くから不思議なほどに人が多く集まり国家を成り立たせてきたウェスリー王国。そしてその首都、ホーフェルド。
城下町の中心、高台に静かに佇む城。歴代の王の人柄に似てけっして華美ではないが、古い歴史を感じさせる、やや小さな石造りの建造物である。
均一に並ぶ大きな窓の外には、淡い色の建造物が立ち並ぶ素朴な町並みとよく晴れた空が広がり、はるか先には世界最高峰の山「エンペラーマウンテン」がくっきりと見えていた。その周囲を気まぐれに飛ぶ竜の姿さえうっすら見える、晴天ならではの絶景が広がっていた。
しかしこの城にいる人々にとって、そんな見慣れた景色よりはるかに重要なものがあった。
甲冑を纏った兵士やローブを着た文官、城で働く様々な人間が忙しく廊下を行き来している。床には地味な色合いながら豪奢な絨毯が敷かれ靴音を響かせることはない。
その長い廊下の中央を、見上げるほどに大柄な青年がさっそうと歩いていく。
彼に気づいた侍女が小さくお辞儀をしつつ、さりげなく横目でちらりとその顔を盗み見ようとする。その頬はほんのり赤く色づいていた。甲冑にマントを纏った騎士も、通りすがりに彼の顔を見上げ、その相貌に一瞬目を奪われていた。
彼はかつて勇者と呼ばれていた。
ラフに切り揃えられたはちみつ色の髪は柔らかく、水色の瞳には長い睫毛が影を落としくっきりとした陰影を作っている。
ともすれば弱弱しく見えてしまいそうな、儚げな美しさを持ちながらけして貧弱には見えない、意志の強さを感じさせる目鼻立ち。逞しく鍛えられた体、すらりと長い脚。
見る者の目を奪わずにいられない、神がかりめいた彫刻のような姿を持つ青年は足早に廊下を通りすぎ、一つの部屋に入るとバタンと音をたててドアを閉めた。
「…どうなさったのかしら?」
「最近少しお疲れのようですわね。昨日は副隊長と言い争ってらしたわ」
廊下の端で花瓶の花を整えていた若いメイド達が心配げに眉根をよせ、噂する。
彼女らはこの頃の余裕のない彼を心から心配し、何か力になれたならと胸を痛めていた。それはこの城の大多数の人々の気持ちでもある。
何もできないもどかしさに苛まれつつも、その普段とは違う憂いを帯びた横顔を思いだし頬を赤らめる彼女達。廊下のあちこちで同じように頬を染めため息をついている者がいるが、中には老練の騎士や兵士もいたりする。
彼女(彼)らは、先ほど見た彼の表情を瞼に固く刻み込み、閉ざされたドアをそっと見つめるのだった。
誰もいない執務室へ入ると、自分の立場を一端忘れることにして盛大にため息をつく。
「…情けないな」
ここ最近の勤務態度は我ながら誉められたものではない。自分が一番わかっている。だが、この胸に風が吹き込むような寂しさは果たして耐えられるものなのだろうか?
あの人の顔をもう何日見ていない?
あの強い眼差しを、あの涼しげな声を、すらりとしていながら生命力に溢れた美しい姿を、もうどれだけ目にできていない?
あの人に会いたい、せめて一目だけでもその姿を…
狂おしいまでに思い求めるこの気持ちは、きっと誰にも理解できはしない。
物語などで恋だの愛だのと読んでもなんとも思わなかった自分だが、最近少しだけ物語の主人公の気持ちが理解できる気がしてきた。
顔を見たい、声を聞きたい、傍にいたい…
「…はぁ」
呆れてため息が出る。最近いつもこんなことばかり考えている。
こんな情けない姿をもしあの人に見られてしまったら、多分愛想を尽かされてしまうだろう。
自分はこの身分に、この国にがんじがらめだ。わかってる、あの人の強さよりむしろその自由な生き方にこそ憧れているのだと。
全てを捨てる道を選ばずここへ残ったのは、誰でもない自分自身の意思。
この国を守ると決めた、その決意に揺らぎはない。だが、でも…
椅子に崩れ落ちるように座り、頭を抱えることしかできなかった。